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24-21 トオル

 長い廊下(ろうか)やった。まるで無限(むげん)に続いてるみたいに、行っても行っても変わらへん。  これはヤバかったかな。俺、ハメられてもうたかなと、背中に(あせ)がにじむ(ころ)、メモ紙はまた現れた。それが出口やった。  俺は(まよ)わず、びりーっと(めく)った。メモが、ひいいって言うてたわ。  そんなんしたらあかんかったんかな、デリケートなもんか。位相(いそう)境目(さかいめ)って。(やぶ)れてもうて、閉じられへんようになったら(こま)るんか。  まあ、(こま)るやろなあ。こっちは昼で、向こうは夜やねんから。  それに、言うても異世界(いせかい)やからな。ちょっとしか(ちが)わへんけど、それでも(ちが)う世界やねんから。  皆も(こま)っちゃうか、こっちの世界とそっちの世界が(つな)がってもうて、何や知らん、訳わからんような神やら鬼が、うろうろ流れ込んでくるようになってもうたら。  でもまあ、そんな細かいこと言うなやで。俺も(あせ)ってんねんから。アキちゃんが無事でいる姿(すがた)を見るまでは、やっぱり安心できないのよ。  それでまた、アキちゃんが元気そうな後ろ姿を見たときには、心底(しんそこ)ほっとした。そして、それが(おぼろ)様と、がっつり手を(つな)いでいるのを見た時には、心底(しんそこ)むっとした。  てめえはほんまに、何やっとんねん。俺が見てへんとこでは何やっとんのや。  アキちゃん、俺が来たのに気がついて、めっちゃ(あわ)てて(おぼろ)様の手を()り払っていた。  逃げ(かく)れしようとするな。もう見てもうたわ。男なら正々堂々(せいせいどうどう)と言え。やったもんはやったと言え! 小細工(こざいく)するな! 「アキちゃん……」  俺は若干(じゃっかん)、ウロコ見えてる声やった。 「これには(わけ)があんねん、(とおる)」  ものすご()(わけ)してる声して、アキちゃんは開口一番(かいこういちばん)、それやった。  ああそう、(わけ)があるんや。俺以外のやつと、お手々(つな)いで歩く必要があるような(わけ)が。  それは俺も納得(なっとく)いくような理由やろか。(こと)次第(しだい)によっては殺すけど。ちょうどええ機会(きかい)や、お前が死んでも生き返るのかどうか、この(さい)(ため)してみようかな。 「位相(いそう)境目(さかいめ)をくぐる時には、手(つな)いどいたほうが無難(ぶなん)やねん」  にこにこ笑って、気悪くしたふうもなく、(おぼろ)様が言うていた。二人(なら)んで立ってると、長身(ちょうしん)のアキちゃんが長身(ちょうしん)に見えへん。  (おぼろ)のほうが低いけど、大差(たいさ)ない身長やねん。  でっかい(やつ)やで、モデル(なみ)。それを言うたらアキちゃんもやけどな。 「手(つな)ぐもなにも、俺らなんか()で来たわ!」 「まあ、お前らは神やから。それに俺の作る通路は安定してるからな。素人(しろうと)でも安全や。そやけど本間(ほんま)先生は、(まん)(いち)にもロストできへんお人やろ」  せやし手(つな)いでいくねんと、(おぼろ)様はにこにこしていた。  (うそ)や、絶対。ただ手を(つな)ぎたいだけや。そんな気がしたけど、専門家(せんもんか)やないし論破(ろんぱ)でけへん。 「手(つな)いでれば、いちいち(めく)らんでも通り抜けられるし。(らく)なんや。まあ基本やで。神隠(かみかく)しは、手引いて連れていくもんなんやから」 「何度も神隠(かみかく)しすんな!」  俺が(すご)むと、(おぼろ)様は廊下(ろうか)の窓にもたれて、くすくす笑い、取り出した煙草(たばこ)に火をつけていた。廊下(ろうか)禁煙(きんえん)やのに。言いつけてやる、藤堂(とうどう)さんに。 「えらい(こわ)(へび)やなあ。水煙(すいえん)みたいや。大したことない、位相(いそう)を行ったり来たりするくらい。できへん(やつ)大騒(おおさわ)ぎするだけや。暁彦(あきひこ)様なんか、自分でも帰れたんやから、(さわ)ぐようなことやないやんか?」 「帰れんの?」  アキちゃんが意外そうに()いていた。それに(おぼろ)は、こくこく(うなず)いて微笑(ほほえ)み、そして美味(うま)そうに(けむり)()いた。  もわもわ(もや)()く、(おぼろ)(りゅう)のようやった。 「帰れるよ。(かぎ)かかってる(わけ)やない。先生のおとんができたんやから、先生かてできるやろ。このホテルの位相(いそう)も、先生が()ぜこぜにしてもうてんのやし、お前は位相(いそう)干渉(かんしょう)する能力のある(げき)なんや」 「そんなん……やったことないで」  アキちゃんは心当たりがないという顔をしていたけど、それは、ほんまにそうやろか。自覚(じかく)ないだけやねん。  夏に大阪で夜のワンワン王国に入ったのかて、言うてみれば位相間移動(いそうかんいどう)や。  アキちゃんは俺と何の気なしにお手々つないで入ったけども、あんとき現場に()めていた刑事(けいじ)さんたちは、俺らが何とかするまで、あの中には入られへんかったらしい。せやし閉じてる世界やったはずなんや。アキちゃんはその中に押し入ったわけやから、実はちゃんと能力発揮(はっき)しとったんやで。 「知らんのやったら、大崎(おおさき)先生に()けばええよ。俺も教えられんことはないけど、あの人は先生と同じ、人間の(げき)なんやし、その(すじ)のエキスパートやから。教えてくださいって(たの)めば、教えてくれるよ」 「そうやろか。あの(じい)さん、俺のこと(きら)いみたいやで? いちいち(えら)そうやしな。あれに頭下げて(たの)むんかと思うと、気が滅入(めい)るわ」  ぶうぶう言うてるアキちゃんは、ちょっと餓鬼(がき)くさかった。  どうもこいつ、(おぼろ)様と話すとき、餓鬼(がき)くさいみたいやで。  (あま)えとんのやで。それが俺には納得(なっとく)いかへん。

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