425 / 928

24-3 トオル

 俺も見栄張(みえは)ってたかもしれへん。アキちゃんが可愛(かわい)可愛(かわい)い言うてる犬に、俺が(きわ)めて美しく見えるよう、()居振(いふ)()いに気を(つか)ってたかもしれへんわ。  俺はどことなく、威圧(いあつ)するような態度(たいど)やった。お前はまさか、俺に勝てると思うてへんやろなと、無言(むごん)でアピールするような。  服も気合い入れたで。アキちゃんが、俺が着てると好きらしい、シンプルやけど、この美貌(びぼう)と神のごとき肢体(したい)をもってすれば、派手(はで)な服よりよっぽど綺麗(きれい)に見えるような、さっぱり仕立(じた)てのシャツとパンツで、可愛(かわい)い犬には到底(とうてい)真似(まね)のできへん、ちょっぴり大人風味(ふうみ)若干(じゃっかん)(よう)ちゃんルックも採用(さいよう)しました。  そして左手の薬指(くすりゆび)にはプラチナの、永遠の(ちか)いの指輪が光ってる。  俺ちょっと、必死すぎやない? そんなことない? 犬、可哀想(かわいそう)?  ええねん、そんなん、ガツンといっとかなあかんねん。ブチカマシとかな。お前やとアキちゃんとは()り合わへんて、そろそろ理解させといてやらな、そのほうが可哀想(かわいそう)やろ?  でもまあ、こいつは、弟みたいで可愛(かわい)いよ。いつも(ひか)え目でな。それはそれで、俺には真似(まね)できへん魅力(みりょく)や。  でもアキちゃんは、俺を選んだんやで。これからもずっと、俺を選び続ける。そう約束したんやから。  俺はもう、必死になる必要なんて、ないはずや。()り合う必要ない。お高くとまっといたらええねん。たとえば水煙(すいえん)様みたいに。  でも、そんなん、俺のキャラやないみたい。必死やで結局。あーあ。しゃあないなあ、俺。カッコつかへんわあ。 「ほんまに死ぬんか」  唐突(とうとつ)にぽつりと、犬が俺に()いてきた。水を飲み()しかけていた俺は、その言葉に止められた。 「ほんまに死ぬとは?」 「()(にえ)なって、本気で死ぬつもりなんか」  まさに地獄(じごく)の底から(にら)むような暗い目で、犬は俺を見ていた。 「そうなんちゃうか……アキちゃんはもう、頭()いてもうてるわ。好きにさせてやるしかない」  俺がいかにも理解し合っているふうに言うてやると、犬は(かす)かに、つらい顔をした。  素直(すなお)やなあ、お前。平気なふりとか、せえへんねんや。 「そうやない。先輩やのうて、お前のことや」  (にが)いもんでも食わされたような声やった。  俺は目を(またた)いて、少ししてから答えた。考えてるような()やったけど、ほんま言うたら頭真っ白やった。  たぶん俺は、本気で死ぬつもりやったんやろう。アキちゃん死ぬなら、俺も死ぬ。  死にたくはないけど、俺にも死ぬよりもっと怖いモンができた。それは、アキちゃんが()らんこの世で、永遠に生き続けることや。  たとえそれが一日でも怖い。この世のどこにも、あいつが()らへん。そんな世界は地獄(じごく)やで。  アキちゃんの(たましい)が、また転生してくんのを、探せばええのかもしれへんよ。  でも、俺はまた、その時までの数千年を、ひとりで彷徨(さまよ)って生きていくんや。きっとまた、邪悪(じゃあく)悪魔(サタン)に戻って。  次もまたアキちゃんが、そんな俺でもええわと言うてくれるかどうか怖い。  一度でも冥界(めいかい)の神に(とら)われて、リセットかけられてもうたら、アキちゃんは俺のことなんか、忘れてもうてるやろう。また、一から口説(くど)かなあかん。その時また俺に(なび)いてくれるとは、(かぎ)らへんのや。  この可愛(かわい)い犬みたいな奴が、また現れて、今度こそ先回りして、俺からアキちゃんをかすめ取っていくかもしれへん。  その時はこいつが、アキちゃんの運命の恋人ってことになるんかな。  そうかもしれへん。こいつはこいつでアキちゃんと、運命的な因縁(いんねん)がある。俺だけが、そういう糸で(つな)がれているわけやない。  やっと見つけたアキちゃんの手を、一瞬でも(はな)すのが怖いんや。誰かに(うば)われたら、もう()えられへん。  愛してんねん。死にそうや。(はな)れるくらいやったら、一緒に死んで、地獄(じごく)でもどこでも、アキちゃんについていく。(はな)さへん。  そういう覚悟(かくご)やったで、俺は。  不思議(ふしぎ)やな。そう思うと居直(いなお)ってもうてんのか、死ぬのが怖くなかった。アキちゃんと一緒に()ればええんやしと、糞度胸(くそどきょう)()いてくる。  でも、それはやっぱり、やけっぱちやったかな。アキちゃんがあんまり真面目(まじめ)に言うてて、人に貧乏(びんぼう)くじ回したら、俺の男が(すた)るっていうんや。本気でそう思うてるらしい。  餓鬼(がき)のくせして生意気(なまいき)な。それでも俺は、アキちゃんのそんな健気(けなげ)()(まま)が、可愛(かわい)いような気がしてた。  そうしたいんやったら、俺も一緒についていったる。お前を男にしてやるわって、そんな気分やったんかなあ。  でも、ほんま言うたら、どないしたらええか、俺もわからへん。運命の激流(げきりゅう)に流されて、とっさに選んだ川筋(かわすじ)に、乗って流れていっているだけや。 「ほんまに死ぬよ。アキちゃんが()くんやったら、俺も()く。そうせなしゃあない。(はな)れられへんのやから。住み()れた人界(じんかい)にお別れ()げて、冥界(めいかい)でも、天国でも地獄(じごく)でも、どこへでもくっついていってやるわ」  何の気なしに言うて水を飲んだ俺を、犬はじっと暗い目で見てた。 「天国なんか()かせへん……」 「お前もついてくる気か?」  (うら)むような声で言うてきた犬を、俺は苦笑して見た。

ともだちにシェアしよう!