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24-3 トオル
俺も見栄張 ってたかもしれへん。アキちゃんが可愛 い可愛 い言うてる犬に、俺が極 めて美しく見えるよう、立 ち居振 る舞 いに気を遣 ってたかもしれへんわ。
俺はどことなく、威圧 するような態度 やった。お前はまさか、俺に勝てると思うてへんやろなと、無言 でアピールするような。
服も気合い入れたで。アキちゃんが、俺が着てると好きらしい、シンプルやけど、この美貌 と神のごとき肢体 をもってすれば、派手 な服よりよっぽど綺麗 に見えるような、さっぱり仕立 てのシャツとパンツで、可愛 い犬には到底 真似 のできへん、ちょっぴり大人風味 。若干 、遥 ちゃんルックも採用 しました。
そして左手の薬指 にはプラチナの、永遠の誓 いの指輪が光ってる。
俺ちょっと、必死すぎやない? そんなことない? 犬、可哀想 ?
ええねん、そんなん、ガツンといっとかなあかんねん。ブチカマシとかな。お前やとアキちゃんとは釣 り合わへんて、そろそろ理解させといてやらな、そのほうが可哀想 やろ?
でもまあ、こいつは、弟みたいで可愛 いよ。いつも控 え目でな。それはそれで、俺には真似 できへん魅力 や。
でもアキちゃんは、俺を選んだんやで。これからもずっと、俺を選び続ける。そう約束したんやから。
俺はもう、必死になる必要なんて、ないはずや。張 り合う必要ない。お高くとまっといたらええねん。たとえば水煙 様みたいに。
でも、そんなん、俺のキャラやないみたい。必死やで結局。あーあ。しゃあないなあ、俺。カッコつかへんわあ。
「ほんまに死ぬんか」
唐突 にぽつりと、犬が俺に訊 いてきた。水を飲み干 しかけていた俺は、その言葉に止められた。
「ほんまに死ぬとは?」
「生 け贄 なって、本気で死ぬつもりなんか」
まさに地獄 の底から睨 むような暗い目で、犬は俺を見ていた。
「そうなんちゃうか……アキちゃんはもう、頭沸 いてもうてるわ。好きにさせてやるしかない」
俺がいかにも理解し合っているふうに言うてやると、犬は微 かに、つらい顔をした。
素直 やなあ、お前。平気なふりとか、せえへんねんや。
「そうやない。先輩やのうて、お前のことや」
苦 いもんでも食わされたような声やった。
俺は目を瞬 いて、少ししてから答えた。考えてるような間 やったけど、ほんま言うたら頭真っ白やった。
たぶん俺は、本気で死ぬつもりやったんやろう。アキちゃん死ぬなら、俺も死ぬ。
死にたくはないけど、俺にも死ぬよりもっと怖いモンができた。それは、アキちゃんが居 らんこの世で、永遠に生き続けることや。
たとえそれが一日でも怖い。この世のどこにも、あいつが居 らへん。そんな世界は地獄 やで。
アキちゃんの魂 が、また転生してくんのを、探せばええのかもしれへんよ。
でも、俺はまた、その時までの数千年を、ひとりで彷徨 って生きていくんや。きっとまた、邪悪 な悪魔 に戻って。
次もまたアキちゃんが、そんな俺でもええわと言うてくれるかどうか怖い。
一度でも冥界 の神に囚 われて、リセットかけられてもうたら、アキちゃんは俺のことなんか、忘れてもうてるやろう。また、一から口説 かなあかん。その時また俺に靡 いてくれるとは、限 らへんのや。
この可愛 い犬みたいな奴が、また現れて、今度こそ先回りして、俺からアキちゃんをかすめ取っていくかもしれへん。
その時はこいつが、アキちゃんの運命の恋人ってことになるんかな。
そうかもしれへん。こいつはこいつでアキちゃんと、運命的な因縁 がある。俺だけが、そういう糸で繋 がれているわけやない。
やっと見つけたアキちゃんの手を、一瞬でも離 すのが怖いんや。誰かに奪 われたら、もう耐 えられへん。
愛してんねん。死にそうや。離 れるくらいやったら、一緒に死んで、地獄 でもどこでも、アキちゃんについていく。離 さへん。
そういう覚悟 やったで、俺は。
不思議 やな。そう思うと居直 ってもうてんのか、死ぬのが怖くなかった。アキちゃんと一緒に居 ればええんやしと、糞度胸 が湧 いてくる。
でも、それはやっぱり、やけっぱちやったかな。アキちゃんがあんまり真面目 に言うてて、人に貧乏 くじ回したら、俺の男が廃 るっていうんや。本気でそう思うてるらしい。
餓鬼 のくせして生意気 な。それでも俺は、アキちゃんのそんな健気 な我 が儘 が、可愛 いような気がしてた。
そうしたいんやったら、俺も一緒についていったる。お前を男にしてやるわって、そんな気分やったんかなあ。
でも、ほんま言うたら、どないしたらええか、俺もわからへん。運命の激流 に流されて、とっさに選んだ川筋 に、乗って流れていっているだけや。
「ほんまに死ぬよ。アキちゃんが逝 くんやったら、俺も逝 く。そうせなしゃあない。離 れられへんのやから。住み慣 れた人界 にお別れ告 げて、冥界 でも、天国でも地獄 でも、どこへでもくっついていってやるわ」
何の気なしに言うて水を飲んだ俺を、犬はじっと暗い目で見てた。
「天国なんか逝 かせへん……」
「お前もついてくる気か?」
恨 むような声で言うてきた犬を、俺は苦笑して見た。
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