427 / 928

24-5 トオル

 だって、アキちゃんを見つめる時の、お前のでかいお目々(めめ)の中には、ハートとかキラキラとかが(ひそ)んでるもん。少女漫画(まんが)やったら絶対そういうのが()いてある。背景には何か、ふんわかしたモンが飛んでる。  ただ、漫画(まんが)やのうて現実やから、そんなん見えてへんだけでな。そんなお前の顔を見れば、誰かて一目瞭然(いちもくりょうぜん)やで。 「それは……それはまあ、ええねん。この際、(わき)に置いといて。考えたんやけどな……客観的(きゃっかんてき)に見てみて、しゃあないから死のう、作戦も無しやっていうのは、ちょっと……」 「ちょっと……?」  口ごもる瑞希(みずき)ちゃんの続く話を、俺は待った。  しばらく言葉を選んでるふうな顔をしてから、犬は結局言うた。 「アホみたいすぎへんか?」 「そうやで。もうアホアホ作戦しかないんや、犬」  俺はまた断言(だんげん)してやった。だって考えても分からへんやんか。やらなしゃあないもんは、やらなしゃあない。  それに、実際何が起きるかは、やってみるまで分からへんのに、あれこれ(なや)んどいてもしゃあない。その場で対処(たいしょ)。  案外、なんとかなるかもしれへんやんか。どうせダメ元。アドリブで。愛があればダイジョウブ。神様がなんとかしてくれる。俺がその神様やけどな。  死んでもええわと腹()わってもうたら、怖いもんなしやで。適当(てきとう)や。 「アホアホ作戦て……本間(ほんま)先輩はアホやないんやから……」  犬はもじもじ言うてた。ええー。知らんのか、こいつ。 「アキちゃん、アホやで」  俺は親切に教えといてやった。いや、あの子は偏差値(へんさち)的には(かしこ)いらしいけど、学校の成績が良かろうが、そんなもん、何の役に立つの。  アキちゃん最近、ほんまにアホやで。あっちフラフラ、こっちフラフラやし。お前だけが好きやて言うた直後に、(おぼろ)様から電話かかってきてデレデレやからな。アホ以外の何者(なにもん)でもない。 「そんなことない。先輩は頭ええんやで。般教(ぱんきょう)での成績(せいせき)も、学内でズバ抜けてるって、先生らも言うてたで。ほんまは美大(びだい)来るような頭やないねん」  お前はいま全世界の美大生(びだいせい)を敵に回す発言(はつげん)をしたな。(ゆる)してやってくれ。犬もアホやねん。 「でも学校の教科書には、(なまず)(りゅう)のやっつけ方なんか、書いてへんのやろ?」  俺は真面目(まじめ)()いてんのやで。  だって知らんもん、見たことない。学校の教科書なんて。行ったことないからな、学校。  でも犬は別。こいつは人間様のふりをして、なりすまして生きてた妖怪変化(ようかいへんげ)なんやから、小学校も行ったし、中学や高校にも行った。大阪の天王寺(てんのうじ)にある、名門(めいもん)の進学系男子校に通ってたらしいわ。ひらひらのおかんの趣味(しゅみ)でカトリック系やで。  そこで学んだ()(えり)学ラン時代の成績が、あまりにも(かしこ)いもんで、親もテンパってもうて、アメリカ留学(りゅうがく)させるて血迷ってたんやんか。  アメリカの人もびっくりしはるで。犬を大学入れてくれなんて(たの)んだら。  まあ、向こうには向こうで、犬猫(いぬねこ)大財産(だいざいさん)相続(そうぞく)させるような、イッてもうてる人もほんまに()るらしいから、金払えば大学くらい入れてくれるんかもしれへんけどな。 「書いてるわけないやんか。ナマズのせいで地震(じしん)が起きるなんて……そんなアホな」  (なさ)けないみたいに頭抱えてる瑞希(みずき)ちゃんは、ちょっと前のアキちゃんみたいなこと言うてた。  自分も妖怪(ようかい)のくせに、不思議(ふしぎ)不思議(ふしぎ)を頭ごなしに否定(ひてい)するとは。お前が()って、俺が()るなら、(なまず)()っても変やないやろ。 「あかんねん俺はそういう、科学では解明(かいめい)できない系は、納得(なっとく)でけへんのや」 「何を血迷(ちまよ)ってそんな自虐的(じぎゃくてき)なことを言うんや、ワンワン」 「ワンワン言うな、俺は人間なんや!」  とっさの一言やったろうか。それは瑞希(みずき)ちゃんの本音(ほんね)であり願望(がんぼう)でもあった。  言うてもうてから、犬はちょっと気まずそうに、苦い顔で赤くなっていた。 「なんでそんなこと思うんや。お前、犬やんか。しかも堕天使(だてんし)なんやで。人間やないよ。そんなん別に(はじ)やないで。……少なくとも、このホテルでは。右も左も、外道(げどう)だらけやないか? お前だけが()けモンなんとちゃうんやで?」 「そんなん……急にそうなっても、ついていかれへん」  新人さんやった。瑞希(みずき)ちゃんは。そう言えばそうと言えなくもない。  三万年もトシ食ってきやがったが、それは煉獄(れんごく)の底での話で、こいつはただ、こんがりローストされてただけで、何の経験も()んでない。我慢(がまん)大会やってただけ。  根性(こんじょう)()わったやろけど、でも、それだけで。何の知恵(ちえ)知識(ちしき)もついてへん。  ただただ自分を()める地獄(じごく)獄吏(ごくり)を、怖い化けモンやと(ふる)え上がってただけで、それがどういうモンなのか、よう分かってへんかった。  天使になっても使いっ走りなんやし、居着(いつ)()もなく()めてきた。それで何かの足しにはならへん。  素人(しろうと)やから。犬は素人(しろうと)。  オカルト否定派(ひていは)妖怪(ようかい)や。 「自分で自分に、ついていけてへんの……?」  俺もさすがにちょっと引いてた。

ともだちにシェアしよう!