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24-16 トオル

 (あきら)めてもうたら終わりやで。  (いさぎよ)く死ぬのが格好(かっこう)ええて、それは(たし)かにそうやけど、無様(ぶざま)に生きようとジタバタするのかて、格好(かっこう)ええよ、正直(しょうじき)で。  お兄ちゃん死んで来い言うて、笑って送りだしたお登与(とよ)かて、生きてはないけど戻ってきたおとん大明神(だいみょうじん)を見て、(うれ)し泣きに泣き(くず)れたというやんか。  戻ってきてほしかったんやで、それが本音(ほんね)のところ。愛してんのやから、死んでもええわと思うわけない。それでも(いと)しい男の、男ぶりを立ててやっただけ。それが女の甲斐性(かいしょう)と、おかんも思ったんやろな。  せやけど俺は女やないから。それに武士道(ぶしどう)でもない。メソポタミア(けい)やしな。関係あらへん。  アキちゃんは俺にとって、おとんのコピーやクローンではない。最初からそうやった。そんな、(みょう)なおとんが()るなんて、知らんうちから()れていた。  アキちゃん死んでも、そっくりなおとん()るから、あっちを落とせばええかなんて、全然思わへん。おとんもええけどな、正直(しょうじき)言うて、アキちゃんよりええ男かもしれへんけど、あちはお登与(とよ)のもんやしな、おかんと戦うのはチビりそうで無理。  アキちゃんのほうがええから。絶対(ぜったい)アキちゃんやから。  ふたりは()てへん。何がどうで()てへんか、(くわ)しく指摘(してき)はできへんのやけど、とにかく俺にとってアキちゃんは、誰かで代用できる男やないねん。  誰とも()てへん。この世にたったひとりしか()らん、俺のツレやねん。 「アキちゃんとおとんが()てんのなんて、顔だけやんか。アキちゃん俺に、(うそ)ばっかついとるわ。お前だけや言うて、犬は()うわ、お前とは寝るわで……無茶苦茶(むちゃくちゃ)やんか。それにヘタレや。煙草(たばこ)も吸わへん。お前にライターくれたの、アキちゃんのおとんなんやろ。そんなん後生(ごしょう)大事(だいじ)に持っときながら、信太(しんた)とも寝やがって。あいつ、お前に()れとるみたいやで。(とら)でええやん、なんであかんの。俺のアキちゃん、()れてかんといてくれ」  この際、寛太(かんた)には泣いといてもらお。俺が泣くよりマシやから。  そんなこと思う俺は(おに)やけど、必死やねんて。自分の男が持ち逃げされかけてんのやから。他人の不幸なんか二の次や。俺はそういう正直者(しょうじきもん)やねん。 『信太(しんた)じゃあかん。あいつでは無理なんや』  (うれ)いのある声が、(つや)っぽく答えを返してきた。 「なんであかんの。(とら)もイケてるで?」  ヘボいセールスマン(なみ)の泣き落とし声で、俺は(たの)んだ。  とりあえず信太(しんた)で手を打ってくれ。おとん大明神(だいみょうじん)は今、()らんから。お登与(とよ)とブラジルやから。  なんやったら、お登与(とよ)死闘(しとう)してくれてもええけど、そんなん後のイベントにして、とにかくアキちゃん返してぇな。 『あかんねん。しょうがない。あいつは暁彦(あきひこ)様やないから。お前もそうやろ。(とら)()ったら、本間(ほんま)先生おらんで平気か。あのホテルの支配人(しはいにん)でもええけど……それで片付く話なんか?』  煙草(たばこ)吸うてるような、のんびりした声で、黒い(りゅう)鬱々(うつうつ)と話していた。  平気なわけない。平気やないって言うてるやんか。  俺はもう言葉も出えへん。こいつ、話ぜんぜん聞いてへんのやないか。ほんまにラジオと(しゃべ)ってるみたい。こっちの声なんて、向こうには実は聞こえてへんのやないか。一方的(いっぽうてき)に言われてるだけで。 『白蛇(しろへび)ちゃん。本間(ほんま)先生は、きっとお前を道連(みちづ)れにはしない。暁彦(あきひこ)様とおんなじ性格や。きっと土壇場(どたんば)で、お前を()てていく。それでもええのか。もっと説得(せっとく)をしろ。信太(しんた)が代わりに死んでやる言うてんのや。俺でもええんやで。それに(まか)せて、お前は生きろと先生を口説(くど)き落とせ。泣き落としでも寝技(ねわざ)でも、神隠(かみかく)しでも、なんでも使(つこ)うて』 「神隠(かみかく)しなんかでけへんもん……」  できたらやってます。そんなん、とっくにやってますがな。  神様かて万能(ばんのう)やないねん。むしろ、できへん事のほうが多い。得意技(とくいわざ)が、ひとつふたつあるだけやで。  俺はアキちゃんに永遠の命を与えられたけど、水煙(すいえん)には、それはできへん芸当(げいとう)やった。もしもできるんやったら、あいつはそんなこと、(とお)の昔にやっていたやろう。秋津(あきつ)の最初の当主(とうしゅ)に、それを与えてやっていたに違いない。  それに、(とな)り合う位相(いそう)(ひそ)む相手を、連れ戻しに行くことも、あいつにはできへんのや。  せやから、おとんを(おぼろ)拉致(らち)られて、死ぬような目にあった。行って助け出せるんやったら、(まよ)()もなく乗り込んでいたやろ。俺かてそうする。今すぐ行って、アキちゃん返せって(じか)に連れ戻せるんやったら、こんな電話なんかダラダラ話してへんわ。 『無能やなあ……』  しみじみと、電話の声が言うていた。  なんやと、この野郎(やろう)! 「無能やないよ! 俺には究極(きゅうきょく)不老不死(ふろうふし)(さず)けるという……!」  (さけ)び返してから、俺は、あれっ、と思った。  そうやんな。俺にはそういう力があるねん。相手と()じり合って、それによって不死(ふし)を与える。  不死(ふし)というか、死んでも平気な不死(アンデッド)系のモンスターにするという、人間を、殺しても死なない体質に変える特技(とくぎ)が。 『そうそう。それや。死なれへんのやろ、本間(ほんま)先生とか。あの支配人(しはいにん)もそうやろ? あれって何。お前の元彼(モトカレ)? それとも、二股(ふたまた)かけてんのか?』 「二股(ふたまた)なんかかけてへん! 浮気(うわき)……」  浮気(うわき)しただけや。そう言いたかったけど、横で聞いてた瑞希(みずき)ちゃんの目が怖すぎた。

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