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24-28 トオル
「ごめん。面白 かったわ」
「昼メロ生収録 か。あほくさ……もう知らん。今時 の餓鬼 は、親より先に死んで、親不孝 やと思わへんのか……先生が逝 ってもうたら、暁彦 様も登与 様も、どんだけつらいか、ちっとも想像 しいひんのやな。鬼畜 の子はしょせん鬼畜 か!」
さあ行くでって、朧 はどこかフラフラした足取 りで、廊下 の先へと少し歩いた。
それを見送 り、付いてはいかへんかったら俺らの見ている先で、朧 はそこにあったドアを、こつこつとノックした。
そして、少ししてから開いたドアの中からは、ゆるく波打 つ垂 れ髪 の女が現れた。
真っ白い、長いガウンの下に、大きなプリーツのある白いスカートみたいなのを着てる。腰 のあたりで、ゆるく巻 いてる細 めの帯 だけが、極彩色 の青と金色の錦 やった。
誰 やろう、それはと、ようく目をこらして見ると、蔦子 さんやった。
その格好 は、巫女 の装束 のようやった。
そうは言うても、今の神社 に居 るような、白い着物に赤い袴 の巫女 さんやない。
そのスカートみたいなんは、裳 と言うらしい。飛鳥 時代よりもさらに昔 の、日本の人らがせっせと古墳 なんかを作ってた頃 の、身分 の高い女の人の服 らしい。
まあ、あれやん。ぶっちゃけ卑弥呼 やで。卑弥呼 。
えらいことやなあ。でも、アキちゃんの血筋 って、余裕 でその頃 から続 いてるモンらしいねん。おかんがそう言うてた。
ほんで、男は士官 したりする都合 で、時代ごとに装束 を改 めてきたけど、女は家に守られてきたもんで、代々 の伝統 を守ってるうちに、こんなことになってもうたんや。
お登与 や蔦子 さんは昭和 になっても飛鳥 時代チック、お兄ちゃんは海軍 さんの軍服 着てた。アキちゃんなんかTシャツとジーンズやんか。
家庭内に、千年単位 の激 しい時代の隔 たりがあるな。ていうか、どう見ても古代 コスプレやから、蔦子 さん。
それでも、着慣 れたふうに袖 通 してるその格好 は、蔦子 おばちゃまにはよう似合 うてた。
いつもは束髪 にしている長い髪 を、だらりと解 いてあるのも、なんか妖艶 で、額 に巻 いた宝玉 の帯 のようなもんも、翡翠 なんか、ラピスラズリか、青い色が黒髪 に映 えてて、めっちゃ綺麗 やった。
秋津 の人らはみんな美形 や。それは霊力 が表 に現 れてるかららしい。
蔦子 さんかて、普通に考えればもう、八十九十のババアのはずや。それが精々 、四十代くらいに見える。
普通 やない。仙人 なんや。いつもはタイガース応援 ルックとかで、煙草 吸 うてビール飲んでる、キレ芸 気味 のオバチャンやけど、実は有 り難 い巫女 さんやったんやで。
湊川 はドアの木枠 にもたれ、長身の位置から首を垂 れて、くよくよ煙草 をくわえつつ、そんな有 り難 い蔦子 おばちゃまを伏 し目 に見下 ろしていた。
その姿 は遠目 に見ると、なんやちょっと、お美しいマダムと若いツバメみたいやった。ツバメやない。スズメ。若くもないけど。とにかく二人は俺が思ってたよりも、ずっと親 しいようやった。
「蔦子 さん、俺、本間 先生に転 んでもうたわ。事後報告 やけど堪忍 してくれ」
「あらまあ……」
呆 れたみたいな声で、蔦子 さんは言うて、恥 ずかしいんか悔 しいんか、首垂 れてくよくよしたままの湊川 怜司 の吐 く薄煙 を、嫌 がるふうもなく身に纏 っていた。
そしてふと、蔦子 さんは俺らのほうを見た。ちょっと離 れてたんやけど、そこに居 るのはお見通 しみたいやった。
「手ぇの早いことどすなあ、坊 。血は争 えまへん……」
どことなく青ざめた顔色で、蔦子 さんは疲 れてるっぽかった。それでも嫌 みったらしく笑うのだけは、忘 れてへん。
アキちゃんはそう言われて、面目 なかったんか、ぐっと押し黙 ってた。
「お入りやす、朧 。そちらの皆 さんも。ウチの大事 な式 を、こんな立ち話だけで譲 り渡 すわけにはいかへんえ」
厳 しい口調 でやんわり言うて、蔦子 さんはジロッとアキちゃんを見た。
それでも、もう、譲 り渡 すつもりらしかった。モメへんねやと、俺はちょっとだけ意外 やった。
式神 って、そんな簡単 に、人にやったり、貰 うたりするもんなんや。
大崎 茂 ちゃんが、秋尾 をアキちゃんのおとんに譲 るのを、渋 りに渋 ったていう話やったから、普通は嫌 なもんなんかと思うてた。
蔦子 さんかて、信太 をくれとアキちゃんのおかんに頼 まれて、嫌 やと断 ったんやんか。あれは、生 け贄 にするために渡 せと言われても嫌 やという事やったんかなあ。
「中には誰もおらへんか?」
「信太 と寛太 と啓太 がいてますえ」
部屋の中をうかがう目つきの湊川 に、蔦子 さんは答えてやっていた。
その返事 にがっくりして、朧 はますます項垂 れ、ますます小声 になっていた。
「うわ……最悪 やんか。なんで居 るのん、暇 なんかあいつら」
「竜太郎 を心配して来てくれたんどす。寛太 は信太 にくっついてきただけどすけど。信太 と啓太 には、いつもさんざん子守 りさせましたよって、竜太郎 が我 が子 か実の弟のようにも思えんのやろ。せやのに部屋 から追い出されてもうてなあ」
「水煙 にか」
顔をしかめる湊川 を見上げ、蔦子 さんも顔をしかめた。
「竜太郎 にどす」
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