446 / 928
24-24 トオル
軽く常軌 を逸 してる。頭おかしいんや、アキちゃんの家の人らって。
なんでそんな修羅場 になってまうんやろ。
それが水煙 のせいやという朧 様の意見は、どこまで正解なんやろか。
あいつにはそんな、秋津 家の男に血道 を上げさせるような凄 みがあんのか。
まあ、確かに、アキちゃんのイカレ具合 を見てると、あるんかもしれへん。妖刀 の魔性 の魅力 みたいなもんが。
これがもし、おとんがあっさり譲 ってはやらず、ひとつ屋根の下、父と息子で水煙 を奪 い合うようなシチュエーションになってたら、それはそれで修羅場 やったんかもしれへん。
けろっと水煙 を置いて去っていったおとんは、あれはあれで賢 かったんやろ。
アキちゃんと争うのが嫌 やったんや。自分と、自分のおとんが争ったみたいには、アキちゃんとやり合いたくなかった。
そら、また、なんでやろう。水煙 よりも、息子のほうが可愛 かったからか。それとも、水煙 て、いったいいつからアキちゃんが好きやったん?
あいつは、おとん大明神 と共 に舞 い戻 って、アキちゃんが子供のころから、嵐山 の家の天井裏 に潜 んでたんや。それでアキちゃんのことも、だんだん育っていくのを眺 めてた。
片 やおとんは死んでもうてる英霊 で、片 やジュニアは生きている。あれが秋津 の現当主 やと、水煙 は思うてへんかったんやろか。
あれがほんまは自分の所有者 で、自分を受け継 ぐべきただ一人の使い手で、自分はあれに惚 れなあかんのやと思うてへんかったかな。
それも、想像するだに怖い。お前より俺のほうが先やったっていう奴 が、犬の他にも増えるだけ。
とんだ藪蛇 。まさにそれや。天井裏 から、蛇 が落ちてきた。確かめんとこ、そんなのは。
でももしそうやったら、おとんも可哀想 やったなあ。だってもう水煙 しかおらんのに、その相手がだんだん他に心を移 すのを、黙 って見てるというのは。
でも、そこはそれ、因果応報 ってやつかもしれへん。秋津 の当主 になった男は、代々その晩年 に味わう羽目 になる、ご神刀 ・水煙 様の裏切 りや。
それでも前のが生きてるうちには、新しいのに手はつけへんというのが、水煙 のけじめやったんやろ。それやとあんまり、無茶苦茶 やからな。
「なんか言うてへんかったか、水煙 は。実は暁彦 様のこと、恨 んでたか。親殺 しの餓鬼 なんか愛されへんて、そう言うてへんかった?」
そう言うててほしいみたいに、朧 はアキちゃんに訊 いていた。アキちゃんはそれに、むちゃくちゃ苦 い顔をしていた。
「そんなん言うてへん。祖父 さんの話なんか、今初めて聞いたしな。水煙 は……おとんのことは、好きやったはずやで。そんなん言うて、おとんのほうが水煙 を、大事にしてやってへんかったんやないか?」
「そんなことない。朝な夕なに拝 んでた。何より尊 く祀 ってやってたわ」
「神棚 に?」
アキちゃんはそれが、痛いことみたいに言うてた。
「他にどこにや。まさか便所 に置くわけないやろ。当主 の間 のでかい床 の間 に、ご大層 な神棚 があったわ」
ふうっと煙 を吐 いて、湊川 怜司 は酷薄 に答えた。
水煙 のこと、嫌 いなんやな、ほんまに。
なんで嫌 うの。そんなん言うてもしゃあないやんか。水煙 には水煙 の都合 があったんやし、自分の男が他のと逃げようかというのに、ええよ行っておいでと言うアホがどこに居 る?
止めるのが普通やろ。行かんといてくれと、俺かて言うわ。絶対 に言う。
「でも水煙 は、神棚 に祀 られんのは好かんて言うてるで。いつも身につけといてほしいて」
「それは先生には惚 れとるからやろ。あいつは暁彦 様には惚 れてへんかったんや。そうでなければ、戦で死んでもかまへんなんて思うもんか。なんやねん、大義 って。秋津 のオバハンどもも、お登与 様も、みんな薄情 や。なんで誰も止めへんかったんやろ」
顔をしかめて言う朧 は、吐 き捨 てるような口調 やった。アキちゃんは、自分の血筋 の連中 のことを責 められて、ちょっと切 ないようやった。
「それは……止めたら、おとんがつらいからやろ。だって行くしかなかったんやし」
「逃 げたらええやん。なんであかんの?」
「逃 げてもうたら負けやもん。自分に負けたらお終 いなんやで。そんな自分は格好 悪いし、愛されへんやんか。自分に誇 りを持って生きたいねん、俺は。おとんも、おんなじやったんやないか?」
アキちゃんは、格好 よさげなことを、ぼそぼそ言いにくそうに答えてやっていた。
それを朧 は不思議 そうに、どこか、ぽかんとしたような顔で聞いていた。
「はぁ……誇 り? それは、命より大事なもんか?」
「そんなん、一概 には言われへんけど。おとんはきっと、血筋 の義務 を果 たしたかったんや。おとんの手記 にそう書いてあったもん。日ノ本 を、厄災 より守るのが、我 が血筋 の務 めやって」
「手記 」
ぽかんとしたまま、朧 様は呟 いた。
「そんなん、あるなんて、知らんかったわ。今も、先生、持ってんのか」
持ってんのやったら見たいっていう、そんな目をして、湊川 はアキちゃんに訊 いた。切 なそうな目やった。
たぶんこいつは秋津 暁彦 にしか興味 がないんや。
ともだちにシェアしよう!