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23-39 アキヒコ
俺は諦 めて、廊下 で膝 ついた。しょんぼりやった。もう跪 くしかない。
ありがたすぎるから、朧 様。昔、どっかの寺で見た、弥勒菩薩 か観音様 みたい。
「どしたん、先生」
「なんでもない……」
ちょっと顔見るだけなんや。電話だけかもしれへんのや。エロの相手は他で探すんや。俺とは、ちょっと話すだけやのに……。
いや。待って待って。そのほうがええから。助かるんやろ、俺。そうやろ。そういう話やろ。全然問題ないやろ。
我慢 せなあかんのや。もう、水地 亨 と約束 したもん。エロログ皆勤賞 を目指すって。
それに、明後日 には死ぬ男やで、俺は。がっかり落ち込むようなこと、なんもないんやで。
なんもない。なんもないで。俺には亨 が居 るしな、そして朧 はおとんが本命 ……。
「先生、なに凹 んでんの……?」
心配そうな顔をして、朧 は俺を気遣 ってくれた。
どうもほんまに朧 様は、俺のこと愛してへんらしい。おとんのことが好きらしい。
ずうっと好きらしい。おとんの居 らん世界では、生きてられへんくらい好きなんやって。
実はそれが本音 なんやけど、おとんに言うてやったことないらしい。
ずうっと黙 っとけ。言うたらあかん。
うちのおとん、もう隠居 してるから。今はもう、俺の式 やから。朧 様。
式神 なんか要 らんやろ、おとん。要 らんよな!
畜生 、どこをほっつき歩いとんのや、おとん大明神 。さっさと戻 ってこんか。
そして朧 様に詫 び入れろ。無様 に逃げ廻 っとらんで、すまんかった、お前のことも好きやったって、ちゃんと言うてやれ。
愛はしんどい言うたけど、ほんまは愛してほしかった。お前は俺のもんやって、思わせて。
そう言うてやれ。おかんには黙 っといてやるから!
おかんも俺のもんやしな。ほんまにもうぶっ殺す。秋津 暁彦 、暁雨 のほう!
死んでるとはいえ居 るんやったら、俺に何もかも押しつけんと、手伝いに来 んか!!
可愛 い息子が死ぬほど悩 んで苦労してんのに、てめえはお登与 とブラジルか!
寒いねん。寒すぎる! 戻って働け、おとん大明神 !
俺は心の声で、声を限 りに絶叫 したよ。久々祈 った。天の声に。
頼 ったらあかん、頼 るもんかて意地張 って、無視 しつづけた相手やったけど、もうこうなってもうたら無視 はできひん。
朧 様、可哀想 やしな。おとん、てめえも修羅場 に戻 って来やがれやで。
水煙 も、元鞘 やったらどうしよう。おとんに会 うて、やっぱりおとんやと思われたらどうしよう。
それでも泣いたらあかん。俺はそれに泣いたらあかん立場やねんけど。
でも泣ける。
「行こか……蔦子 さんとこ。お前をください言うてこなあかん。それに水煙 も、返してほしいのや。俺なあ、蓋 が開いてもうたみたいや。めちゃめちゃ漲 ってもうてる」
俺はくよくよ言うた。
「先生、かっこええわあ……」
うっとり舌なめずりする声で言い、朧 は頽 れている俺の鼻先 で、身軽 にしゃがみ込んで頬杖 ついていた。
その、まるで俺が好きみたいな目つきは、式神 やった時の亨 の目やった。
うっ。職場の上司 か、俺は。
「できたら次は後ろ でやってみてもらえます? 暁彦 様と形がいっしょでも、動き方にも人それぞれの癖 とかあるしな。先生がイケてへんのは体位 のせいやったんかもしれへん。いろいろ試 せば、ヒットすんのが見つかるよ!」
何の話してんのやろ、朧 様。ものすご爽 やかな笑顔なんやけど。
そして俺はぐいぐい腕を引いて立たされた。
朧 は長い指を何もない、暗い廊下 の空中に伸 ばして、確かに何かを摘 みとり、捲 るような仕草 をした。
そこから、貼 り付けてあった絵が剥 がれるみたいに、ぺらあーっと別の世界が拡 がった。
その先はまだまだ真昼の、ヴィラ北野 の華麗 な、午後の廊下 の景色 やった。
眩 しい光があふれ出してきて、俺は目を細めて、それを眺 めた。
そしてまた、話は異界 から人界 へと戻る。無限ループする暗い廊下 ではない、ちゃんと先へ進む時間のある、正常の位相 へと。
俺は朧 様をちゃんと、そこへ連れ戻してやれるんやろか。
猶予 は、あとたったの一日半。それは俺の仕事やのうて、俺のおとんの食い残し。おとんがやらねば誰がやる。
そんなわけでな、おのおっさん戻 ってくんで。出てこんでええのに、おとん。
待ってた人には乞 うご期待。ダディ今ごろ何してんのかなあ。
それはまた、後の話のお楽しみやで。
では諸君 、また次回! いろいろ試 せば、ヒットすんのが見つかるよ!
――第23話 おわり――
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