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24-23 トオル

 何が可笑(おか)しいんか、実際、(おぼろ)はくすくす笑いながら話した。  それも皮肉(ひにく)嘲笑(ちょうしょう)で、(やつ)が誰のことを(わろ)うてんのか、俺にはよう分からへん。  水煙(すいえん)か。それとも、アキちゃんのおとんかな。その両方(りょうほう)ともなんか。 「変な(やつ)らやで、お(たく)(げき)(しき)もな。暁彦(あきひこ)様はたぶん、先生のことが怖いんやないか。(きら)われんのやないかと思って。自分が自分の親のこと、ずっと(うら)めしく思うてたんやしな、因果(いんが)(めぐ)る何とやらで、自分もきっと息子に(うら)まれてんのやとビビってる。気の弱い男なんや。あいつが、よう水煙(すいえん)様を、先生におとなしく(ゆず)ったと思うわ……」  あっさり(ゆず)っていったで。ほな、よろしゅうお(たの)(もう)しますと、おとん大明神(だいみょうじん)挨拶(あいさつ)をして、水煙(すいえん)はそれに、心配いらへん、(まか)しときと、あっさり答えて、それで終わりや。  今にして思えば、なんか気持ち悪いほど、あっさりした(わか)(ぎわ)やった。  それは、あれか。お(たが)いに、近寄(ちかよ)りがたい何かが、相手に対してあったんか。  水煙(すいえん)は、アキちゃんのおとんは自分を愛してなかったと言うてた。おとんはおとんで、水煙(すいえん)(きら)われてんのやないかとビビってた。  それで、()(がた)秋津(あきつ)のご神刀(しんとう)と、その使い手としての一線(いっせん)()えて、()()むことがなかったんや。  結局なんか、()えきらんまま、二人は別れて、今では水煙(すいえん)はすっかりジュニアの(とりこ)なんやしな。  それでも俺にはあいつが、おとん大明神(だいみょうじん)(わす)れた(わけ)やないことは、なんとなく分かる。  未練(みれん)があるんやろ。俺が藤堂(とうどう)さんに未練(みれん)たらたらやったように。  愛されてたのかどうか、過去形でもええから知りたいねん。それを(たし)かめたい。  そうであってほしいと、(ねが)ってる。  そんなわけないと思ってても、そうやったらええのにと思う。愛してくれてたらよかった。  なんでって、それは、自分は相手を好きやったからやろう。愛してたんや。  水煙(すいえん)は、おとんを愛してる。今でも、もしかすると、あいつはおとんの事が好き。心のどこかでな。  それで(まよ)ってる。どっちへ行ったらええのか分からへん。  おとんもジュニアも、水煙(すいえん)様を真正面(ましょうめん)から好きやとは言うてくれへん。  アキちゃん、それとも、何か言うてやったんかな。  俺には(ゆる)(がた)い。それでも、たぶん俺の(かん)(くる)いはない。アキちゃんは水煙(すいえん)にも()れている。それをあいつに、言うてやったことあんのか。  ないんやないかと思う。だってアキちゃん、そんなに器用(きよう)やないから。あっちを口説(くど)き、(かえ)(かたな)でこっちを口説(くど)きなんて、そこまでの達人(たつじん)やないから。後ろめたいやろう、俺に。  それで、(こら)えてんのやろ。俺以外の誰にも、好きや好きやは言わんようにしてる。  瑞希(みずき)ちゃんも言うてもろてないようやった。  せやし水煙(すいえん)にも言うてへんやろう。  それは正しい判断(はんだん)や。よう我慢(がまん)してると思うで。それでええねん、アキちゃん。  でも、なんでやろ。俺はなんでか、(むね)がそわそわする。寄生虫(きせいちゅう)でも()るんかな。  いや、そんなアホや。たぶんキノコでも生えてくんのやろ。  だって他に考えられへん。俺が敵に塩を送るなんて。このメソポタミア(けい)が。  俺に(かく)れて、ちょっと好きやて言うてやるくらい、バレへんかったらええのとちがうか。だって(あわ)れっぽいやろ、水煙(すいえん)様が。  俺は()けへん。アキちゃんがトミ子に、お前のことも好きやったと言うてやっても。  あいつは(たし)かに、ええ女やで。それにアキちゃんのことが好き。そんなドブスをアキちゃんが好きでも、まあええか、しゃあないなあと思う。  ただし元鞘(もとさや)勘弁(かんべん)してくれよ。今は俺のもんなんやしな。  それと同じことが、水煙(すいえん)様でも平気かもしれへん。それで、あの怖い(おに)みたいなやつが、ちょっとは(なご)むんやったら、それはそれで、まあ、世のため人のためやないの。  だって怖いでえ、マジ怖い。ほんまにもう、あと一押(ひとお)しで(おに)みたいやない? 水煙(すいえん)ってさ。  あいつ、アキちゃんのおとんに使われて、前の男の首斬(くびき)って、それでよう、おとんに()れたな。変態(へんたい)としか思われへん。  実は元々ちょっと好きやったんやないか。(わか)いのもええなあと思うてたんやで。絶対そうや。  それがあいつのパターンやねん。因業(いんごう)(へび)なんやんか、あのお高い水煙(すいえん)様かて、俺と大差(たいさ)ない。  それが(すじ)やと意地(いじ)()って、前の(あるじ)一途(いちず)()りはして見せたけど、それでもほんまは、ジュニアもええなあと心が(さわ)いだ。(たん)にそれを(かく)してただけで。  それで余計(よけい)におとんには、ツンツンしてたんやないか。バレたら(はじ)やもんな。面子(めんつ)があるわ、あいつにも。  せやけど、もう(おとろ)えたし、切腹(せっぷく)してでも息子にお前を(ゆず)ろうかと、おじいに言われ、あいつは何と答えたんやろ。想像するだに怖い。  そりゃあ、先々代(せんせんだい)祖父(じい)さんの、命を張った()けやないか。水煙(すいえん)様が、そうしろと言うか、そんなことしてくれるなと止めるかや。  どっちに(ころ)ぶか、運試(うんだめ)し。相手の(おも)いを(ため)す、ひと勝負(しょうぶ)やで。  止めへんかったんやろか。水煙(すいえん)は。  それで祖父(じい)さん、腹斬(はらき)ったんか。  (とう)の息子に介錯(かいしゃく)させて。しかもその手に(にぎ)(やいば)は、誰あろう、長年()()ったご神刀(しんとう)水煙(すいえん)様やで。

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