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24-13 トオル
生きてくれ、朧 。俺が死んでも平気なままで、面白可笑 しく生きていってくれ。
綺麗 な声で歌歌 うて、人を愛してやってくれ。
お前は鬼やない。俺を助けてくれたやないか。神さんなんやで。それを忘 れんといてくれ。
忘 れんといてくれと、ざらつくラジオの鳴 るような、若い男の声が言うてた。
忘 れんといてと繰 り返し、壊 れたみたいに、何度も言うて、そして、さようならとは、言わへんかった。
俺にはそれが、まるでアキちゃんの声のように聞こえたわ。そっくりなんや、喋 り方まで。どこか甘 えたような、寂 しそうな声も。愛を囁 く時の、アキちゃんそっくり。
でもそれは、俺のツレやない。アキちゃんのおとんやろ。暁雨 のほうや。
『あいつは裏切 る』
きっぱり響 く声で、電話の向こうから言われた。それは龍 の声やで。鱗 を持った長虫 の、霊威 に満ちた声やった。俺の眷属 。ご同類 やわ。
どうもアキちゃんのおとんは、二匹 の龍 を天秤 にかけていた。片方 は天から落ちてきた、海の底に棲 んでた龍 で、もう片方 は、お月さんに靄 吐 きかける、朧 なる龍 や。
悪い子ぉやで、蛇神様 を手玉 にとって。愛してるって囁 いたんや。アキちゃんとは違 うて、そうとは言わず、ただ血をやって抱いて、囁 いただけやった。忘 れんといてくれと。
別れ際 の、篠突 く雨に、顔も出さんと、びしょ濡 れに泣いた手紙一通きりでお終 いや。
それはあまりに切 ないと、龍 だって啼 くわ。号泣 するで。俺やったらな。
人の子の分際 で、俺を玩具 にしやがって。愛を教えて捨 てた、それはあまりに鬼やないかと、呪 いたくもなる。
『裏切 るで、その息子も。用心 しろよ。悪気はないんや。せやから分からへん。愛してるって顔をして、いきなり正面 からひと突 きや。そんな居合 いの使い手やからな、秋津 の覡 は……許 せへん、俺を置いて逝 くなんて……』
美しく嘆 く、その声は、凍 り付くような霧 やった。それを吐 きかけられるお月さんは、さぞかし寒いやろう。怖い思いをするやろう。このまま、つれていかれてしまうのかって。
つれていこうかと、声はまだ囁 いていた。誘惑 する悪魔 のように。
「やめといて! それはアキちゃんやで。俺のアキちゃんや。お前のとちゃうで。連れていかんといてくれ!」
俺は叫 ぶように答えつつ、おろおろ立ち上がっていた。
犬はびっくりした顔で、俺を見ていた。まるで誘拐犯 と話してる、気の毒な家族みたいやった。
いや、まさにそうかもしれへん。アキちゃん、誘拐 されつつあんのかも。
またや。またやってもうた。なんで油断 してまうんやろ。
あいつが、ええ奴 みたいに見えるからやで。湊川 怜司 。まるで友達みたいなノリで、にこにこ愛想 ええのに、実は悪魔 やなんて、そんなことあってええんか。
まあでも、それがマスメディアってもんかもしれへん。
水煙 が、なんであいつを嫌 いか、よう分かったわ。
危 なすぎ。それに、アキちゃんのおとんと完全にデキてる。愛し合 うてる。ラブラブやから。
そんなん水煙 が怒らんわけない。焼 き餅 焼 きやねんから。おかんが一番、水煙 二番で、後のはその他大勢 の、浮気 や、妾 や、式神 なんやからと、そういう決まりでいるうちは、耐 えられるけども、手に手をとって駆 け落ちなんか目論 まれた日にゃあ、水煙 様でもキレる。
おかんがキレたか知らんけど、あの水煙 がブチキレるとこなら俺には容易 に想像がつく。
水族館 でキレていた。あんなんなってたに違いない。変転 のしかたを思い出してたら、絶対あの格好 になっていた。半人半龍 の、真っ青 なってる、キレてテンパった怖い龍神様 に。
「どしたんや、蛇 」
俺のおろおろが移 ってもうたんか、瑞希 ちゃんまでおろおろしてた。
「誘拐 や。アキちゃん、また誘拐 されたで、朧 様に。神隠 しやで!」
スマホを手で押し隠 し、こっそり囁 く声で、俺は犬に言うた。
犬はぎょっとしてた。
「話、引き延 ばせ。電話切ったらあかん」
犬はおたおたしたまま、俺にそう教えた。
「えっ、なんで?」
「なんでって常識やんか。刑事 ドラマとか観 たことないの?」
テレビかよ。そんなん観 てんの、瑞希 ちゃん。でも参考になります。勉強なるわあ、テレビ。
……って、それもマスメディアやないか。どこまでほんまか分からんで。フィクションなんやで、それは。
「説得 。説得 して。犯人 を」
必死の目して、瑞希 ちゃんは俺に頼 んだ。
「えっ、なんて言うの。お前が代われ」
「無理無理無理 ! 俺は口下手 なんやから! 蛇 が言え!」
火の点 いた爆弾 みたいに、携帯電話 を押しつけあって、俺と瑞希 はじたじた揉 み合っていた。
だって何て言うてええか分からんのやもん。泣きそうなんやで、責任 重すぎて。
しかしここは年長者 が責任 を果 たすべきか……。って、それも犬が今は年上やんか。なんで俺がやらなあかんねん。朧 がキレたら俺のせい?
また、そんなんか。龍 の説得 は俺は嫌 やで。水煙 様だけでも、もうご馳走様 や。
なんで二匹も龍 が居 るねん。予言 されてた龍 ってこれか?
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