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24-32 トオル

 蔦子(つたこ)さんの生死(せいし)によって、悪いほうへと変わる運命(うんめい)はあった。 「(ぼん)、なんで怜司(れいじ)が欲しいんどすか。(なまず)()(にえ)には信太(しんた)をやります。それはこの子の運命(うんめい)なんどす。逃げても何度でも追いかけてくるやろう、そんな因縁(いんねん)や。怜司(れいじ)()わりにはやりまへん。それでもこの子を(しき)()しいんどすか。このまま行けば、あんたは明後日(あさって)、死ぬかもしれへんのどす。ただ死に(わか)れるためだけに、怜司(れいじ)(しき)にすることになるんどすえ。うちはそれには反対や。この子は案外(あんがい)(もろ)いんどす。強いように見えてもな、弱ればいつぶり返すかわからん古傷(ふるきず)があるんや。そのことを、(ぼん)はちゃんと、(わきま)えてますのんか?」 「おとんのことやろ……?」  言いづらそうに、アキちゃんは蔦子(つたこ)さんに答えていた。 「(ちが)います。そうとも言えますけども。言うてへんのやな、怜司(れいじ)」  首巡(くびめぐ)らせて、蔦子(つたこ)さんはぴしゃりと言うた。  (おぼろ)はそれに、(けわ)しい顔して、(かた)をすくめていた。 「言う必要ないもん」 「そんなことおへん。あんたの(あるじ)になろうというなら、ちゃんと知るのが(すじ)どす。ただの(しき)()しさで手ぇ出して、自分のもんやというのでは、通らへんのどす」  すっくと立って、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんの顔を、びしっと指さした。 「それにどうせ、あんたも面食(めんく)いなんどすやろ。アキちゃんもそうどした。まず顔や姿(すがた)の美しさから入るんや。あれがそんな男やから、(おぼろ)(おび)えて、(もど)るに(もど)られへんのや」  面食(めんく)いなのは図星(ずぼし)なんやけど、アキちゃんどうも、おとんの名代(みょうだい)でムカつかれてるっぽいで。  蔦子(つたこ)さんは忌々(いまいま)しそうにジュニアを見ていた。  おとんも面食(めんく)いやったんや。そら、そうやろなあ。そうやろうという予感(よかん)がしたわ。  ここまで()(もん)親子(おやこ)やのに、そこんとこだけ()てないというのも、不自然(ふしぜん)やもん。 「(おぼろ)(ため)しに(ぼん)に、あんたの正体(しょうたい)を見せてやりなはれ」 「(いや)や。ホラーすぎる」  青ざめた顔をして、(おぼろ)即答(そくとう)拒否(きょひ)やった。  ホラーすぎるかな。ただの(りゅう)やで。ただの、ってことはないけど。俺には美しい(りゅう)に見えたんやけどなあ。  アキちゃん、俺のおかげでウロコ(けい)は、余裕(よゆう)でクリアするはずやで。ビビることないのに。 「見たらもう、俺はいらんと思うやろうって事か、蔦子(つたこ)さん。先生に(ゆず)るのが(いや)なんやったら、普通にそう言うてくれ。俺にも面子(めんつ)はあるんや」  (おぼろ)様、まさか実はドブスやったりするんか。美容整形(びようせいけい)か、この美貌(びぼう)。  (きわ)めて居心地(いごこち)悪そうにしている湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)を見やる、氷雪系(ひょうせつけい)(とら)の目も、なんや事情が分かってへんような、戸惑(とまど)う表情やった。  美人や思うて付き合うてた相手が、実はトミ子(きゅう)のブスやったら、めちゃめちゃ引くよな。それは猛烈(もうれつ)などんでん返しや。  見たい。たとえホラーでも。俺はそういうの、トミ子で大概(たいがい)()れている。もう、そう簡単には(おどろ)かへんで。  トミ子を()えられるブスは、そうそう()るはずないんやからな。下っ(ぱら)気合(きあ)いを入れてれば平気や。気絶(きぜつ)したりせえへん。 「あんたは(みにく)いわけやおへん。美しい神さんや。今のその姿(すがた)も、偽物(にせもん)やおへんえ。それもあんたの正体(しょうたい)やろう。そやけど、あんたが(おのれ)(みにく)さとして、()じて(かく)しているそれを、ちゃあんと見せへんかったら、あんたが何で(くる)うてんのか、誰にも分からへん。この(ぼん)(つか)えようというんやったら、あんたのほんまのところをさらけ出さなあかん。ウチにしか言われへんのやったら、よそへ行ったらあかんえ。一体(だれ)があんたの気持ちを、ほんまに分かってくれるんや?」  蔦子(つたこ)さんは、まっすぐ見つめ、(たし)かに()いかける口調(くちょう)で言うていたけど、(おぼろ)虚脱(きょだつ)したように、ぽかんとしていて、何も答えへんかった。  その優雅(ゆうが)()んだ(ひざ)の上にある白い手を、蔦子(つたこ)さんがいきなり(つか)んだ。それでも(おぼろ)はぼんやり見ていた。その場にいる全員の目が、たぶん(ぼおろ)を見ていたやろう。  俺はどこかで、この綺麗(きれい)(ひん)のええような男が、ものすご(みにく)い何かに変転(へんてん)するのを期待(きたい)していた。  (たし)かにそれは、期待(きたい)どおりの出来事(できごと)やったかもしれへん。せやけど俺はちっとも、笑いたいような気にはならへんかったんや。 「正体(しょうたい)を、(あらわ)(たまえ)え」  単純(たんじゅん)な、そして霊力(れいりょく)をこめた一言(ひとこと)で、蔦子(つたこ)さんは(ぼおろ)にそう(もと)めた。  それはやっぱり、命令とは違う。巫女(みこ)が神にお(たの)(もう)一言(ひとこと)で、きちんと敬意(けいい)()められていた。  蔦子(つたこ)さんは(おぼろ)のことを、神やと思うてるらしい。アキちゃんのおとんが、そう思うてたのと同じように。(おに)やない、神なんやって。  それは(きわ)めて、微妙(びみょう)なところや。人や物を、見た目で判断(はんだん)するんやったらな。  蔦子(つたこ)さんが(にぎ)りしめた手首の(あた)りから、(ぼおろ)唐突(とうとつ)に、目映(まばゆ)いような白い光を(はっ)した。  それは冷たい光やった。そして、(てつ)でも煮溶(にとか)かすような、熱い熱い光線(こうせん)やった。

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