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24-24 トオル

 軽く常軌(じょうき)(いっ)してる。頭おかしいんや、アキちゃんの家の人らって。  なんでそんな修羅場(しゅらば)になってまうんやろ。  それが水煙(すいえん)のせいやという(おぼろ)様の意見は、どこまで正解なんやろか。  あいつにはそんな、秋津(あきつ)家の男に血道(ちみち)を上げさせるような(すご)みがあんのか。  まあ、確かに、アキちゃんのイカレ具合(ぐあい)を見てると、あるんかもしれへん。妖刀(ようとう)魔性(ましょう)魅力(みりょく)みたいなもんが。  これがもし、おとんがあっさり(ゆず)ってはやらず、ひとつ屋根の下、父と息子で水煙(すいえん)(うば)い合うようなシチュエーションになってたら、それはそれで修羅場(しゅらば)やったんかもしれへん。  けろっと水煙(すいえん)を置いて去っていったおとんは、あれはあれで(かしこ)かったんやろ。  アキちゃんと争うのが(いや)やったんや。自分と、自分のおとんが争ったみたいには、アキちゃんとやり合いたくなかった。  そら、また、なんでやろう。水煙(すいえん)よりも、息子のほうが可愛(かわい)かったからか。それとも、水煙(すいえん)て、いったいいつからアキちゃんが好きやったん?  あいつは、おとん大明神(だいみょうじん)(とも)()(もど)って、アキちゃんが子供のころから、嵐山(あらしやま)の家の天井裏(てんじょううら)(ひそ)んでたんや。それでアキちゃんのことも、だんだん育っていくのを(なが)めてた。  (かた)やおとんは死んでもうてる英霊(えいれい)で、(かた)やジュニアは生きている。あれが秋津(あきつ)現当主(げんとうしゅ)やと、水煙(すいえん)は思うてへんかったんやろか。  あれがほんまは自分の所有者(しょゆうしゃ)で、自分を受け()ぐべきただ一人の使い手で、自分はあれに()れなあかんのやと思うてへんかったかな。  それも、想像するだに怖い。お前より俺のほうが先やったっていう(やつ)が、犬の他にも増えるだけ。  とんだ藪蛇(やぶへび)。まさにそれや。天井裏(てんじょううら)から、(へび)が落ちてきた。確かめんとこ、そんなのは。  でももしそうやったら、おとんも可哀想(かわいそう)やったなあ。だってもう水煙(すいえん)しかおらんのに、その相手がだんだん他に心を(うつ)すのを、(だま)って見てるというのは。  でも、そこはそれ、因果応報(いんがおうほう)ってやつかもしれへん。秋津(あきつ)当主(とうしゅ)になった男は、代々その晩年(ばんねん)に味わう羽目(はめ)になる、ご神刀(しんとう)水煙(すいえん)様の裏切(うらぎ)りや。  それでも前のが生きてるうちには、新しいのに手はつけへんというのが、水煙(すいえん)のけじめやったんやろ。それやとあんまり、無茶苦茶(むちゃくちゃ)やからな。 「なんか言うてへんかったか、水煙(すいえん)は。実は暁彦(あきひこ)様のこと、(うら)んでたか。親殺(おやごろ)しの餓鬼(がき)なんか愛されへんて、そう言うてへんかった?」  そう言うててほしいみたいに、(おぼろ)はアキちゃんに()いていた。アキちゃんはそれに、むちゃくちゃ(にが)い顔をしていた。 「そんなん言うてへん。祖父(じい)さんの話なんか、今初めて聞いたしな。水煙(すいえん)は……おとんのことは、好きやったはずやで。そんなん言うて、おとんのほうが水煙(すいえん)を、大事にしてやってへんかったんやないか?」 「そんなことない。朝な夕なに(おが)んでた。何より(とうと)(まつ)ってやってたわ」 「神棚(かみだな)に?」  アキちゃんはそれが、痛いことみたいに言うてた。 「他にどこにや。まさか便所(べんじょ)に置くわけないやろ。当主(とうしゅ)()のでかい(とこ)()に、ご大層(たいそう)神棚(かみだな)があったわ」  ふうっと(けむり)()いて、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)酷薄(こくはく)に答えた。  水煙(すいえん)のこと、(きら)いなんやな、ほんまに。  なんで(きら)うの。そんなん言うてもしゃあないやんか。水煙(すいえん)には水煙(すいえん)都合(つごう)があったんやし、自分の男が他のと逃げようかというのに、ええよ行っておいでと言うアホがどこに()る?  止めるのが普通やろ。行かんといてくれと、俺かて言うわ。絶対(ぜったい)に言う。 「でも水煙(すいえん)は、神棚(かみだな)(まつ)られんのは好かんて言うてるで。いつも身につけといてほしいて」 「それは先生には()れとるからやろ。あいつは暁彦(あきひこ)様には()れてへんかったんや。そうでなければ、戦で死んでもかまへんなんて思うもんか。なんやねん、大義(たいぎ)って。秋津(あきつ)のオバハンどもも、お登与(とよ)様も、みんな薄情(はくじょう)や。なんで誰も止めへんかったんやろ」  顔をしかめて言う(おぼろ)は、()()てるような口調(くちょう)やった。アキちゃんは、自分の血筋(ちすじ)連中(れんちゅう)のことを()められて、ちょっと(せつ)ないようやった。 「それは……止めたら、おとんがつらいからやろ。だって行くしかなかったんやし」 「()げたらええやん。なんであかんの?」 「()げてもうたら負けやもん。自分に負けたらお(しま)いなんやで。そんな自分は格好(かっこう)悪いし、愛されへんやんか。自分に(ほこ)りを持って生きたいねん、俺は。おとんも、おんなじやったんやないか?」  アキちゃんは、格好(かっこう)よさげなことを、ぼそぼそ言いにくそうに答えてやっていた。  それを(おぼろ)不思議(ふしぎ)そうに、どこか、ぽかんとしたような顔で聞いていた。 「はぁ……(ほこ)り? それは、命より大事なもんか?」 「そんなん、一概(いちがい)には言われへんけど。おとんはきっと、血筋(ちすじ)義務(ぎむ)()たしたかったんや。おとんの手記(しゅき)にそう書いてあったもん。日ノ本(ひのもと)を、厄災(やくさい)より守るのが、()血筋(ちすじ)(つと)めやって」 「手記(しゅき)」  ぽかんとしたまま、(おぼろ)様は(つぶや)いた。 「そんなん、あるなんて、知らんかったわ。今も、先生、持ってんのか」  持ってんのやったら見たいっていう、そんな目をして、湊川(みなとがわ)はアキちゃんに()いた。(せつ)なそうな目やった。  たぶんこいつは秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)にしか興味(きょうみ)がないんや。

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