451 / 928

24-29 トオル

「大丈夫(だいじょうぶ)なんか、蔦子(つたこ)さん。あの外道(げどう)に跡取(あとと)り預(あず)けて。今ごろ腕(うで)の一本くらい、食われてるかもしれへんで」  しっ、と、蔦子(つたこ)さんは湊川(みなとがわ)の悪口を咎(とが)めた。 「そんなこと言うもんやおへんえ。秋津(あきつ)の一番古い式(しき)なんや。あんたには大先輩(だいせんぱい)なんえ。前に一悶着(ひともんちゃく)あったくらいで、逆恨(さかうら)みしたらあきまへん。ほんまにあんたは、いつもそこらの物(もの)の怪(け)みたいな悪口言うて、そんなんしてたら、あんたの霊威(れいい)も穢(けが)れてしまいますえ」  蔦子(つたこ)さんはクドクド厳(きび)しかったけど、俺は朧(おぼろ)の言うことが、あながち悪口とも思えへんかった。  腕(うで)一本どころか、竜太郎(りゅうたろう)の魂(たましい)まるごと食おうとしとったからな、水煙(すいえん)は。用心(ようじん)するに越(こ)したことないのに。 「坊(ぼん)も来なはれ。ほんまやったら、あんたが話すのが筋(すじ)やったんえ」 「いやいや、先生ちゃんと話しに来たんやけど、俺が先に言うてもうたから」  アキちゃんを庇(かば)う口調(くちょう)で、朧(おぼろ)が言(い)い訳(わけ)してやっていた。 「甘(あま)いんや、あんたは。アキちゃんにもえらい甘(あま)かったけど、この坊(ぼん)にも甘(あま)めでやってくつもりか。そんなんしてたら、果(は)てしなく付け上がりますえ、秋津(あきつ)の男は! 厳(きび)しゅうしなはれ」  ピシャーン言うて、蔦子(つたこ)さんは鬼(おに)のようなジロリの目をして、来い来いとアキちゃんに鋭(するど)い仕草(しぐさ)で手招(てまね)きをした。  ちょっぴり怖いのよ、それが。怒ってる時のおかんみたいでな。  アキちゃん、反射的(はんしゃてき)に引いてたよ。せやけどまさか逃(に)げるわけにもいかへん。  渋々(しぶしぶ)やけど歩き出したアキちゃんに半歩遅(おく)れて、俺もついてった。行ってええのかなみたいな顔をしていた犬にも、しゃあないから、おいでおいでをしてやった。 「ちょっとお待ち。なんや、この子は?」  瑞希(みずき)ちゃん、むっちゃジロジロ見られたで。蔦子(つたこ)おばちゃまに。  美貌(びぼう)の熟女(じゅくじょ)に見られて、犬はドン引きしていた。キャインキャインみたいに逃げてた。発作的(ほっさてき)にアキちゃんの後ろに隠(かく)れようとしてた。  たぶん、ほんまに怖いんやろう。蔦子(つたこ)さんも、ただの古代(こだい)コスプレ好きのオバチャンではない。鬼道(きどう)の女やし、秋津(あきつ)の血を引く、おかんの従姉(いとこ)なんやしな。強い霊力(れいりょく)がみなぎっていた。 「こいつも本間(ほんま)先生の新しい式(しき)や」 「新しい式(しき)!」  湊川(みなとがわ)の解説(かいせつ)を受けて、蔦子(つたこ)さんは鋭(するど)く言うた。感心(かんしん)してんのやない。してんのかもしれへんけど、悪い意味でや。 「ちょっと見ん間(ま)に、偉(えろ)うおなりのようやなあ、坊(ぼん)。話、聞きましょう」  きっぱりそう言い渡(わた)し、蔦子(つたこ)さんは古代(こだい)ルックの裳裾(もすそ)をひらりとひるがえした。そこから、ぷうんと独特(どくとく)の、品(ひん)のええお香(こう)の匂(にお)いがした。  部屋に入ると、そこもスイートルームやった。落ち着いた色合(いろあ)いの、紺(こん)と白の部屋。  そこにやっぱり深い青色の、ビロード張(ば)りの骨董(アンティーク)めいたソファセットが置いてあり、そこにはべったり虎(とら)にもたれた赤い鳥さんと、その反対の端(はし)に脚(あし)を組んで座ってる、冷たい目線(めせん)の氷雪系(ひょうせつけい)がいた。 「怜司(れいじ)」  朧(おぼろ)に声かけてきたのは、信太(しんた)やない。氷雪系(ひょうせつけい)のほう。なんで来たんやと、意外そうな声やった。  信太(しんた)は腕(うで)にべったり鳥を張り付かせ、じっと黙(だま)って朧(おぼろ)と見合っただけやった。  口ごもる気配(けはい)もなかった。声かけるつもりがなかったんやろう。  よう見たら、寛太(かんた)はいちゃついてんのやのうて、寝てるんやった。頭ぐちゃぐちゃで虎(とら)の肩(かた)によりかかり、ぐうすか寝てた。フリーダムやな、鳥さん。お昼寝か。 「椅子(いす)が足りへんな、席外(はず)しましょうか」  ひとり気の利(き)く氷雪系(ひょうせつけい)は、薄氷(うすごおり)みたいなメガネの奥(おく)から、ご主人様である蔦子(つたこ)さんを見つめて訊(き)いた。 「かましまへん。洗面所に籐(とう)の椅子(いす)がありましたやろ。あれを持ってきておくれやす。うちがそこへ座ります。怜司(れいじ)、あんたはあっちへ」  言われた通りに働こうかと立ち上がった氷雪系(ひょうせつけい)と、ぐうぐう寝てる寛太(かんた)の合間(あいま)を指さして、蔦子(つたこ)さんは朧(おぼろ)に命じた。 「ええ? そっち?」 「どっちに座ろうが四人は四人ですやろ。まだ許(ゆる)すとは言うてまへんえ。ウチが承知(しょうち)するまでは、あんたは分家(ぶんけ)の式(しき)どす」  はいはい、言うて、朧(おぼろ)は痛(いた)そうな表情のまま、おとなしく、寝こけている寛太(かんた)の隣(となり)に、どさっと座った。  それは別に、蔦子(つたこ)さんに呪縛(じゅばく)されてるから命令を聞くという感じやなかった。蔦子(つたこ)さんには頭があがらへん。まるで、そんな感じやねん。  居心地(いごこち)悪そうにしている湊川(みなとがわ)を、もの言いたげに横目(よこめ)で見つつ、氷雪系(ひょうせつけい)は椅子(いす)をとりにいった。  そして、あたかも女王様にでもお仕(つか)えするように、啓太(けいた)は蔦子(つたこ)さんを、持ってきた肘掛(ひじか)けつきの籐椅子(とういす)に座らせて、コーヒーテーブルを見下ろすお誕生日(たんじょうび)席(せき)で、裾(すそ)と大きな袖(そで)を整(ととの)えている女主人の横顔(よこがお)を眺(なが)めつつ、また静かにソファの一番端(はし)に座った。  チーム秋津(あきつ)は序列(じょれつ)の通りでごさいます。蔦子(つたこ)さんと斜向(はすむ)かいにアキちゃんで、俺、犬、以上。水煙(すいえん)様は出張中(しゅっちょうちゅう)でご不在(ふざい)や。 「まず何の話から聞けばよろしいのや。怜司(れいじ)のことどすか。坊(ぼん)はなんでこの子が欲しいんや?」  なんかちょっと、『花いちもんめ』みたいやで。子供の遊(あそ)びの。

ともだちにシェアしよう!