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24-5 トオル
だって、アキちゃんを見つめる時の、お前のでかいお目々 の中には、ハートとかキラキラとかが潜 んでるもん。少女漫画 やったら絶対そういうのが描 いてある。背景には何か、ふんわかしたモンが飛んでる。
ただ、漫画 やのうて現実やから、そんなん見えてへんだけでな。そんなお前の顔を見れば、誰かて一目瞭然 やで。
「それは……それはまあ、ええねん。この際、脇 に置いといて。考えたんやけどな……客観的 に見てみて、しゃあないから死のう、作戦も無しやっていうのは、ちょっと……」
「ちょっと……?」
口ごもる瑞希 ちゃんの続く話を、俺は待った。
しばらく言葉を選んでるふうな顔をしてから、犬は結局言うた。
「アホみたいすぎへんか?」
「そうやで。もうアホアホ作戦しかないんや、犬」
俺はまた断言 してやった。だって考えても分からへんやんか。やらなしゃあないもんは、やらなしゃあない。
それに、実際何が起きるかは、やってみるまで分からへんのに、あれこれ悩 んどいてもしゃあない。その場で対処 。
案外、なんとかなるかもしれへんやんか。どうせダメ元。アドリブで。愛があればダイジョウブ。神様がなんとかしてくれる。俺がその神様やけどな。
死んでもええわと腹据 わってもうたら、怖いもんなしやで。適当 や。
「アホアホ作戦て……本間 先輩はアホやないんやから……」
犬はもじもじ言うてた。ええー。知らんのか、こいつ。
「アキちゃん、アホやで」
俺は親切に教えといてやった。いや、あの子は偏差値 的には賢 いらしいけど、学校の成績が良かろうが、そんなもん、何の役に立つの。
アキちゃん最近、ほんまにアホやで。あっちフラフラ、こっちフラフラやし。お前だけが好きやて言うた直後に、朧 様から電話かかってきてデレデレやからな。アホ以外の何者 でもない。
「そんなことない。先輩は頭ええんやで。般教 での成績 も、学内でズバ抜けてるって、先生らも言うてたで。ほんまは美大 来るような頭やないねん」
お前はいま全世界の美大生 を敵に回す発言 をしたな。許 してやってくれ。犬もアホやねん。
「でも学校の教科書には、鯰 や龍 のやっつけ方なんか、書いてへんのやろ?」
俺は真面目 に訊 いてんのやで。
だって知らんもん、見たことない。学校の教科書なんて。行ったことないからな、学校。
でも犬は別。こいつは人間様のふりをして、なりすまして生きてた妖怪変化 なんやから、小学校も行ったし、中学や高校にも行った。大阪の天王寺 にある、名門 の進学系男子校に通ってたらしいわ。ひらひらのおかんの趣味 でカトリック系やで。
そこで学んだ詰 め襟 学ラン時代の成績が、あまりにも賢 いもんで、親もテンパってもうて、アメリカ留学 させるて血迷ってたんやんか。
アメリカの人もびっくりしはるで。犬を大学入れてくれなんて頼 んだら。
まあ、向こうには向こうで、犬猫 に大財産 を相続 させるような、イッてもうてる人もほんまに居 るらしいから、金払えば大学くらい入れてくれるんかもしれへんけどな。
「書いてるわけないやんか。ナマズのせいで地震 が起きるなんて……そんなアホな」
情 けないみたいに頭抱えてる瑞希 ちゃんは、ちょっと前のアキちゃんみたいなこと言うてた。
自分も妖怪 のくせに、不思議 不思議 を頭ごなしに否定 するとは。お前が居 って、俺が居 るなら、鯰 が居 っても変やないやろ。
「あかんねん俺はそういう、科学では解明 できない系は、納得 でけへんのや」
「何を血迷 ってそんな自虐的 なことを言うんや、ワンワン」
「ワンワン言うな、俺は人間なんや!」
とっさの一言やったろうか。それは瑞希 ちゃんの本音 であり願望 でもあった。
言うてもうてから、犬はちょっと気まずそうに、苦い顔で赤くなっていた。
「なんでそんなこと思うんや。お前、犬やんか。しかも堕天使 なんやで。人間やないよ。そんなん別に恥 やないで。……少なくとも、このホテルでは。右も左も、外道 だらけやないか? お前だけが化 けモンなんとちゃうんやで?」
「そんなん……急にそうなっても、ついていかれへん」
新人さんやった。瑞希 ちゃんは。そう言えばそうと言えなくもない。
三万年もトシ食ってきやがったが、それは煉獄 の底での話で、こいつはただ、こんがりローストされてただけで、何の経験も積 んでない。我慢 大会やってただけ。
根性 は据 わったやろけど、でも、それだけで。何の知恵 も知識 もついてへん。
ただただ自分を責 める地獄 の獄吏 を、怖い化けモンやと震 え上がってただけで、それがどういうモンなのか、よう分かってへんかった。
天使になっても使いっ走りなんやし、居着 く間 もなく辞 めてきた。それで何かの足しにはならへん。
素人 やから。犬は素人 。
オカルト否定派 の妖怪 や。
「自分で自分に、ついていけてへんの……?」
俺もさすがにちょっと引いてた。
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