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24-9 トオル
もともとそれを狙 って、ポーズつけてた俺様やったけど、しょんぼり飢 えた負け犬に、惨 めそうに見られて、俺は実はちょっと、気が咎 めた。
居心地 悪いわあ。いじめてるみたい。そんなん、何もしてへんのに。ただ親切に、聞きたくもない話を辛抱 して聞いてやってるだけやのに。めっちゃ親切やのに、亨 ちゃん。
けど、なんというか。可哀想 っぽかった。確 かに犬は哀 れっぽい。
こいつはどうも、アキちゃんに、干 されたらしい。抱いてもらわれへんかったみたい。なんでか知らん。
その後に、わざわざラジオんとこで抜 いてきやがって、やりたいやりたいは本音 やったろうに、アキちゃんはなんでか犬とはやらへんかった。
それぐらい嫌 やったんやと、瑞希 ちゃんは思ったんやろ。勃 ってても入れたくない。とりあえず逃げて、他のと一発やってくるなんて、とんでもねえ話やで。俺ならキレてる。
それでも犬は、それにブチキレはせえへんかったしな。ただ、何か、しょんぼりしてた。振 られたんやと思うたんやろ。
実際そうやし、否定はできへん。アキちゃんはお前を振 ったんや。そして俺のことが好きなんや。
アキちゃんは俺を愛してる。あいつは、俺みたいなのがええねん。俺は別格 やって、そう言うてた。
それがリアルや。現実なんやで。厳 しいなあ、現実って。誰にとっても、ときどき厳 しい。
俺にとっての厳 しい現実は、そこから先やないか。
アキちゃんはいつでも俺が好き。俺がベスト。でも、犬も好き。おかんも、水煙 も。たぶんラジオも好き。鳥さんも好き。神楽 遥 も好き。藤堂 さんまで好き。誰でも彼でも好き。
死ぬときに連 れ立 っていく相手には、俺を選ぶけど、俺とふたりだけでは生きていかれへんて言うてた。はっきりそう言うてた。
他にもいろいろ、愛してる人らがいて、そいつら無しでは立ちゆかへん。そういう世界観 やねん、アキちゃんは。
だからな、つまり、この話の結論 はやで、俺のツレは、この犬も好き。
問題はそれを、なんで俺が犬に言うてやらなかんのやという件 や。おかしいやろ。敵に塩を送るってやつか。戦国武将か俺は。
ちゃうで、亨 ちゃんメソポタミア系なんやから。武将は関係ないんやで。
せやのになんで、そんなことせなあかんの。敵 わんわあ、ほんまに。
「アキちゃん、お前に、なぁんも言うてやってへんの?」
奥手 やからなあ、あいつも。押して押して、やっと一言 出てくるような面もある。素面 やったら絶対そんなんやで。
せめて泥酔 してる時やったらなあ。何かええこと言えたんやろけど。しがらみを捨てた、我慢 がきかへん本音のところをさ。
「蛇 が好きやって言われた。俺のこと……愛してないとは言わんけど。でも、お前が好きなんやって。お前になんかしたら、許 さへんて……念押 しされた」
雨の日の捨 て犬かてもうちょっと明るい顔してるで、瑞希 ちゃん。暗いわあ。なんて暗い奴 なんや。
そんなんやから俺に負けるねん。アキちゃんもどっちか言うたら暗くなりがちな性格なんやしさ、お前とセットになってもうたら、暗さ爆発みたいになるやんか。暗黒星雲 やで。何人 も抜け出られへんブラックホールみたいになるで。ふたりそろって思い詰 めとったらな。
「そら、しゃあない。俺はアキちゃんの運命の恋人で、永遠の伴侶 なんやしな。守護神 なんやで。ぽっと出の犬とは格 が違 うてる」
ずけずけ言うてやっても、犬はキレもせんと、黙 って聞いていた。
こいつほんまに負け犬になってもうたんかなあ。
別にええけど、アキちゃんに干 される前には、もうちょっと骨のある犬やったのに。あれが最後の足掻 きか。
あれっぽっちでお終 いなんや。まあ、俺もまた、軽 ぅく死ねたけど。
「でも、お前もただの犬畜生 に毛はえた程度 のモンにしては、健闘 してるで。アキちゃん、お前が大阪でくたばった後、犬の絵描いとったしな。一生懸命 描いてたわ。俺には見向きもせんと、必死で描いてた。つらかったんやで、アキちゃんも。お前のこと、殺したくなんかなかったんや。好きやったんやで、お前のことも、それなりに」
「そうやろか……」
「そうやろか、ってなぁ……考えろ、お前のその、偏差値 高いらしい頭で。俺になんのトクがある? アキちゃんがお前のこと好きやって教えてやって。百害 あって一利 無しやろ。その俺が言うんや。嘘 やないで。マジもんマジもん」
言いたないわあ、それはさすがに。俺もどんだけ人がいいのか。いや、人やのうて蛇 やけど。
どんだけ、ええモンの蛇 なのか。これで犬がまたチョーシこいて、先輩抱いてて迫 りやがったら、どないしてくれようか。今度こそ蛇 キックでぎったんぎったんに成敗 。それしかない。
「アキちゃんには関係ないから。人でも外道 でも、顔さえ良けりゃ、どっちでもウェルカムやから。博愛 なんやで。嫌 いなんは鬼だけや。お前もまた鬼にならんように気をつけろ。その時こそ、ほんまに嫌 われる。テンパってたらあかんのやで」
俺が諭 してやってても、犬は聞いてんのか、聞いてへんのか、わからんような顔をしていた。ぼけっとしてるみたいやった。
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