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24-31 トオル
なんであかんの、逃 げればええやんて、朧 様 は言うてたけども、俺 、今ちょっとそれに同感 ぽくなってきた。
神戸 をまるごと食うような龍 と、戦 えるわけない。勝 てませんから俺 は。
たぶん無理 やで。どうやって勝 てばええやら、全 くアイデア湧 いてけえへんもん。
勝 ち目 のない戦 いを挑 むのはやめよう。撤退 することも大切や。
この教訓 を未来 に活 かすことにして、鯰 だけ寝 かしつけといて、後はとりあえず被害 のなさそうな京都 で、引 き続 き平和 に暮 らすコースでどうやろか。
俺 は力一杯 アキちゃんに、そう問 いかける目を向 けたけど、アキちゃんの横顔 は深刻 で、もちろん真剣 そのものやった。逃 げようなんて毛ほども思ってなかった。
なんやねんお前、まるでヒーローみたいやないか。ただの美大 四回生のくせに!
「なんとかならんのですか」
「方法 はいくつかあります」
訊 ねるアキちゃんに、蔦子 さんは頷 いてやっていた。
「一つは、龍 の狙 いを神戸 からよそへ逸 らすことどすけども、それは論外 や。ウチの経験 上、それやと被害 をよそへ押 しつけるだけで、何の解決 にもならしまへん。竜太郎 が視 たところによれば、龍 が逸 れてくださる可能性 のある別 の行き先は、東京湾 どした。それは、選択肢 として、ないも同然 。首都 が奪 われたら、この国はどないなってしまいますやろ。それに向 こうには向 こうで、帝都 を守 っている連中 がおります。万が一にもおとなしく、身代 わりになったりはしまへんやろ。結局 、神戸 へ押 し戻 されます。それなら最初 から、ここで龍 をお迎 えするつもりで行くほうがよろし」
「手も足も出えへんということですか」
「そんなわけおへん。龍 の接待 は、うちら秋津 の十八番 どすやろ。人身御供 をお捧 げして、交渉 するんどす。どうか神戸 を滅 ぼすのは、堪忍 しておくれやす。お心安 らかにしていただいて、どうぞ無難 に治 まっておくれやすと、あんたがお頼 み申 し上 げるんや」
「俺 が?」
「占 いには、そう出とります」
頷 いて、蔦子 さんはアキちゃんに教えた。
「水底 での死 って……海底 か。そりゃあ、まあ……そうか。海が目の前なんやもんなあ」
アキちゃんは呆然 とした青い顔して、とぼけたような感想 やった。
神戸 の海が好 きみたいやった。綺麗 やて。絵描 いてて楽しそうやったけど、でも、船に乗 ってその波 に揺 られたら、めちゃめちゃ酔 うてた。
思えばあれも、一種 の予感 みたいなもんやったんか。
アキちゃんは、神戸 の海とは相性 悪 い。自分を殺 す海なんやもん。相性 ええわけがない。
「俺 はつくづく、おとんの子みたいやなあ、蔦子 さん。海で死 ぬような因縁 があるらしい」
「そうどすなあ……坊 。あんたには、気 の毒 やけど、今のところ、それが一番ましな未来 図なんどす。竜太郎 は、あんたが津波 に呑 まれる絵を視 た。そして、その後に続 く未来 が、無事 な神戸 の姿 やったのは、その流 れだけやったんどす。あの子はそうは言うてまへんけど、ウチには分かる。ウチにも同じもんが見えてますのや。竜太郎 やったら、全然 別 の、もっとあっけらかんとした未来 を、掴 んで戻 って来るんやないかと、初 めはウチも期待 はしてましたんやけど、未来 には、なんでか知らん、梃子 でも動 かんような、ひとつっきりの宿命的 な部分 がある。その大岩をなんとか動 かそうとして、必死 になったところで、溺 れるだけどす。あの子に、そう言うてやっておくれやす。あんたが言わんと、竜太郎 は納得 せえへんやろうと思います。疲 れ果 てて溺 れ死 ぬまで、泳 ぐやろう」
蔦子 さんは、暗 い覚悟 の目をしてた。それは、同じ未来 を視 る巫 覡 として、竜太郎 に共感 してる目かもしれへんし、息子 の身 を心配 している、おかんの目かもしれへん。その二つが争 っている葛藤 を、抑 え込 んでる目やった。
「昔 、ウチが、予知 したアキちゃんの死 を、何とか逸 らそうと必死 になっていたとき、アキちゃんは、もうかまへんと言うて、ウチを止めておくれやした。それがなければ、ウチはきっと、死 ぬまで続 けていたやろう。時の流 れの中で溺 れて、そのまま死 んで、今こうして、ここに居 ることもなかった。そして、怜司 も信太 も、寛太 もおそらく、居 いひんかったやろうなあ。消 えるか、この世 の鬼 として、彷徨 っていたか、どないなったかわからしまへん。そしてアキちゃんも、結局 のところ死 んでしまわはったやろう。うちが死 のうが生きようが、それに変 わりはなかったんえ」
結果論 とかいうモンどすけどなあと、蔦子 さんはシミジミ言うてた。
そういう話をされて、朧 も虎 も、蔦子 さんに異論 はないようやった。うんともすんとも言わず、ただ話を聞いていた。
蔦子 さんが死 んでて居 らんかったら、聖地 ・甲子園 球場 のほとりに海道 家はない。
そこに飼 われている、有象無象 の式神 もいない。竜太郎 もいない。それを他人事 と思って見れば、大した違 いはないかもしれへん。
せやけど人一人 いるかいないか、とある怪異 が、神 か鬼 かは、大きな違 いや。
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