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24-8 トオル
アキちゃんにも、実はあの可愛 い和風顔 やのうて、怪物 トミ子の性格のほうで、モテてたんやないか。
アキちゃん実は、言うほど面食 いやない。メンタル重視 。顔だけやのうて、心の綺麗 な奴 が好きやねん。鬼 やと、あかん。性根 のええやつやないと。
その、由香ちゃんとかいう普通女 にも、腕 組んでやるなんて、惚 れてへんなりにも、嫌 いではなかったんやろ。アキちゃん、好き嫌 いははっきりしとるから。
可愛 い娘 やなあと思ってたから、ベタベタされても、苦笑 いひとつで許 してたんや。
兄貴 が妹に甘 えさせてやるみたいなもんやろ。向こうがほんまにアキちゃんのこと好きやったんなら、それはそれで、つれない話やけども。殺されるような事やない。
殺すようなことやなかったと、犬も今さら思うてんのやろ。反省したんか。地獄 の火でさんざん焼かれて、ふと我 に返ってみて、なんで俺はそこまで必死になってもうてたんやろかと、後悔 したか。
それはそれは、殊勝 なことで。こいつも本来、ええ子やねんから、殺 っといて正解 やったわ、まあええかとは、思うてへんのやろ。
「由香 ちゃん、はじめは俺が好きやったらしいねん」
「はぁ? そうなん?」
ぼそぼそ言うてる犬の話に、俺はポカーンてなってた。
でもこいつ、女には興味 ないねんで。そういうキャラやで。苑 先生がそう言うてたもん。勝呂 君は、ほんまにそうらしい、って。
なんでか知らんけど、こいつは男しか好きになられへんらしい。ほんまもんやねん。
「でも俺、女の子には興味 ないねんて断 ったら、由香 ちゃんそれを、その日のうちに、キャンパス中で喋 りまくってくれてな……」
鬼 やんか。全自動カミングアウトやな、勝呂 瑞希 。
「別にええねんけど……そしたら今度は、男に言い寄 られるようになってもうて」
俺はモテるという話か。憎 いざます! しかし一応、腕組 みして真顔 で聞いといた。
「俺な、誘 われると断 られへんねん。なんでか知らんけど、やらせろ言われたら、やらせてまうねん。そんなんしたらあかんて由香 ちゃんが、なんとなく追い払 ってくれてたから、大学ではマシやったんやけど」
「恩人 やんか」
やりまくりがパラダイスやないんやったらな。
犬はなんか、そんな顔してた。ほんまは嫌 やったという顔。
嫌 なら嫌 やって言えばええだけやのに、変な奴 やで。娼婦 やないんや。まともな親もいる家の子で、養子 とはいえ、可愛 い可愛 いしてもらってた一人っ子やで。
金に困 ってたわけでもないやろ。何が悲しいて、好きでもない男に嫌々 ケツ貸 したらなあかんねん。アホですわ。
「恩人 やねん……まあ、そうやねんけど。複雑 やった。友達やったしな。でも、俺にはたぶん、人間の心なんて、よう分かってへんのや。犬やしな、外道 やから……」
困 ったみたいに言うてる犬が、えらい卑屈 やなあと思えて、俺はジトッと睨 んでた。
何が言いたいんや、お前は結局 。なんか話、見えへんようになってきたで。
世間話 にしては暗いしな。なんか言いたそうなんやけど、それの周 りをうろうろと、虚 しくうろつく犬みたいに、瑞希 ちゃんは煮 えきらへんかった。
「何が言いたいねん、お前は」
イラッとしてきて、俺は若干 むかついた声でそう訊 いた。
それに犬はうつむいて、かすかに圧 されたような、焦 る気配 を見せていた。
「わからへん、何が言いたいんやろ、俺は」
「アホか。ちゃんと考えてから、もの言えよ。外道 やから何? 外道 やから、恩人 やった女殺したんか。それで終了? なんで俺にそんな話すんの。そうやなあて言うてほしいんか。お前はほんまに外道 やなあ、って」
それを認 めたくないんとちゃうの。意味わからへん。勝呂 瑞希 。イラッとするわ。
アキちゃんけっこうイラチやのに、ようこいつにイライラせえへんな。可愛 い顔が大好きやったら、話の内容なんか何でもええのかな。一生懸命 話してんのを延々 聞いて、そうかそうか可愛 いなぁて、デレデレしてれば間 が保 つんか。
俺は犬にはぜんぜん何の萌 えもない。恋敵 やというのを別にしたかて、俺と犬では何の接点 もない。行っても精々 、お友達。抱かれたい同士 がセットになっても、呼応 するもんがないしな。
こいつは素直 で従順 なのが、ええとこやんか。くんくん鳴 いて付いてくる。かまってかまって、抱いてくださいみたいなのが、支配したいタイプの下心 を刺激 する。そんな、蹂躙 され型 の、愛玩用 の犬っころなんやから。
正直、ウザイだけ。この、世話 してやらなあかん感じに、アキちゃんが萌 えてんのかと思うと。それが容易 に想像つくしな。愉快 ではないわ。
「そうやない。俺は、人間みたいになりたいねん。飼 われてる犬やのうて、もっと自由な。でも、結局 は外道 やし。由香 ちゃんが、先輩好きやし、お前が行かんのやったらウチが行くわって言うただけで、完璧 テンパってもうて、人食うような狂犬病 やからな……それで、あかんのやろか。それで先輩は、俺のこと、好きやないんや。お前みたいなのが、ええんやろうなあ」
ぼんやり悲しそうな、羨 んでる目をして、瑞希 ちゃんは俺を見た。
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