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24-25 トオル
「持ってへんよ……出町柳 の家に置いてきた」
「なんや……そうか」
明らかにがっかりしたふうに、窓の外に目を背 けてる湊川 に、アキちゃんはまたカチンと来たらしい。見るからに、むかっとした顔をした。
「なんやねん、そんなん見んでもええやろ。おとんは居 るねんから、お前がちゃんと生きといて、本人に直 に訊 けばええやんか。それが一番、間違いないやろ」
「嫌 や。なんで俺が、俺を捨 てた男にわざわざ話しせなあかんねん。今さら無様 やで。それにもう……終わった話やないか? せっかくお登与 様と仲良 うしてんのやろ。のこのこ出ていって、邪険 にされたら、しんどいわ」
「お前……水煙 とそっくりやな」
ぷんぷん言うてる湊川 に、アキちゃんがぼそっと突 っ込 みいれていた。
やっぱそう思うよな。俺もそう思う。
しかし本人はそう思いたくないらしく、湊川 はものすごい驚愕 の表情で、いつもは何となく伏 し目 がちの目を、ぎょっとしたように見開いていた。
「な……なんやと!? 誰にもの言うとんのや!」
「めちゃめちゃ似てるよ……。水煙 も、お前とおんなじ事言うてたで。でもな、そんなん無責任やないか。おとんにも色々、ちゃんと落とし前つけさせなあかん」
「落とし前って……別れた切れたに、落とし前なんかあるか。もう赤の他人や。向こうにとってはそうや」
「そんなん、確かめてみんと分からんで。俺の親やしな。死んだくらいで治る病気なんか謎 や」
どの病気のことや、アキちゃん。さらっと言うとるけど、俺も居 るんやで。ええかげんにせえ。話の腰 折れるから、黙 っといてやるけど。後でおぼえとけよ。
「とにかく、喚 んどいたし。聞こえてるか分からへんけど、神頼 みしといたしな。そのうち来るやろ、おとん大明神 」
アキちゃんはうつむきがちに、悔 しそうに教えた。
うはあ、喚 んだんや、おとん。とうとう喚 んでもうたんや。
敢 えて喚 ばへん腹やと思うてた。おとんに頼 らず、神頼 みはなしで行くんやとばっかり。
「えっ……?」
その話が、すごく難解 みたいに、湊川 は髪 掻 き上げて、悩 む顔つきのまま、もくもく煙 を吸 っていた。そして、しばらくそのまま固 まっていた。ものすごく長いシンキング・タイムやった。
「え?」
考えたけど、オチがつかなかったみたい。さらに顔をしかめて、もういっぺん聞き返してた。
「おとんを喚 んだんや。お前と話つけるように」
苛々 したふうに、アキちゃんは念押 ししてやってた。
それに朧 は、ちょっと情 けないほど動揺 していた。傍目 に見ても、乱 れた息で胸 がはあはあ苦しそうやった。
大丈夫ですか兄さん。そんな繊細 な人やったなんて。到底 そんな可愛 い玉 には見えてませんでしたが。
「いや、ちょっと待ってくれ先生。それはどうやろ。そんなんしてる場合やないんとちがうか。だってそれに俺は先生の式 になってもうたしな。どの面提 げて会うねん。恥 ずかしいて死ぬわ!」
軽く絶叫 やったね。恥 ずかしいことあるんや、朧 様にも。俺にもあるしな、皆それぞれあるよな。
全員ちょっとずつツボがずれてて、いまいち共感 でけへんけどな。親子丼 食うてもうて恥 ずかしいと思うんやったら、普通、食う時にやめとけへんか。それが常識ですよ兄さん。
「死なへん。恥 ずかしいくらいでは。俺なんか、こいつに死ぬほど恥 ずかしい目にいろいろ遭 わされたけど、今でも生きてる」
アキちゃんは俺を指差し、ぬけぬけとそう言うていた。俺がいったいお前にどんな辱 めを与 えたというんや。どんな羞恥 プレイでも、結局全て気持ちよーく消化してきたお前やないか。いやよいやよも好きのうちやったやないか?
「そんなアホな……俺はもう会いたないねん。もう会いたない……」
湊川 は煙草 吸いつつ、顔面蒼白 で、意識朦朧 みたいやった。
煙草 吸わんほうがええんやないですか。呼吸困難 でぶっ倒 れますよ。
まあ、外道 やし、それはないと思うけど。ものすご顔色悪いですよ。
「なんで会いたくないんや」
顔を背 けてる湊川 に、アキちゃんはまだごり押ししていた。
「なんでって……それは、会 うたらアホみたいになってまうからに決まってるやろ。メロメロなってまうんや。この蛇 とか、この犬とかみたいになってまうんやで!?」
むっちゃ指 さされた。瑞希 ちゃん、ぎゃふんてなってた。
アホや言われてショックやったんかな。俺、もう、そんなん全然ショックやないけどな。
普通やで。普通にアホやもん、すでに。アキちゃん好きやで脳みそ沸 いてるしな。羞恥心 が消えた。
「ええやん、なれば。なんであかんの」
さすがアキちゃん、自分がアホにされる大変さを理解してない。お前はデレデレしたことないもんな。それを我慢 できる強い子やからな。わからへんのや、自分がアホになってるのに気付いた瞬間 の痛さが。
「嫌 やて言うてるやろ! やっと毒素 抜けてきたのに! それでもアホやのに。毒素 補給 してどないすんねん!」
この、冷たいツンケンした男も、おとん大明神 にはデレデレすんのかなあ。是非 それを拝 みたい。
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