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23-33 アキヒコ
それは俺にも何か、痛いような話やったわ。自分のこと言われてるようで。瑞希 や亨 も、横っ腹痛そうな顔やった。身に覚 えでもあるんやろか。あるんやろうなあ。
「そんなんやしなぁ、あいつに死んでもろてもええんやけど、でもやっぱ寛太 が可哀想 やろう。ほんまに好きみたいやしなあ。虎 の我 が儘 も俺には分かるんやけど、でもやっぱ、悲しいもんやで。遺 されるほうは。耐 え難 い、苦痛 やで、本間 先生。一緒 に死んだほうが、なんぼかマシやっていうくらいやで」
「だからって、後追 い自殺 には遅 すぎやろ。おとん生きてないけど、でもうちの家に居 るで。今は旅行中で留守 やけど」
黙 って聞いてんのが、つらくなってきて、俺はついつい口を挟 んだ。
会えるねんで。秋津 暁彦 には。死んでるけど、幽霊 でもよければ。会われへんより、ええやんか。
「何の話してんの、先生。寛太 の話やで」
淡 い微笑 で、朧 は俺をじっと見つめた。
「遺 されて辛 いんやろ?」
「一般論 やで……?」
煙 吐 きつつ、けろっと言われて、俺はまたムカッと来てた。
素直 やないな、お前はほんまに。可哀想 オーラ漲 ってんのに、俺はそんなんやないと言い張るつもりか。
そんな奴が、他のに抱かれて暁彦 様って鳴 くか。おとんの形見 の服が汚 れたくらいで、フラフラなったりするんか。
どうせ変な意地 張ってるだけやんか。意固地 やねん。可愛 くないなあ。
それが可愛 いといえば可愛 いけど、あんまり片意地 すぎてもムカッと来るで。
水煙 もやけど、おとん由来 の奴 らって、ちょっと意固地 すぎひんか。昔気質 なんかなあ。
俺由来 の亨 や瑞希 を見ろ。正直 、困 るぐらい正直者 ばっかりや。困 るぐらいストレートに可愛 い。ほんま困 る。
そんな、しょんぼりするな瑞希 。今ちょっと慰 めてらりづらい雰囲気 すぎるから。もうちょっと頑張 っとけ。
「ほな先生、話つけにいこか、蔦子 さんとこ。姐 さんも虎 のほうが可愛 いやろからなあ、ラジオ逝 っとけ言わはるで。元々、本家 から押しつけられた厄介者 やしな、俺は。式神 言うても、仕 えてんのかどうか分からんような、はぐれ者 やったんやから。被害無しやで」
さあ行こかと、腕 を伸 ばして灰皿 で煙草 を揉 み消して、湊川 は俺を連れて出る気配 やった。
「ちょっと待てアキちゃん、俺も行く」
亨 ははっと我 に返ったように言うてた。
「素 っ裸 やんか、白蛇 ちゃん。どうせすぐ終わる話やで。部屋で待ってりゃええよ」
湊川 は可笑 しそうに言うて、それにも、ああそうやったと、はっとしている亨 を眺 めていた。それは随分 、優 しそうな目やった。ラジオは誰にでも優 しい奴 らしい。
「俺も忙 しいしなあ。先生がずらしてもうた位相 を元に戻してやらなあかん。寝る間 もないで。心配せんとき。先生食ってる暇 なんかないから」
からから笑って俺を連れて行く湊川 を、亨 は恨 めしそうに見ていた。
置いていかれるのが嫌 なんやろう。部屋に瑞希 と残されても、気まずいもんな。
そやから早うシャワー浴びて、服着とけばよかってん。だらだらしてるからあかんねん。家ならそれでもええねんけど。
また湊川 と二人っきりになってまうやんか。
なんか微妙 や。暁彦 様と朧 。二人っきりの時には、そういう趣向 やと、こいつは言うてた。いきなり甘 ったるく豹変 されたら、俺はどないしたらええんやろ。
せやけど、そんな心配するなんて、俺の自意識過剰 やったやろ。若造 にはよくあることや。
部屋を出ようとしたときに、ちょうどノックの音がした。
ドアを開けてみると、そこにはホテルのランドリーから来たらしい紺色 のメイド服みたいな制服 の女の人が、遅 くなりまして申し訳ございませんと言うて立っていた。
なんでかランドリーのドアが開かんようになっていたらしい。そうは言うてはらへんかったけど、後から思えばきっとそうなんや。俺が狂 わせた位相 の境目 にぶつかると、なんでか行き来ができんようになってたからや。
「これね。血の染 みなんやけど、ちゃんと落ちるかな?」
乾 き始めてる赤黒い血のあとを、メイド服のお姉さんに見せて、彼女がカフスを開いて確かめているのを、湊川 は心配そうに、首を倒 して覗 き込んでいた。
「すぐに染 み抜きをかけてみます。たぶん大丈夫かと思います」
任 せておけみたいな口ぶりの相手を、湊川 は淡 くにっこりとして、ランドリーから来た天使でも見るような目つきやった。
「ありがとう。大事な服やねん、気をつけてやってね。できれば明日までにお願いします。落ちへんかっても明日の夜には返してくれ。俺は明後日 、チェックアウトやねん」
自分の部屋番号を伝えて、湊川 は念押 しをする、歯切れの良い口調で話した。
ランドリーの天使は何度も頷 いて、かしこまりましたと言うて、俺らとは反対の方向へ、すたすた小走 りに去っていった。
その手が持ち去る白シャツを、廊下 に突 っ立ったまま、湊川 はじいっと眺 めていた。戻 ってくるのか心配やという、待つ身の顔して。
「あれって、おとんの服やろ?」
訊 かんでも、分かってたけど、言うことなくて、俺は訊 ねた。気まずかったんやろう、たぶん。
「そうや。ほんまに寂 しい夜には抱いて寝るんや。アホみたいやろ」
淡々 と、まだ廊下 の先を見送りながら、湊川 はぼけっと言うてた。
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