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24-4 トオル

 瑞希(みずき)ちゃんやったら、やるやろなあ。先輩()くなら俺も()くって、死んでみせるやろう。一遍(いっぺん)やったんや、二度目なんやし、前より()れてるくらいやで。経験者(けいけんしゃ)やもんな。 「ついていったら、あかんのか」  むっと身構(みがま)えた固い表情で、犬は俺に()いてきた。あかん言われたら、どうしようかって、まるで俺もご主人様二号みたいな、そんな顔色の(うかが)い方をしてた。 「知らん。アキちゃんに()いてくれ」  笑って、俺はそう答えた。俺のツレはほんまに、どうしようもない男やで。時々俺の想像を()えてくる。愛しい俺と()()って、(なまず)様に食われようという時に、犬も連れてく言うかもしれへん。  どこの世界に、これからツレと心中(しんじゅう)しようという男が、ついでに浮気(うわき)相手の可愛(かわい)いワン公も連れてったろかという話があるんや。(わけ)わからへん。  それでもアキちゃんやったら、やるかもしれへんやんか?  ()かんと分からへん。あいつがどういうつもりで()るかは。 「先輩は、俺と二人で()くって言うてた。それでいいって」  俺とは目を合わせずに、(くや)しそうに言うて、犬はもじもじ自分の(ひざ)(つか)んでた。まるでもっと小さい餓鬼(がき)んちょが駄々(だだ)こねてるみたいやった。 「それはアキちゃんが、俺と直談判(じかだんぱん)する前の、古いバージョンやろ。もうチャラやで、その企画(きかく)。お前もそこで聞いとったやないか」  俺がアキちゃんと心中(しんじゅう)を決意した、その瞬間にも座っていた場所に、瑞希(みずき)ちゃんは座っていた。あの時は(おどろ)いてたけど、今はもう、どっぷり(しず)んでもうたような暗い顔や。 「結局、お前が勝つんやな」 「そらそうや。それがお約束(やくそく)世間(せけん)のルールやで、犬。しっかり(おぼ)えときや」  悲しげにぼやく犬に、俺は笑って答えてやった。どうも、苦笑(にがわら)いやった。  もう喧嘩(けんか)したないねん。俺にはそんな気力がない。俺の生涯(しょうがい)、いつも修羅場(しゅらば)やったで。戦争に、政争に、悪魔狩(あくまが)り。金の(から)んだ骨肉(こつにく)の争い。そして必死の痴話(ちわ)ゲンカ。命汚(いのちぎた)(じじい)執念(しゅうねん)。そんなんばっかり。もう(いや)やねん。  アキちゃんとこに来て、やっとで(やす)らいだと思ったら、この犬が現れて、それからまた修羅場(しゅらば)やないか。もう、ええかげんにせえよ。俺かて、長い一生の終わりの一日二日くらいは、平和に楽しく()ごしていたいわ。さらば(いと)しき人界(じんかい)の日々の、最後の名残(なごり)()しみたい。 「お前はええかもしれへんよ、それで」  ぽつりと犬は非難(ひなん)した。なんやねん、もう。まだ言うか。当たり(さわ)りのない世間話(せけんばなし)とかでけへんのか。水煙(すいえん)でさえ、それくらいするで。あいつもあれで最近、俺にはけっこう気安(きやす)いからな。 「俺も冷静(れいせい)になって考えてみたんやけど、やっぱり、死ぬのはあかんのと(ちが)うか? お前が死ぬのは好きにすりゃええけど……先輩はまだ若いんやし……絵の才能かてあるのに……」  なに言うとんねん犬。お前がアキちゃんに地獄(じごく)()ちろて言うてたんやないか? 絵描かれへんでも知ったことかて言うとったんやで。忘れたんか。  俺はそういう、ポカーン(がお)したんやろな。犬は決まり悪そうに、視線(しせん)彷徨(さまよ)わせて(ゆか)を見た。俺はしょうがなくて、(うわ)ずり声で返事していた。 「若いんやし、って……お前……はぁ? て言うてもええですか? 死んで一緒に地獄(じごく)()け言うとったの、どこのどなたさんでしたっけ?」 「俺やけど……」  さらに気まずそうになって、犬はもじもじ自分の指を(にぎ)り合わせていた。白い指の、案外(あんがい)小さい手やった。 「俺、ちょっと、テンパってもうてた」 「お前がテンパってもうてない時を見たことがない」  俺は断言(だんげん)してやった。だってそうやろ。俺はそうやで。平常心(へいじょうしん)の犬なんか見たことない。いつもキレてる。キレまくっている。それか必死や。思い()めてる。正気(しょうき)の時なんか知らんのや。  だからこれが、俺が正気の瑞希(みずき)ちゃんを見る、記念すべき最初の瞬間(しゅんかん)やった。  犬は(われ)(かえ)ったらしい。俺とアキちゃんのあまりに深い愛を()の当たりにして、度肝(どぎも)()かれ、これはあかんと(さと)ったんやろか。  俺にはもう勝ち目はないわと、とうとう理解できたか。  頑張(がんば)ったなあ、犬。えらい。ようやった。ごほうびにビーフジャーキーやろか? 「あかんねん……俺はすぐ、ビビってもうて。思い()めすぎるって、先輩にも怒られたしな。確かにそうやわ。頭()いてて、まともに考えられてへんかった」 「……まあ、しゃあないんと(ちが)うか。恋してんのやから」  言いたくないけど、(はげ)ましといた。しゃあない、それは事実やしな。アキちゃん()るのは殺すけど、でも、アキちゃん好きやて思うことも、あかんと禁じるわけにはいかへん。  それは自由や。人でも人でなしでも、誰か好きになる心は、止められへん。たとえ相手に嫌われてても、それだけはしょうがないやろ。それが愛とか恋とかの、つらくて苦しいところやないか?  瑞希(みずき)ちゃんは、(だま)って居心地(いごこち)悪そうに眉間(みけん)(しわ)()せてるだけで、うつむいたまま、ノーコメントやった。どうも()ずかしいらしいで。  なにが()ずかしいの。お前がアキちゃんに恋しちゃってることなんか、もう皆知ってるで。俺も勿論(もちろん)知ってるし、皆も知ってるやんか? 全部(しゃべ)っといてやったしな。バレバレや。バレてへんと思うほうが変やで。

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