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24-27 トオル

「好きやけど……でも、そんなん、向こうには関係ないことやろ。俺が勝手(かって)に好きやねん。そんなん、もう、(わす)れなあかんのや」  (おぼろ)は悲しげな表情でアキちゃんにそう言った。 「どうやったら(わす)れられるんや。(わす)れろって命令したら(わす)れんのか?」  アキちゃんは、それで行けるんやったら、ほんまに命令しそうやった。  けど俺は、それには反対やで。そんなん無茶苦茶(むちゃくちゃ)やんか。  いくらご主人様でも、そこまでやる権利(けんり)があんのか。  そんなん無いと思うで。俺はあかんと思うで、アキちゃん! 「さあ……無理(むり)やないか。より強い(まじな)いで、(しば)られてんのやから。これはもう、死なんと治らんのやで。死んでも、治るのかどうか」 「(まじな)いって、なんのことや」 「(わか)(ぎわ)の手紙で、(わす)れんといてくれと、あいつが言うたんで。そういう意味やないんやろけど……でも、俺にはそう聞こえたんや。ずっと(おも)うといてくれって、言われたような気がして。それは勝手(かって)解釈(かいしゃく)やけど……でも、別にええやん。それであいつに迷惑(めいわく)かけたか。かけてへんやろ。それくらい俺の自由やないか?」  電話の向こうから聞こえてた、おとんの声が()(かえ)し、(たの)()むように(つぶや)いていたあれや。  お前は神。それを(わす)れんといてくれ。(わす)れんといてくれと、何度も(つづ)く、しょんぼり(あま)えたような声。  俺にもそれは、そう聞こえた。俺のことを(わす)れんといてくれと、言うてるように聞こえてた。  おとんはそう言いたかったけど、言われへんかったんやろ。それはあんまり身勝手(みがって)やと、それくらいは分かってた。せやし、あれ以上、なんも言われへんかったんや。  それでも気持ちは(つた)わっていた。人間の声やしな。言葉にならへん(おも)いのようなもんも、言霊(ことだま)(はこ)ぶ。あの(わか)れの挨拶(あいさつ)をする男の声は、お前が好きやと()いていた。  それを(うら)む気が起きへんかったというのも、俺には何となく分かる。  おとんの気持ちも、なんとなく分かる。  俺も死にそうになった時、アキちゃんに(いの)ってた。俺のこと(わす)れんといてくれ。たまにはまた、俺のこと(ゆめ)に見てやってくれって。 「なんか、こんなん変やないか、先生。せっかく説得(せっとく)しようと思ってたのに、なんで俺が説得(せっとく)されてんのやろ。どうでもええねん、俺のことなんか。(ほう)っといてくれ」  寛太(かんた)(ちご)うて、いつもきちんとしてる長めの細い(かみ)()を、(おぼろ)はぐしゃぐしゃ()いていた。  そうすると益々(ますます)ちょっと寛太(かんた)()ていた。  つまり(とら)はやな、フラフラなってる時のこいつが好きやったんや。ぽかんと()けて笑ってて、(すき)だらけみたいな時のほうが、好きやったんやろ。  そんなとこ、滅多(めった)にあるように思えへんのやけど、二人っきりやったらあるんかな。(おぼろ)(かす)(あや)しい(もや)も、黒い(にしき)のような(かた)(うろこ)(よろい)()いて、だらんと(なご)んでいる時が。  じゃあ、きっと(おぼろ)様は、寛太(かんた)みたいになるのが(いや)やねん。あんなんアホやと思うてんのや。  好きや好きやで夢中(むちゅう)になってる。そんなデレデレ(あま)いのが、自分やったらつらい。そんなん、もう、二度とやりたくないんやろ。  一度はやったかもしれん、アキちゃんのおとんに()られる時までは、こいつも鳥さんみたいに、デレデレ(あま)かったんかもしれんのやから。 「どうでもよくない。(ほう)っとかれへんわ。俺のおとんの不始末(ふしまつ)やし、お前は今では、俺の(しき)なんやろ。面倒(めんどう)見るのも俺の責任や。それに、(とら)にも(たの)まれた。お前を幸せにしてやれって」  言いながらアキちゃんは、すねてるような顔やった。  お前も見たいか、(おぼろ)(りゅう)の、デレデレ(がお)が。  こいつがその顔で、自分を見るのを見たいんですか。  見たことないのに、おとんにはそうやったらしい(こい)バナみたいの聞かされて、(ちょう)ムカツクんですか。  それ自体(じたい)、俺や犬に軽くぶっ(ころ)されてもしゃあないという事に、気がついてませんね。無意識(むいしき)ですね。無意識(むいしき)にすねてますね、ジュニア!  俺はもう開いた口ふさがらん。犬もふさがらん。俺はもうショックではない。しかし犬はショック。  だって目の前で本間(ほんま)先輩、他の(やつ)仲良(なかよ)うしてるしな。若干(じゃっかん)口説(くど)きに入ってるよな。知らんとな。お前はそんなんしてもろたことないのになあ。  せやけどアキちゃんは、それにも勿論(もちろん)気がついてへん。(あざ)やかなまでの無神経(むしんけい)さや。(にぶ)いのもここまでくると、ほとんど芸術(げいじゅつ)や。人間国宝(にんげんこくほう)勲章(くんしょう)もらえる。 「信太(しんた)がなんやねん。他人(ひと)の幸せ心配してる間に、てめえの心配しろって言うといてくれ」 「それもお前が自分で言え。どうせ何も言うてへんのやろ。にこにこ(ゆる)してやって、それっきりなんやろ。そんなんされても(うれ)しないねん!」 「そんなもん適当(てきとう)でええねん、先生。信太(しんた)もそんな贅沢(ぜいたく)言ってられんのは、俺があっさり(ゆる)してやったからなんやで。これがもし血みどろにモメとってみろ。あいつも今ごろ、助けてくれって泣いとるわ」  そうかもしれへん。無い物ねだりや。 「ご加勢(かせい)、大変助かりましたわ、(とおる)ちゃん。なんで(だま)って()っ立ってんのや。面白(おもしろ)かったか? この役立(やくた)たず。何のために仲間を()んだと思うてんのや」  もうアキちゃんと口ききとうないという態度(たいど)で、(おぼろ)はうんざり俺を見た。

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