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24-30 トオル

 箪笥(たんす)長持(ながもち)、あの子が欲しい。  勝って(うれ)しい、花いちもんめ。負けて(くや)しい、花いちもんめ。 「(なまず)に食わせるためや。()(にえ)にすんのに(しき)()るんや」  アキちゃんではない、別の暗い声が、やっと(しゃべ)った。信太(しんた)やったわ。  蔦子(つたこ)さんはそれに、(おどろ)きはせえへんかった。少なくとも表面上はな。  氷雪系(ひょうせつけい)のほうが、よっぽど(おどろ)いていた。あんぐりして、(となり)にいてる湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)をガン見していた。(うそ)やろと、()いていいなら()きたそうな顔をして。 「その件やったら、うちは信太(しんた)をあんたにやるつもりどした。それでは不服(ふふく)どすのか?」  姿勢(しせい)良く椅子(いす)腰掛(こしか)け、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんをじっと見た。  それにも氷雪系(ひょうせつけい)(おどろ)いていた。蔦子(つたこ)さんは自分の(しき)たちに、何もかも話してる(わけ)ではないらしい。  寛太(かんた)が知ってんのかどうか、寝てるもんやから分からへん。 「不服(ふふく)やないです。それに湊川(みなとがわ)のことも、()(にえ)にするつもりはないです」  アキちゃんは言いにくそうに答えてた。 「ほんなら誰をやるつもりなんや。その犬か?」  瑞希(みずき)ちゃんをじっと見て、蔦子(つたこ)さんは容赦(ようしゃ)なく言うてた。瑞希(みずき)ちゃんはぎくっとしたように蔦子(つたこ)さんと見つめ()うてたけど、ただ、緊張(きんちょう)したような顔をして(だま)ってるだけやった。 「こいつでもない。話せば長いけど、こいつは元から俺と因縁(いんねん)のある狗神(いぬがみ)や。今回また行き()うたんで、(しき)にしたんです。()(にえ)には、蔦子(つたこ)さん、俺がいく」  真剣(しんけん)そのもので言うてるアキちゃんの顔に目を戻し、蔦子(つたこ)さんはまた、じいっと見つめた。  そして、アキちゃんが言い終えた後も、何か考えてるふうに、しばらく(だま)っていたんやけど、やがてゆっくり、そして、きっぱりと言うた。 「それは無理(むり)どす」 「なんでや」 「あんたは祭主(さいしゅ)ですやろ。あんたが(なまず)()(にえ)になったら、その後に来る(りゅう)は、誰がお(むか)えするんや?」  (りゅう)って、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)のことやないのか。(ちが)うの。(ちが)うかも。  そういえばスポーツバーで、蔦子(つたこ)さん、(りゅう)(なまず)の後に来て、まず淡路島(あわじしま)を食うって言うてた。  淡路島(あわじしま)は食わんよなあ、いくらなんでも。(おぼろ)様は。 「(りゅう)は……誰か他の人がやられへんのか。蔦子(つたこ)さんとか」 「無理(むり)どす。そんな無責任(むせきにん)なことで、祭主(さいしゅ)(つと)めようというほうが、どうかしてます。秋津(あきつ)当主(とうしゅ)として、儀式(ぎしき)完遂(かんすい)するのが当たり前どす」 「でも……」 「()(にえ)には信太(しんた)をやったらよろし。この子にも覚悟(かくご)があっての話しや。あんただけが命がけで、(えら)(わけ)やおへんえ。それに、そこで(あわ)てて死なんでも、あんたにはあんたの死に場所がちゃんとあります」  重い口調(くちょう)ではあったけど、蔦子(つたこ)さんはさらっと言うてた。  俺はなんや、ずしっと腹に来た。岩でも()んだようやった。  (りゅう)の話や。水煙(すいえん)竜太郎(りゅうたろう)は、まだ手こずってんのや。  (りゅう)がアキちゃんを食う未来を、予知(よち)してもうてんのやないか。水底(みなぞこ)での死って、それのことなんやないか。 「竜太郎(りゅうたろう)予知(よち)した(りゅう)は、津波(つなみ)や、(ぼん)。海の彼方(かなた)からやってきて、瀬戸内(せとうち)の海に入り込み、淡路島(あわじしま)を食うて、そして神戸(こうべ)(はま)(いた)る。未曾有(みぞうう)大津波(おおつなみ)どす」  アキちゃんは、ぽかんとしたような真顔(まがお)で、その話を聞いていた。ほとんど無表情やった。 「(なまず)が起きるんは、たぶんそれを予知(よち)したからどす。逃げようということなんやろう。(きょう)か、逢坂(おうさか)か、どこへでもええけど、人食うて力をつけて、さっさとねぐらを変えようかと、そういうことどす。時たま、(まち)ごとごっそり人が消えることがあるのを、(ぼん)は知っとりますか」  時たまって、蔦子(つたこ)さん、どれくらいの頻度(ひんど)のこと言うてんのや。  まあ、そういうことは、たまにはあるんや。大災害(だいさいがい)とかで。アトランティスとか、イースとか、ソドムとかゴモラとか、ポンペイとかな。  南米にもそんな伝説(でんせつ)がある。(まち)は残ってんのに、そこから全員、神隠(かみかく)しにでもあったみたいに、人っ子一人おらんようになっている。 「知らんのどすか。まあ、よろし。ともかくも、神戸(こうべ)にそれが起きようとしてます。この(まち)は、神の()なんや。新しい神さんが自然と()り集まってくる玄関口(げんかんぐち)のような性質(せいしつ)のある土地柄(とちがら)や。それに呼ばれてか、新しい神が、この地に()り立とうとしておいでや」 「新しい神?」 「(りゅう)どす。人界(じんかい)にとどまれる限界(げんかい)(たっ)して、天界(てんかい)にお(のぼ)りになる。そのために神戸(こうべ)にお()しになるようや。それが津波(つなみ)の姿をしてはるということまでは、()えてるんどす。ただそれを、何もせずに手をこまねいて見ていれば、その次に(あらわ)れる未来の絵は、六甲山(ろっこうさん)(ふもと)まで、ごっそり海に()まれて消えた神戸(こうべ)姿(すがた)や。もちろん、そこに住んではる人も物も、うちらも全員、逃げへん(かぎ)りは()まれてまうやろう。それが最悪の未来図(みらいず)ということどす」  逃げようか、今すぐ。アディオス神戸(こうべ)!  って、あかん? それやとあかん?  自分だけ助かろうなんて神様チックやなさすぎですか。自己中(じこちゅう)やったらあかん?

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