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24-15 トオル
うるさいうるさい、俺は覚悟 を決めたんや。アキちゃんと抱き合 うて死ぬ。もうそれでええねん。
ごちゃごちゃ横から言わんといてくれ。覚悟 が鈍 るから。
俺かて死ぬのが嬉 しいわけやない。ほんま言うたら生きていきたい。アキちゃんとずっと幸せに、面白可笑 しく生きていきたいねん。そんなん誰 しも本音 やろ。
それでも、血筋 の務 めやないか。おとんもそうやったんやんか。戦争行かなあかんかったんやないか。それから逃げたらお家の恥 や。ご先祖様 にも、お登与 にも、水煙 様にも顔向けできへん。格好 つかへんのや。
それに、それだけやない。おかんは言うてた。お兄ちゃんは秋津島 を愛してた。京 の都 を。そこに住む人々を。
皆が笑って歩いてる、綺麗 やなあってお花見してる。そんな都 が好きやったんどす。それが戦火に焼かれるのが、つらいと思わはったんや。早 う戦 に勝って、この島を守らなあかんて、使命 を感じてはったんどす。
それができる男が立たんで、どなたさんが戦 うてくれるんや。皆 も行かはる。覡 ではない凡夫 でも。ただの息子や夫や恋人が、お国のためやて、生きては帰れぬ旅に出るのに、そこから一人、逃げ隠 れして、なんで男の名が立つか。死んでくるわ、お登与 と言うて、お兄ちゃんは旅だったらしい。
死は予言 されてたんや、許嫁 で、稀代 の予知 能力者、海道 蔦子 によって。
せやけど、おかんは信じてへんかったらしい。お兄ちゃん、勝ってお帰りやすと微笑 んで、三 つ指 ついて送り出したらしい。それはおかんの甲斐性 やろけど、そう言われて送られて、逃げ隠 れできる男がおるやろか。いたらそいつは、負け犬や。
気の毒な生き物なんやで、男の子は。ええ格好 せなあかん。怖 くても、怖 いて顔したら負け。泣きたい時も堪 えなあかん。
俺は堪 えへんけど。ええねん神様やから何してもええねん。亨 ちゃん、格好 良くてもしゃあない、アキちゃんにモテへんからな。そんなんもう捨 ててんねん、格好 良さなんてな。
けど、アキちゃんはまだ捨 ててない。それは見栄 やない。面子 や。血筋 の誇 りや。あるいは男としてのプライドなんやで。
負けたらあかん、俺は秋津 の跡取 りなんやという、矜持 や。先祖代々 、守り抜いてきた何かやねん。
それはたぶんアキちゃんが、おとんと似 てるところやろう。何から何までそっくりや。顔も姿も同じで、考え方まで、よう似 てる。多情 なところも、そっくりやしな。まさに生 き写 し。
おとん大明神 がおらんかったら、本人が転生 してきたんやと思われても、文句 言われへんくらいや。
実際、おかんは長いこと、そう思ってた節 がある。アキちゃんはおかんに惚 れとったけど、実はおかんも、それにまんざらでもなかったんやないか。大人になったら食おうと思ってた。そんな邪念 があったんかもしれへんで。
それでも手は出さへんかった。それは、なんでやろ。
結局 、おかんは、おかんやったからかもしれへん。いくら可愛 い可愛 い言うても、実の息子なんやしな。いつも憧 れやったお兄ちゃんと、おむつ替 えてやった男とでは、土台 、ノリが違 うやんか。
おかんにとって、お兄ちゃんは、信じて頼 って縋 ればいい、強い男やったけど、アキちゃんは結局、守ってやりたい可愛 い可愛 い息子やったんや。
それは全然、別の男やで。顔いっしょでも、中身が違う。萌 える方向性が違 う。
おとんがヘタレやったら許 せへん、チェック厳 しいお登与 でも、アキちゃんはヘタレならヘタレなほど可愛 い。
飯 食うてる時には、ごはん粒 なんかついてるほうが愛せる。お兄ちゃんはあかんけどな。
お兄ちゃんはコーヒーはブラックで飲まなあかんけど、アキちゃんやったら砂糖 とミルク入れてても許 せる。酔 いつぶれてグデングデンなるのも、息子のほうはええけど、兄はダメ。
なんでか言うたら兄は英雄 やから。そして息子のほうは、可愛 い可愛 い我が子やからや。弱いくらいで丁度 いい。そのほうがずっと、世話 して構 ってやれるやろ。それが、おかんのエゴやんか。
アキちゃんとおとんはそっくりやけど、同一人物ではない。同じ運命 を辿 らなあかん理由はないんや。
同じ境遇 に生まれ、同じ運命に立ち向かうにしても、全く違う選択をして、別のバリエーションを生きる男であってもかまへんはずや。
もはや平成 の御代 で、これは戦争やない。アキちゃんは現代っ子で、おとんみたいな古い武士道 に浸 ってる男と違 う。
そのぶんアキちゃんはヘタレかもしれへん。根性 はない。
せやけど今時 の男なんて誰も彼も、根性 なしやで。お国のためや死んでこい言われて、ハイそうします言う男が何人おるねん。十人おったら十人ビビる。そんな平和な世の中やんか。
それでええねん、別に。そんな時代の子なんやから、なんとしてでも生きたいと足掻 く。そんな根性 なしの甘えたなんやから、アキちゃんはおとんみたいに、死なんでも済 む道を見つけるかもしれへんやんか。
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