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24-26 トオル
早く来い来い、おとん大明神 。まさかお登与 とラブラブすんのに忙 しくて、可愛 い一人息子の神頼 みが全く聞こえてないなんて事はないやろなあ。
「普通にデレデレしたらええやんか。変なふうに溜 めるから、お前も水煙 も鬼みたいになるねん。腹割 って話せば済 む事かもしれへんやん。何ともならんでも、恨 み言 のひとつも言うてやればええやんか。ちょっとは、すっきりするかもしれへんで。踏 ん切 りつかへんのやったら、命令してでも言わせてやるから」
やっぱアキちゃん、わざと言うてんのやわあ。嫌 な奴 やなあ、ジュニア。
味 しめたんか、式 が自分の言うこと聞くの、ちょっと快感 なってきたんやろ。
まあ確 かに、水煙 とかな、この湊川 とか、普通やったら言うこときいてくれへんような相手が、あっさり自分の命令聞いてくれたら、気持ちがええわなあ。二十歳 そこらのボンボンとしては。我 が儘 言うてみたくもなるわなあ。
ほんま根性 腐 っとる。おかんが甘やかしすぎたんや。悪い子なってもうてるわ。もう、あかん。
「ちょっ……と待って、それは鬼 やで、先生。言いたいことなんて……別にないもん。恨 み言 って、別に……」
おろおろしたふうに、アキちゃんを見て、朧 様は口ごもった。頼 めばやめてくれるかなあ的 な、そんな気の毒な表情をうかがう目付きやったけど、うかがってみたところで、アキちゃんは全然、手加減 する気はないようやった。
あかんあかん。それが正義やともう信じてもうてるから。力業 でもやらせようという魂胆 やからな。
朧 様にも、それが見てとれたんやろう。一瞬、ものすごしょんぼりした顔をした。
そしてヘトヘトみたいに、弱った声してアキちゃんに言うた。
「別に、ないよ。恨 み言 なんて。恨 んでへんのやもん……しょうがないよ、悲しいけど、振 られたんやから」
なんか無防備 くさい、ぼけっとした口調 で言われ、アキちゃんはなぜか、うっ、てなってた。
それに犬も、ガーンてなってた。これはなぜかは明白 。
感情移入 してもうたんやろ。お前も振 られたしな。うんうん。振 られたもんなあ。
「恨 んでへんのか!?」
恨 んどけみたいな口調 なってるで、アキちゃん。
そんな期待をしてたんか。おとん恨 まれといてほしかったんやな。そうかそうか。そうやなあ。
まさかそこまでの事をして、未 だに普通に愛されちゃってるなんて許 し難 いよなあ、今のご主人様であるジュニア的には。
「未練 がましいやんか。もう七十年以上前なんやで? それが未 だに未練 たらたらなんてさ……恥 なだけやで。しつこい奴 やって鬱陶 しく思われたら、そのほうが嫌 やわ。どうせ別れなあかんのやったら、綺麗 にいきたいねん。ええとこだけ憶 えといてもらいたいんや俺は。しょうもない奴 やったと、思われたくない」
瑞希 ちゃん、ガッツンガッツン来てるけど平気かな。なんか斜 めになってるけど。
七十年ぽっちで恥 じている、奥 ゆかしい奴 がおんのに、お前は三万年も根 に持ってたんやしな。
それに引 き際 ものすご醜 かったよな。必死 やったもんな。じったんばったんやもんな。ほんまに途方 もないような赤 っ恥 やな。
「そんなこと思うわけないって。それに、いつまでも今のままフラフラしてたら、次へ行かれへんやろ。もしダメでも、当たって砕 けたら? そしたら吹っ切れるかもしれへんやんか」
アキちゃんは熱心に朧 様を説得 する口調やった。
「吹っ切れる前に事切 れてるわ……」
「そこまで好きなんか、おとんのこと!」
なんで怒声 なんや、アキちゃん。朧 様、軽く引きつってますよ。
怖いんやって、俺も怖かったもん。式神 時代には、お前のそのガミガミ言うのが、ものすご怖かったんやもん。やめといて。
「好きって……好きなわけでは。だってもう昔の話やしな……」
「逃げとらんで、ほんまのこと言え!」
あーあ。言うてもうたわ。命令文やったわ。
気の毒やなあ。式神 の皆 さんは。命令されたら逆 らわれへんしな。
俺もいっぱいやられたわ、アキちゃんの、ついつい無意識 の命令形には、いろいろ困 ったもんやった。今はもう関係ないしな、気楽なもんやけども。
せやけど、朧 様は現役バリバリでアキちゃんの式 やしな。ちょっと可哀想 やないか。
俺ちょっと、兄さん可哀想 なってきた。
止めようかな。亨 ちゃん、ここらでアキちゃん引き留 めて、作戦タイム入るべき? それとも静観 しとくべき?
根本的 には、俺もアキちゃんに同感 やねん。せっかく、おとん喚 んだんやったら、ぶつかっとけばええんやないか。
俺もすっきりしたで。藤堂 さんと話して。せやし、きっと朧 様も、すっきりするで。
それかもっと、モヤモヤするかやけど。モヤモヤしたら最悪やけど。
「ほんまのことって……?」
眉間 に皺 の青白い顔は、もうほんまに、しんどそうやった。
「好きなんか? もう忘れたんか? どっちがほんまやねん」
なんや喧嘩腰 のアキちゃんに言われ、朧 は煙草 吸うのも忘れてたらしい。指に持ったままの煙草 から、燃 え尽 きた灰 が、ぼろっと落ちてた。
あっ。あかんで。藤堂 さんに殺される。バレたら殺されるで!
バレませんように! 神様仏様、どうかバレませんように!
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