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24-22 トオル

 水煙(すいえん)にもそうやしな。何となく甘え口調(くちょう)や。  おとんのツレやった(しき)ということで、何となく、親と同じグループに分類(ぶんるい)されとんのかな、アキちゃんの頭の中で。はるかに年上という点では、俺かて似たようなもんやのになあ。 「(しげる)ちゃんは、暁彦(あきひこ)様が嫌いやねん。(ぼん)(きら)いなわけやない。見た目がそっくりやから、ついついムカッと来るんやろ」 「知ってんのか、大崎(おおさき)先生のこと」  それも意外(いがい)そうに()くアキちゃんに、(おぼろ)は、なんも知らんのかという目をした。 「そら、知ってるよう。昔、一緒(いっしょ)祇園(ぎおん)で遊んだ(なか)やもん。(きつね)秋尾(あきお)とヘタレの(しげる)やろ。先生のおとんはずうっと、あの白狐(びゃっこ)(ねら)っとったけど、あいつは結局(けっきょく)(なび)かんかったなあ」 「秋尾(あきお)さんとも知り合いなんや」 「案外(あんがい)(せま)世間(せけん)でござんすよ。(しき)なんて、そう沢山(たくさん)おらんのや。今このホテルには、三都(さんと)()みつく連中(れんちゅう)の、ほとんど全部が集まってんのやないか」 「三都(さんと)だけで、千人以上おるってこと?」  アキちゃんは、随分(ずいぶん)気さくに質問モードやった。  長身のふたりが会話してると、頭の上を話が飛び()うてるようで、入っていこうという気がせえへん。俺と犬とは、テニスを見てる観客(かんきゃく)状態やった。  俺と犬とアキちゃんの、三人がかりで見つめられるまま、のんびり(けむり)を味わって、(おぼろ)は答えた。 「全国で八百万(やおよろず)おるらしいからなあ。ちゃんと数えた(やつ)はおらんやろけど。その中に、(しき)として使える(やつ)一握(ひとにぎ)りで、大きすぎんのや、(おに)みたいなのや、(まつろ)わぬのや、ちっさすぎんのや、生まれてすぐに消えてまうのまで(ふく)めての、八百万(やおよろず)やろ。それに最近は外来(がいらい)の神まで()るからなあ。信太(しんた)もそうやんか」  ふわあと欠伸(あくび)して、(おぼろ)(ねむ)そうやった。アキちゃんのおとんには必死になれても、信太(しんた)にはなられへんのや。  俺はちょっと(とら)可哀想(かわいそう)や。あいつも場合によっては死ぬかもしれへんのに、(おぼろ)全然(ぜんぜん)、心配してやってへんのやろか。  向こうは心配しとったで。怜司(れいじ)を殺したら(うら)むって言うとった。必死やったで、信太(しんた)。  あいつも随分(ずいぶん)軽薄(けいはく)そうな(やつ)やけど、あの時は目がマジやった。アキちゃんに、頭を下げて(たの)んでいた。(おぼろ)()(にえ)にせんといてくれって。  せやのに、こいつは(おに)やで。信太(しんた)が死んでもええみたい。全然(ぜんぜん)、悲しくないんかな。もう指輪もしてへんし、てめえを()った(とら)なんか、知ったこっちゃないんか。 「暁彦(あきひこ)様に習うのが、一番ええんやろけどな。親子なんやし、(すじ)()てるやろう?」  (なつ)かしいもんでも見るような目で、(おぼろ)はアキちゃんを見つめたけども、アキちゃんはそれに、決まり悪そうにしていた。  たぶんちょっと、ムカついたんや。アキちゃんは自分がおとんに()てる話をされるのは、(きら)いやからな。 「知らん。俺はおとんに、何か習ったことはない。どういう(げき)やったかも知らん。おとんのことは、何にも知らん」 「ふうん……」  にやにやして、(おぼろ)(ふく)みのある相槌(あいずち)だけやった。そこで自分の口から、(いと)しい暁彦(あきひこ)様のご活躍(かつやく)を語ろうというふうではなかった。 「先生、()いてんの。お父さんのこと。それもそっくりやなあ、暁彦(あきひこ)様と」  (こら)えられへんのか、湊川(みなとがわ)はくすくす笑った。何か思い出してるようやったけど、その目で(なが)めるアキちゃんは、たぶん今はここにはいない、別の男と二重写(にじゅううつ)しや。 「お前のおとんは、ほんまに()(もち)焼きやった。そのくせ、他人(ひと)のもんでもお(かま)いなしやしな。自分の親父(おやじ)が……先生から見たら祖父(じい)さんやけど、老衰(ろうすい)したと見たそばから、親父(おやじ)(しき)もばんばん寝取(ねと)るしやな、家督(かとく)(ゆず)るて言うて切腹(せっぷく)したおとんの介錯(かいしゃく)を、水煙(すいえん)にやらせたらしい。秋津(あきつ)当主(とうしゅ)隠居(いんきょ)でけへんねん。水煙(すいえん)は、前のが死なん(かぎ)りは次のにいかへんらしいんや。それでも親父(おやじ)(はら)切らせたのは、暁彦(あきひこ)様くらいやないか。(かる)く鬼やで」  アキちゃんは、その話をもちろん初耳(はつみみ)やったやろう。俺も知らんかった。  あのニヤケたおとんが、そこまで(おに)やったとは。  アキちゃんの視線(しせん)はちょっと泳いでた。ショックやったんやろ。自分のおじいが、おとんにトドメさされて殺されていたとは、想像もしてへんかったはずや。普通ないもん、そんな話。少なくとも、現代ではな。 「さしもの水煙(すいえん)様も、それは(こた)えたんやないか。てめえの男をてめえでぶっ殺すとなったらなあ。それでも合意(ごうい)の上での事やったらしいしな。先代(せんだい)意志(いし)やねん。ああ……もう、先々代(せんせんだい)か。今は暁彦(あきひこ)様の後を()いで、本間(ほんま)先生が当主(とうしゅ)なんやもんなあ」  それに少しびっくりしたふうに、(おぼろ)は目を(またた)いていた。知らんうちに長い時が()ぎてたみたいに。 「ずうっとくよくよ言うてたよ。水煙(すいえん)は俺のこと(きら)いなんやないかって。他に選べる跡取(あとと)りがおらんかったから、やむを()ず選んだだけで、ほんまは今でもおとんが好きなんやと、うじうじうじうじ言いよるねん。時々、おとんの名代(みょうだい)鬼退治(おにたいじ)するときに、水煙(すいえん)()してもろたりしてたようでな、その頃から暁彦(あきひこ)様は水煙(すいえん)執着(しゅうちゃく)があったんや。それでも、あの太刀(たち)気位(きぐらい)が高いやろう。当主(とうしゅ)でなければ、にこりともせえへん。それが(いや)やったらしくてな。おとん早う死ねと内心どこかで思うてたらしいで。それで切腹(せっぷく)も止めへんかったんやろう。水煙(すいえん)はそれを(うら)んでるに(ちが)いないと言うんや」  (おぼろ)が話すと、それはまるで、面白可笑(おもしろおか)しい笑い話みたいやった。

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