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24-19 トオル

 信太(しんた)やとあかん。暁彦(あきひこ)様とは違うからって言うてた。不埒(ふらち)なようでも、一途(いちず)なやつや。こいつはアキちゃんのおとんを愛してる。俺のアキちゃんを、()ったりせえへん。 『何個か(となり)位相(いそう)にいてるよ。先生がこのホテルをガタガタにしてもうた。位相(いそう)がブチブチに断裂(だんれつ)してるしな、急がば回れや。ちゃんと廊下(ろうか)(つな)がっているとこに、バイパス開いておいたし、お前らも来るんやったら、そこを通れ。先生、頑固(がんこ)や。口説(くど)き落とすのに、手勢(てぜい)は多いに()したこと無い』  (よう)するに、お前らも来いという話やった。  やっぱそうやんか、こいつは味方(みかた)やねん。アキちゃんが()(にえ)行かんでええように、皆で説得(せっとく)しようって言うてんのや。(ちょう)ええ(やつ)やないか。  なんで俺はお前を誤解(ごかい)しとったんやろ。  アキちゃんと寝たからや。  しまった、それは(ゆる)(がた)い! (おぼろ)様、()ってよし!  せやけど、それだけやない。つれていこうか、って言うてたやんか。あれはお前の声やった。本気で言うてるような声やった。俺にではない。他の誰か。たぶん自分自身に向けて、(ささや)いている悪魔(あくま)のような声や。 「アキちゃん……つれていこうとしてたんやないのか?」  俺は怖くて、一応()いた。(おぼろ)様は、くすくす笑った。 『あれえ。聞こえた? 俺の副音声(ふくおんせい)が……』  何か、けたたましいような笑い声やった。小さい鳥が、うるさく(さえず)ってるような。 『それしかないなら、そうするで? 言うても俺は、この子が可愛(かわい)い。今やご主人様やしな、すっかり(じょう)がうつってもうたわ。なんせ()れた男の落とし(だね)やしな』  うふふと(ふく)み笑いの残る、その(つや)めいた口調(くちょう)に、俺は(おぼ)えがあった。  そっくりやで、こいつ。水煙(すいえん)様に。めちゃめちゃ似てる。アキちゃんをジュニアと呼んでた。それが自分の愛しい男の(わす)形見(がたみ)で、まるで自分の子みたいに。 『先生、お前が好きらしい。せやから(ゆず)ってやるけどな、失敗したらあかんのやで。あの子が死んでもうたら、暁彦(あきひこ)様は悲しいやろう。可愛(かわい)可愛(かわい)い一人息子で、(いと)しいお登与(とよ)(はら)ませた、一粒種(ひとつぶだね)なんやしなぁ……誰も無理なら、俺が守ってやらなしゃあない』  ある意味、水煙(すいえん)様の上を行く、おとん信者(しんじゃ)を俺は見た。  まるで(いま)だに暁彦(あきひこ)様にお(つか)えしてるみたい。せやけどこいつ、アキちゃんの命令には(さか)らえへんみたいやった。アキちゃんの(しき)なんや。  俺はアキちゃんの(しき)やった時、他の男にいっとこうなんて、思われへんかった。頭では思えても、実際には無理やねん。  藤堂(とうどう)さんと浮気(うわき)したのも、もうアキちゃんの(しき)やないからできた芸当(げいとう)やと思う。  それまでは、何か、(いや)やってん。そういうことをするのが。俺はアキちゃんのもんやしな、今でもそうやけど、そう思う感覚(かんかく)が、もっと呪縛的(じゅばくてき)やった。  こいつも同じ(まじな)いで(しば)られてるはずやないのか。(げき)(しき)との関係は、場合によりけりやろうけど、アキちゃんいかにも、こいつが好きみたいやったで。  友達とか部下とかいうんではなく、そういう相手として好きみたいやった。せやから、こいつを、色事(いろごと)の相手として支配しようとしてるはず。  それでも、そんなんお(かま)いなしで、おとん大明神(だいみょうじん)なんや。あの超絶(ちょうぜつ)怖い水煙(すいえん)様でさえ、アキちゃんの呪力(じゅりょく)に負けて、今やジュニアにラブラブやのに。  平気なんや、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)余裕(よゆう)で、おとんラブラブなんや。  そりゃあ、藤堂(とうどう)さんの無意識(むいしき)フェロモンなんか通用(つうよう)せんはずよ。あの人のは無意識(むいしき)やしな。口説(くど)いてるわけやないから。  アキちゃんの式神(しきがみ)ホイホイなんて、言うなれば力一杯(ちからいっぱい)口説(くど)いてるようなもんやのに、それでもスルーしてまうくらい、めちゃめちゃ()れてんのやから。おとんの方に。  負けたな。水煙(すいえん)。  今さら、どうでもええかもしれへんけど。ジュニア()ったら、もはや、おとんは無用(むよう)かもしれんけど。それでも負けたよ、お前は。(おぼろ)様に。  七十有余年をかけた超超延長戦(ちょうちょうえんちょうせん)の、最後の最後に、逆転満塁(ぎゃくてんまんるい)ホームラン打たれてもうたみたいなもん。  だってそうやろ、てめえは心変わりしてんのに、向こうは(いま)だに、おとん一筋(ひとすじ)なんやで。  あっぱれですよ、(おぼろ)様。ほんまに(えら)い。この世に水煙(すいえん)様とタイマン勝負できる(やつ)がおるとは。  早いとこ水煙(すいえん)にそれを教えてやって、どんな顔するか見てやりたい。絶対、気まずいに決まってる。  ざまあみろ水煙(すいえん)、ちょっと気味(きみ)がいいです。何やったら、おとん争奪戦(そうだつせん)復帰(ふっき)してくれてもええよ。そのほうが俺も気楽やから。犬と戦えばええだけやから。  今では仲間みたいに思えるお前と、血で血を洗う必要なくなるんやから。その元鞘(もとさや)の恋を、(とおる)ちゃん、めっちゃ応援(おうえん)しちゃう。応援歌(おうえんか)とか絶唱(ぜっしょう)しちゃう。何でもしちゃう。  ドラゴンVSドラゴンや。怖いよう。怪獣(かいじゅう)映画や。特撮(とくさつ)や。円谷(つぶらや)プロの世界やで。(へび)VS犬なんて可愛(かわい)いもんやったで。  どっちが勝つんかなあ。わくわく。他人事(たにんごと)って気楽(きらく)やわあ。それに他人の痴話(ちわ)ゲンカって、なんて楽しいんやろう。俺って悪趣味(あくしゅみ)か。 『どしたん。なんで(だま)ってんの?』 「怜司(れいじ)兄さん、一生ついていきます」  深く考えんと、俺は一生ついていく宣言(せんげん)やった。

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