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23-36 アキヒコ

「お前は可哀想(かわいそう)や」  観念(かんねん)して、俺は思ったとおりのことを言うてた。  (おぼろ)はそれに、同感(どうかん)やというふうに、深く(うなず)いていた。 「そうやろう。ほんまに俺は時々、死んだほうがましなくらい(みじ)めな奴やねん。そんなふうになるんやで。()てていかれたら」  なんか急に、(さと)すような口調でぼんやり言われて、俺は静かにびっくりしていた。  (なら)んで歩く、(となり)にある白い横顔を見ると、鬼ではなかった。相変わらずの白い顔やった。  ただもう微笑(びしょう)はしてへんかった。遠くに見える、どこまでも続く廊下(ろうか)の先を、(おぼろ)はじいっと見つめていた。 「可哀想(かわいそう)やと思うんやろう。俺のこと。あの可愛(かわい)白蛇(しろへび)ちゃんも、ワンワンも、こんなふうになるんやで。先生に()てていかれたら。俺に(まか)せて、先生は生きといたらええやん。俺はどうせ、いつ死んでもかまへんような(やつ)や。もう何の希望(きぼう)もないしな、死にたいんや。でも、暁彦(あきひこ)様に死ぬなて言われて、自殺もできひん。そやから(なまず)のエサにして、死なせてやったほうが親切やで。そう思うやろ?」 「そんなん思わへん」  俺は断言(だんげん)したで。だって全然そんなふうには思われへんかったんやもん。  確かに(みじ)めかもしれへんけども、そのまま死んでもうたらもっと(みじ)めやろ。 「お前もそんなこと思うてへん。ほんまに死にたいんやったら、きっととっくに消えてもうてた。そういうもんなんやろ、お前ら(もの)()は」  俺がガミガミ言うと、(おぼろ)は楽しげに、くすくす(わろ)うて聞いていた。 「アホやなあ……先生。論破(ろんぱ)したらあかんやないか。せっかく俺が、ええこと言うてやってんのに?」  俺の手を引き、足を止めさせて、(おぼろ)(かす)かに(まゆ)()せて、心配そうな顔で俺を見た。 「昨夜(ゆうべ)、俺はなにか、変なこと言うたやろか。気にせんでええんやで、先生。俺はほんまに、死ぬのが(いや)やとは思うてへん。それで信太(しんた)も助かるし、寛太(かんた)もそのほうが(うれ)しいやろう。先生もまだ若いんやしなあ、それにモテモテみたいやんか。(へび)可愛(かわい)いけど、ワンワンも可愛(かわい)(やつ)や。ほんまにそうやなあ。もうちょっと生きといたら? きっと楽しいこと、ぎょうさんあるよ?」  俺は脳みそクラクラ来てた。それはほんまに、誘惑(ゆうわく)する悪魔(あくま)(ささや)き声や。  こいつの声には魔力があんのやろ。そういう(もの)()やねん。  でも俺は、それに素直(すなお)()()まれたら、あかんのやないか。 「自分で()(にえ)行きたいんやったら、行ったらええわって、(とおる)が言うてた。一緒に死んでくれるんやって。それに俺のこと、あいつが守ってくれるらしい。守護神(しゅごしん)やから。それを信じて、突き進みたい。行き着くとこまで、行きたいねん」  もう、ほんまの話するしかない。  (おぼろ)は俺の話を、どことなく、とろんした目で聞いていた。 「そうなんや……」  そして呆然(ぼうぜん)みたいに(あい)づち打って、それから(おぼろ)は、笑いを(こら)えている顔になった。でも結局、(こら)えきれへんかったらしくて、身を()むほどの大爆笑(だいばくしょう)やった。  よう笑う神さんや。しかも俺と笑いツボが違う。なにが可笑(おか)しいんか、分からへん。  俺、めちゃめちゃ真面目(まじめ)やのに。(とおる)も大マジやのに。  ひいひい笑って、身を()って、それでも(おぼろ)はまだ俺と手を(つな)いでいた。  さんざん笑いきった(ころ)(おぼろ)はちょっと泣いていた。笑いすぎて(なみだ)出たんやろ。 「(なまず)見たことないから、そんなこと言うんやなあ。でも、まあ、ええんやないか。そういうつもりでいても。あかんかったら土壇場(どたんば)で、俺が代わってやるからな」  白い手で、(なみだ)()いて、それでもまだ、くすくす笑ったまま、湊川(みなとがわ)は俺を見ていた。  何かちょっと、(まぶ)しいもんでも見てるような顔やった。  もしかしたら、(とおる)に見えてるという、月光(げっこう)みたいなアキちゃんオーラが、こいつにも見えてんのかもしれへん。外道(げどう)やからな。 「先生、あの子を愛してんのか?」  笑って()いてる(おぼろ)は、どうも(とおる)のことを言うてるらしかった。  俺は(うなず)いた。(まよ)いもしてへんかったと思う。(おぼろ)はそれに、にっこりしていた。 「そうか……若いって、ええなあ。無茶苦茶(むちゃくちゃ)で。暁彦(あきひこ)様も、俺のこと、愛してたんやろか」 「わからへん。それは、おとんに()いてみいひんと。でも……」  憶測(おくそく)で、もの言うてええもんやろか。それは俺の願望(がんぼう)ではないか。そうやと、ええ話なのになあって、物語の先行きを期待して読むような、そんな話やないか。  でも、(とう)のこいつが言うてたやん。人生なんて、フィクションと大差(たいさ)ない。適当(てきとう)にやっといたらええねんて。  それやし俺も、この場においては、適当(てきとう)にやってみることにしよか。 「おとんはお前を愛してたはずや。俺もお前のこと好きやもん。()たもの親子やからな。そのへん絶対、同じなんやで……ほとんどクローン人間やから」  うっとり笑って、(おぼろ)様が俺を見ていた。鬼のようでは全然なかった。  美しい神や。後光(ごこう)さしてきそう。

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