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24-11 トオル
せやから、言うたらその頃から、基本、二股 かけてる男やったんや。おかんとトミ子と。今はもっとひどい。
寂 しいてたまらん子なんやろ。甘 えたのボンボンやねん。
そんなところが可愛 くて、俺もハメられてんのやけども、俺様 みたいにしてるくせに、寂 しい寂 しいて、いつも物言わぬ声で言うてるような男やからな、女の子にもモテるんや。ウチが慰 めてあげる、みたいなな。そんなとこある、心優 しい、女どもには。
それと愛し愛されたくて、アキちゃんは手当たり次第 やったんやろけど、理想 の相手って、そうそう居 らんかったんか。ずっと荒 れたまま彷徨 っていた。
それで立った悪い評判 が、本間 は女が告 ってきたら、基本、断 らん男やという話。
犬はビビったんやろ。由香 ちゃん告白 したら、もしかして、本間 先輩は、ええよ付き合うよと言うかもしれへん。
ツレが居 るとは知ってたけども、でもわからへん。そのツレ、男やしな、女は別腹 かもしれへんやんか。
本間 先輩は当時、俺はストレートやという顔をしていた。男とはやらん。亨 とは気の迷 い。せやし犬も拒 まれていた。男は要 らん、女がええんやと言うて。
せやから告白 なんかされたら、由香 ちゃんとデキてまうのかも。その可能性がゼロとは言えん。
犬は目の前で、自分よりはるかに不細工 な女に、欲 しい獲物 をかっさらわれて、ワンワン泣く羽目 になるのかもしれへんかったんや。
「でも……それで殺すなんて、おかしいよな。今はそう分かるんやけど、あの時、俺は狂 ってた。由香 ちゃんには、ほんまに済 まんことをした。俺は確 かに鬼 で……今もそうやし、どうしたら鬼 やめられんのか、わからへん。戻 ってきたら、あかんかったかな。ついていったら、あかんやろか。先輩が逝 くのが、天国やったら、どうせついていかれへんのやし。もう、諦 めなあかんのかな……? どう頑張 っても、俺にはチャンス無いって、それが罰 で、俺はまだ地獄 に居 るんやろか」
なんでそれを、よりにもよって俺に訊 くねん。
ほんまにもう、頭悪い犬や。ええかげんにせえよ。いくら俺が神様やからって、そんなに甘 えんといてくれ。
「そんなん、アキちゃんに訊 け。ついていったらあかんかて、走っていって訊 いてこい。竜太郎 んとこに居 るはずやから」
「このホテルの中?」
そうやで。部屋番号なんやっけ。
………………忘れたわ。
畜生 。あかん。俺、そういうの憶 えてられへんねん。数字系。電話番号とかもなあ、携帯 の電話帳消えたらアウトやし。アキちゃんの番号でも憶 えてられへんのやから、大概 アホやで。
そんなんやのに、竜太郎 の部屋の番号なんか憶 えてるわけあらへんよ。何階 やったっけ。二階? 一階? とにかく、この部屋のある三階と別フロアなことは確かや。そこまでしか憶 えてへんわ。どっかにメモっといたらよかった。
「そうや。ホテルん中やけど……遅 いなあ。アキちゃん。蔦子 さんとモメてんのやろか。行って戻るだけにしちゃ遅 い……」
俺は思い出すのを諦 めて、アキちゃんに電話をすることにした。訊 く方が早い。
それに何か、心配やってん。竜太郎 はアキちゃん狙 いやでという話なんかしてもうたせいもあるし、湊川 怜司 のことも、もちろん引っかかっていた。
軽 くて、おもろい、ええ奴 っぽいけど、なんか目が暗い。けらけら気さくに笑 うてるけど、その目の奥 に、なんかもう一人、怖いのが居 てるような気がする。
もやもやしてて、正体 見えへん。その靄 の中に居 るもんが、鬼 か、蛇 か。
雀 なんかな。何かすごいかぎ爪 のあるもんが、潜 んでいるような気がする。それでも朧 で、よう見えへん。ゆらめく波のようで、正体 がない。
それは、あいつの正体 が噂 やからかもしれへん。それとも聖 か邪 か、どっちつかずで、姿 が定 まってへんからかもしれへん。
何かが蜷局 を巻 いてる。それが抱 いているのが、人への愛なのか、呪 いなのか。
神隠 しに遭 わせる神やと、水煙 は言うてた。実際そうや。
俺はそのことが、未 だに気がかりやった。アキちゃんが、あいつと、とっとと出ていってもうて、まるで何か、秘密 の話でもあるみたいな空気が漂 っていた。
お前も来いとは、俺は頼 まれへんかったし、うろうろついて歩くなんてと、引け目もあったんや。
普通やったら、俺が風呂 入って着替 える間 で、もう行って戻れるような距離 やんか。
蔦子 さんが、湊川 怜司 はお前にやらんと、ゴネてんのやったら長引くやろけど。それももう、やってもうたんやし、モメてもしゃあない。
助け船にでもなるかと、そんなつもりで携帯 の電話帳から、アキちゃん♡を選んで電話をかけた。
♡ マークつけたらあかん? つけたいねん。ほっといて。
電話かけてる液晶 表示を見てから、俺は電話を耳に当てた。
電話は、さああっ、と、何かが流れているようなノイズを吐 いていた。まるで砂時計 の砂 が、流れ落ちてる時の音みたい。
時が刻々 と、過 ぎている。そういう気配のする、静かな音で、それは通話 が繋 がるのを待つときの、いつもの音やなかった。
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