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24-10 トオル
ほんで、しばらくそのまま考え込んでるような、ぼんやり顔のまま静止 していて、やがて唐突 に口を開いた。
「煉獄 を出る時、俺は冥界 の王と、問答 をした。なんで由香 ちゃん殺したんやと、訊 かれてん。俺はそれには、なんも答えられへんかった。何がどうやったか、もう、忘れてもうてて。ただ、何となく漠然 とは思い出したんやけど……由香 ちゃんが、本間 先輩のこと好きやって言うてた。今日こそ告白 するって、朝来て言うた。でも先輩にはお前が居 るやろ。もう相手が居 るねん。もう言うてもしゃあないでって、俺は教えてやったんやけど……」
それが道理 というふうに、犬はぼんやり話してた。俺時間では、ほんのひと月ばかり前のことやねんけど、こいつにとっては三万年前か。それは目も遠いはずや。
「由香 ちゃん、それでもかまへんて言うねん。好きな子おっても、関係ない。とにかく告 って、好きでたまらへん、ウチと付き合 うてくださいて言うって。二番目でも三番目でもええから、いっぺんだけでもええし。何でもええんやって。気持ちを受け止めてくれたら、それで。何も言わんと、うじうじしてるほうが、しんどいねんて」
それはずいぶん潔 い女やで。竹を割ったようやな。
まあ、大阪の女やったんやしな。そういう奴 、けっこうおるわ。
悩んでても、しょうもない。とにかく行ってまえみたいな、気合い一発の女。それで泣いても、酒飲んでカラオケ歌って、タコ焼き食うてクソして寝ればええしな。男なんかいくらでも居 るわって、そういう武闘派 な。
きっとそんな女やったんやろ。その、由香 ちゃんていう、色黒 い普通顔 の女。元気が取り柄 で、いっとけいっとけ、やってまえ体質。うじうじしてて、イラッと来るような、煮え切らん犬よりは、よっぽど俺好 みやったかも。
「実は俺の敵って、お前やのうて、その女やったかな。そいつがお前のこと、けしかけへんかったら、お前がアキちゃんに粉 かけることなんて、なかったんやないか。先輩後輩のままで、永遠にうじうじ我慢 しとったんとちがうか」
「そうかもしれへん……」
遠い目のまま、勝呂 瑞希 は三万年前にてめえがブッ殺した女の顔を思い出してるようやった。
「由香 ちゃんは、ほんまに先輩のことが、好きやったらしい。でも、俺のことも、好きやったんやって。せやけど瑞希 くんホモやし、ウチ振 られてもうたし、うじうじしてもしゃあない。次いくし、もうライバルやでって、言うてた。たぶん最初は、俺の背中を押してやろうって、そういうお節介 やったんやろけど、行ってるうちにマジ惚 れしてもうたんやろう、本間 先輩に。そういう、適当 な娘 やってん」
適当 やなあ、それは。でもまあアキちゃん、ええ男やからな。親 しくなったら惚 れてもうても、しゃあない面 はある。
せやけどそれを、あっけらかんと、本人うじうじ悩 んでるような奴 に言うのって、どういう神経 の女やねん。あっけらかんとしすぎ。
「でも、由香 ちゃんは、殺さなあかんような、嫌 な奴 やなかったんかもしれへん。お前も告 れって、誘 われた。そうせえへんかったら、負け犬なってまうでって。あんたほんまに犬みたいって言われて、人間なんやったら、黙 ってうろうろしてへんと、本間 先輩にちゃんと言えって怒鳴 られて、頭真っ白なってもうてん。キレてもうたんやろな、俺……由香 ちゃんムカつくんや……ええ子すぎてな、悔 しい。先輩、この娘 に告 られて、靡 いてまうんやないかって……」
瑞希 ちゃんの話はそこで途切 れたけども、俺はなんで犬が、そんなふうにビビったか、これが理由やろうというのを知っている。アキちゃんの同級生 から聞いた。
本間 先輩は、まだ後輩なんかいない一回生 の頃 から、タラシの本間 と呼ばれてた。
あんな、ぽかあんとしたアホみたいな子やけど、アキちゃんにも荒 れてた時期はあったんや。
入学してすぐの頃 から、姫カット・ウィズ・ブスとデキるまでの期間、アキちゃんは手当たり次第 に女と寝てたらしい。俺にはそんな姿、想像つかんのやけどな。
いっぺんに二人三人とは付き合わへんのやけど、その一人きりの相手と全然続かんらしい。何かあると、あっさり別れて、告白 してきた次のと付き合う。それと別れる。また告白。それと寝て、また別れる。
同級生でも先輩でも、向こうが好きやと言うてくれば、誰とでも寝る。断るのは、今付き合 うてる相手がいてると思ってる時だけで、その時振 った相手でも、フリーになった瞬間をとらえてリトライしてきたら、やっぱり、あっさり抱くらしい。
たぶん、誰でもよかったんやろ、アキちゃんは。寂 しかったんや。寂 しい寂 しい言うてたもん。東山 のホテルのバーで、俺と出会った時にも、酔 っぱらってそう嘆 いてた。寂 しい寂 しい。嵐山 の家に帰りたいって。
トミ子はアキちゃんにとって、おかんの代わりやったんや。確かにあいつは、ちょっと、おかんみたいなところがある。
アキちゃんのおかんに似てるという意味やのうて、優 しいねん。ごはん作ってくれるし、いろいろ心配もしてくれる。労 ってくれて、よう気も付くし、一本芯 の通ったとこあるわ。
それでもその芯 が、何かのショックで折 れてまう程度 には弱いところもある女やった。守ってくれるけど、守ってもやらなあかん女で、それがアキちゃんには、おかんみたいで、ツボに来たんやろ。
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