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23-38 アキヒコ

「ええかげんな男やなあ……先生。おとんにそっくりや」  泣きそうな目で俺を見て、(おぼろ)は愛しそうに、おとんとそっくりな俺の顔を両手で()でた。 「()れそう……俺もまた、恋ができそう。可愛(かわい)いなあ、先生。ほんまに可愛(かわい)い……」  すべすべのお(はだ)ですりすり(ほお)ずりされながら、俺はオタオタした。 「えっ。ちょっと待って。それはどうやろ。お前まで参戦(さんせん)したら、俺はどないなるんやろ……?」 「平気や、先生。どうせ本命(ほんめい)ちゃうんやもん。それに信太(しんた)寛太(かんた)も好きやし、(けい)も夏ならひんやりしてて気持ちええしな。白蛇(しろへび)ちゃんも可愛(かわい)いし、ワンワンも使わへんのやったら、マジで俺にくれへんか。腹()ったままやと可哀想(かわいそう)やしなあ。それから、ここの支配人(しはいにん)もええと思わへん? (へび)邪魔(じゃま)せえへんかったら、今夜あたり案外(あんがい)いけたんやないか……もういっぺん、トライしとく?」  お前ほんまに、おとんのこと好きなんか。ほんまに元々、(みさお)は立ててなかったんやな。  おとん絶対泣いてたで。見てる前でも十五人総受(そうう)けって。俺なら死んでる。 「きっと暁彦(あきひこ)様も、そんな感じやったんやろうなあ。ええかげんな男やったんや……。でも、しんどいしんどい言うてたしな。皆に愛してくれって(せま)られて、しんどいって。それで言われへんようになってもうたんや。愛なんて……なくてええねん。あいつが幸せやったら。俺って、やっぱ、アホなんやろか……?」  ()れくさそうに自嘲(じちょう)して、(おぼろ)様は、ほんまにそう思うてるようやった。  (たし)かにちょっと、アホなんかもしれへん。自分が幸せになれるかどうか、もうちょっと考えたほうがええよ。  それに、おとんが自分を愛してへんなんて、なんでそう思ったんやろ。アホちゃうかラジオ。  意味ないところで(ひか)え目すぎ。奥ゆかしいのも、そこまで行くと(つみ)やから。  エロを(ひか)えろ。どうせなら。それに、しんどいぐらい重いのも、言うなれば愛の重みやろ。  お前ももっと、重い恋人になってやればよかったのに。 「そんなことない。お前は(やさ)しいだけや」  笑うてるときが一番綺麗(きれい)やなあと思えて、俺は正直ちょっとトキメいていた。胸がずきずきした。  それはたぶん、俺が暁彦(あきひこ)様やのうて、(おぼろ)様とは違う位相(いそう)にいるらしい事への痛みやった。  俺はおとんが(うらや)ましい。(おぼろ)は一瞬俺を、本気の目で見てた。俺をおとんやと思うて話してたんやろう。  その時の(おぼろ)の顔の、美しかったことといったら。  何も言葉にしなくても、その顔を見たら、(おぼろ)が俺を愛してることは、ようく分かった。俺をではない。暁彦(あきひこ)様をや。  (おぼろ)様は(なさ)け深い、(やさ)しい神さんや。そしてその(やさ)しいとこに、俺もおとんも、深く()やされている。二人っきりの時だけやけどな。  きっと()ずかしいんやろ、こいつも。誰か他のが見てる時には、悪魔(あくま)みたいなふりをしている。  ほんまにそういう邪悪(じゃあく)な面も、あるのかもしれへんのやけど、それでもこいつは深情(ふかなさ)けやし、すごく(やさ)しい。身を()てて、助けてくれる。()みにじられても、笑って見てる。そんなアホなんやけど、そんな(おぼろ)が、俺はすごく好き。  え。あかんあかん。それは、あかんから。その結論やと、あかんのとちがう?  ちょっと待ってくれ、今のとこ、ちょっとだけカットさせて。水地(みずち)(とおる)に殺される。 「先生のお父さんのこと、好きなままでもええか? 遺品(いひん)捨てろって、言わへんか? 信太(しんた)みたいに?」  俺の胸に手を置いて、(おぼろ)様は婉然(えんぜん)微笑(ほほえ)んでいた。それがあまりに美しいので、俺は背中にだらだら(あせ)をかいてきた。 「言わへん……いや、そうやのうて。なんでそんな話になんの?」  (あせ)だらだら。必死で無表情。 「今は先生の、(しき)やから」  ああそうや。そうやった、そうやった。辻褄(つじつま)()うてる。  なにを(あせ)ってんのやろ、俺。(あせ)るほうがヤバい。いつまでも抱き()うてんのもヤバいけど。 「また、(かく)れてしよか。位相(いそう)(めく)り方、教えてやるしな。バレたら修羅場(しゅらば)やろ。バレへんようにしよか」  俺の(ほほ)にキスをして、(おぼろ)(さわ)らんといてほしいところも(さわ)ってくれた。  なんで(さわ)るの。キスだけや言うたやんか。  そしてほんまにキスだけやった。  やっぱ鬼やん……。悪い鬼やない?  俺はちょっと、その場に(ひざ)ついてへたりそうになった。でも、それはさすがに格好(かっこう)悪すぎやから、がっくり項垂(うなだ)れるだけで何とかすませた。 「抱きたかったらでええねん。(いや)やったら別にええんや。俺は何も食わんでも平気なんやし。エロの相手なんか誰でもええねん。適当(てきとう)に自分で調達(ちょうたつ)するしな。でもな、先生。また、ちょっとでええから顔見せてくれ。電話でもええよ。声聞くだけでも。俺はなあ、時々ほんまに、(さび)しいねん……(さび)しくて、死にそうなるねん」  ()れくさそうに言うている(おぼろ)様は、めったやたらに可愛(かわい)かった。しかも、この可愛(かわい)いオーラはたぶん天然(てんねん)と思えた。  さすがにその打撃(だげき)(はげ)しかった。脳天(のうてん)ガツンやった。

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