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24-2 トオル

 勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)(ちゅう)ぶらりんやった。  堕天使(だてんし)なんやで。地獄(じごく)眷属(けんぞく)や。せやから人界(じんかい)(とど)まるよりは、いっそ素直(すなお)地獄(じごく)に戻って、そこで誰か、名のある悪魔(サタン)悪鬼(ジン)にでも(つか)えることにして、ご主人様から(みなぎ)邪悪(じゃあく)なエナジーを(そそ)ぎ込んでいただけばええわけですよ。  可愛(かわい)い犬や、ご主人様かて、別に(いや)とは言わへんやろ。冷たい黒い血と(みつ)で、(やしの)うてくれる。  せやのに、あいつは()(まま)な犬やねん。それは(いや)やと言いやがる。  とっくに純白(じゅんぱく)羽根(はね)も抜け落ちて、神聖なる天使(エンジェル)ではなくなったというのに、(いま)だに綺麗(きれい)なつもりでおるわ。  もう(つみ)(つぐな)ってきた。俺はもう、()(あらた)めた。鬼やない。血なんか(すす)らへん。人も食わん。前にそれで、本間(ほんま)先輩に(きら)われてもうた。お前は鬼やって、()られて死んだんやしな。それはあいつの精神的外傷(トラウマ)やねん。  気の毒やなあ。(いま)だにその傷が(うず)くんやろう。  けど、アキちゃんかて今や外道(げどう)や。血を()うぐらい何でもないわ。  だって自分も()うんやもん。俺が()うても平気やし、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)にも吸血(きゅうけつ)を許してやっていた。  せやし可愛(かわい)いワンワンが、腹が()った血をくれと、くんくん鳴いて求めれば、アキちゃん、(いや)やとは言わへんわ。誰にでも(やさ)しい男やし、犬には未練(みれん)があるんやからな。  ()えばええねん。アキちゃんの血を。()えに()えて、また抱いてくれとゴネられるよりは、いっそ普通に血()うといてもらいたい。俺としてはな。  それに人食うてもマズい。()り出しに戻ってまうやんか。  ほんま学習せん犬や。パブロフ博士の犬を見習え。犬種(けんしゅ)が違うからあかんのか。アホか、地獄(じごく)猟犬(りょうけん)は。()きっ(ぱら)(かか)えて意地(いじ)()って。我慢(がまん)もええけど、それで死んだらアホやんか?  俺はそれでもええけどさ、アキちゃんはまた、悲しくなるやろ。可愛(かわい)い犬が餓死(がし)してもうたなんて、それはあんまり悲惨(ひさん)やで。(みじ)めやわ。 「お前、腹()ってんのとちゃうの?」  いかにもフラフラみたいな青い顔色で、ぼけっとソファに座っている犬を見て、俺はシャワーから出てきたバスローブ姿(すがた)のまま、ごしごしタオルで(かみ)()いていた。  いっぱい(あせ)かいちゃったから。(とおる)ちゃん、めちゃめちゃ(あせ)かくくらいアキちゃんと(もだ)えちゃったから。お風呂(ふろ)入ってきたの。身だしなみやろ。  そのことは()えて、犬に言うたりせえへんよ。でも見れば分かるやろ。自分が()らん間に、アキちゃんが俺と何しとったか、アホやないなら分かるはず。  口に出しては()やまんけども、瑞希(みずき)ちゃん誤解(ごかい)しとったんやないか。アキちゃんがラジオともやったんやないかって。  血()うただけなんやけど、ラジオは何や(みょう)にエロくさい(やつ)やしな。だらんとベッドに座ってたりすると、あたかも一発やった後みたいやねん。  しどけないんや、普通にしてても。その上ちょっと、()っぱらってたみたいやったしな。たぶんアキちゃんの血に()うてもうてたんやろ。  なまじな酒よりガツンと来るわ。  あの(みょう)な、でかい力の奔流(ほんりゅう)のようなのが、地下から()き上げてきたのにどつかれてから、アキちゃんはなんか目覚めてもうたらしい。  血の中に混じる、天地(あめつち)精気(せいき)が、ハンパねえ濃度(のうど)になってた。ものすご美味(うま)い。ちょっと()めたら止まらんようになってもうて、今はお腹いっぱいで別に()らんはずやのに、吸血(きゅうけつ)別腹(べつばら)みたいに、てんこもり()うてもうた。  ()められない()まらないやで。ほんまにもう、カッパえびせん状態。まったくもう、こんなに食うててええかしらみたいな、幸せいっぱい、満腹感(まんぷくかん)。  ラジオも必死で食うてたわ。よっぽど美味(うま)かったんやろ。腹()ってへん(やつ)らでも、そんなんやねんから、アキちゃんの血の(にお)いが、()えてる犬にはどんだけ美味(うま)そうに思えたやろか。  それを我慢(がまん)できるというんやから、こいつ絶対、変態(へんたい)なんやで。我慢(がまん)プレイやで。それが気持ちええんやとしか思われへん。  俺なら我慢(がまん)できるわけないもん。アキちゃんが(いや)やて言うても絶対食いつくわ。お願い、ちょっとだけって可愛(かわい)くお強請(ねだ)りして。がっつり食うで、腹が満ちるまで。 「なんで()わへんのや。俺に遠慮(えんりょ)してんのか。血吸うぐらいは大目(おおめ)に見たるで。()()にされたら気ぃ悪いからな」  せっかく(とおる)ちゃんが親切に言うてやってんのに、犬は俺を無視(むし)してた。俺とは口きかへんと決めてるみたいに、ソファでがっくり項垂(うなだ)れて、何か考え込んでいた。  まあ、ええか。(しゃべ)りたくないなら。俺かてワンワンとお(しゃべ)りしたい(わけ)やない。ただ、(だま)ってると()()たんなと思うただけや。  お前がそう来るんやったら、俺かて無視(むし)したろと思て、俺は気にせず身支度(みじたく)をした。服を着て、(かみ)の毛(かわ)かして、そして水を飲む。  ごくごく飲んでる(のど)の音が、自分でも気まずいくらい、はっきり聞こえた。そんな沈黙(ちんもく)やった。 「なあ。瑞希(みずき)ちゃん。なんか言うたら? 愛想(あいそう)ない犬やなあ、お前は……」  むすっと青い無表情の、可愛(かわい)げのある顔立ちを(なが)め、俺は差し向かいのソファに、(エヴィアン)の入ったバカラのグラスを片手に、()えてでかい態度(たいど)でふんぞり返ってみた。  もちろん(きわ)めて優雅(ゆうが)っぽく。  けど、それは、かつて俺が偉大(いだい)な神やった(ころ)のようにではない。  藤堂(とうどう)さんのところで、邪悪(じゃあく)(へび)やった時のようにや。

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