455 / 928
24-33 トオル
白い肌 を舐 めていく、目の底 を焼 くようなその光は、見る間に朧 の全身 を駆 け抜 けた。
まるで爆風 のようやった。実際 それは爆風 で、俺もアキちゃんも、その場にいた全員 が、ものすごく怖 ろしいものを目 の当 たりにした。
白かった肌 が、見る間に真 っ黒 く焼 けこげて、焼 け付 いた血 と肉が、駆 け抜 ける光の波 に吹 き散 らかされて飛 び散 った。
それは幻 やったんやろうけど、信太 は自分の目の前で爆散 してゆく朧 の肉片 と血 と髪 の毛 をまともに顔に浴 び、呆然 としたような、目を見開 いた無表情 になっていた。
確 かに肉の焼 けるような、猛烈 な悪臭 がした。
そして錆 びた鉄 のような臭 い。血 の臭 い。腐敗 した何かが崩 れ落 ちていく、わずかに嗅 ぐのも耐 え難 いような、すえた臭 いがした。
勝呂 瑞希 がその臭気 に触 れて、ぴくりと鋭 く身 を震 わせていた。犬には覚 えがあったんやろう。
それは地獄 の臭 いやった。
白い光線が飛 び去 った後、湊川 怜司 のいたところには、別 のモノがいた。けど、それはたぶん、今までいたのと同じモノや。
骸骨 やった。
焼 け付 いた鉄 の臭 いのする、真 っ赤 に灼 けた骨 やねん。
美 しいと言えなくもない。見事 に整 った骨格 で、蔦子 さんはその灼 けた手首のあたりを、静 かに見つめる顔のままで、まだ握 りしめていた。
骸骨 は、その赤い髑髏 から、薄 くたなびくため息 のような、熱 く爛 れた湯気 を吐 いた。
それはいつも朧 がふかす煙草 の煙 とおんなじように、細かな編 み目 のような文様 を描 いて、いつまでも消 えずに漂 っていた。
俺は呆然 と驚 きながら、その骸骨 が、ほっそりと組み上げられた肋骨 の中に、鳥籠 で小鳥を飼 うようにして、何か激 しく動 くものを持 っているのに気がついた。
それは、心臓 みたいに見えた。ひくひく脈打 つ激 しさが、鼓動 する心臓 にそっくりやったんで。
でも、違 った。それは血 の塊 やった。
つい半時 ばかり前、電話しながら俺の中に湧 いたイメージの、月に寄 り添 う黒い龍 が、後生大事 に握 りしめてた赤い血 の珠 や。それが灼熱 に焼 かれて、煮 えたぎるように沸 き返 っていた。
しかし一瞬 にして蒸発 して、爆散 しようとするそれを、骸骨 は自分の霊力 で押 しとどめたらしかった。そのせめぎ合う様 が、まるで激 しく鼓動 してるように見えてるだけや。
「ウチのところに現 れた時、怜司 はこの姿 やった」
まだ骸骨 の手を握 りしめたまま、蔦子 さんは振 り返 り、硬直 したようなアキちゃんをじっと見つめた。
「あんたのお父さんを追 っていったんどす。広島 の呉 から、アキちゃんを乗 せた艦 は出た。そやから、戦 が終 われば、母港 であるそこへ戻 ると思うたんやろう。この子は追 い出 されてもうて、京へは入られへんように、結界 を張 られてましたんで、アキちゃんに再会 したければ、嵐山 へ戻 る前に呉港 で捕 まえるしかない。それで呉 に居 ったんどす。ウチの予知 を、信 じてへんかった。アキちゃんが必 ず生きて戻 るはずやと、この子は思っていた……そう、祈 ってたんやろうなあ?」
蔦子 さんが問 いかけても、骸骨 は黙 っていた。
ぽかんとしてんのか、それとも喉 が灼 けてもうて、もう声が出えへんのか、よう分からん。
「その日は、ふとした気まぐれで、この子は広島市 のほうへ行った。人の噂 を聞きとうなったようや。そういう性癖 のある子なんどす。ウチかて忘 れもしまへん。昭和 二十年の八月六日や。坊 はその日がなんの日か、知っておいやすか。学校で習 いましたやろう。広島 に、原爆 が落 ちた日どす。人でも神 でも、何もかもが焼 け落 ちてしまうような、熱 い熱 い日やったんえ。そうやろう、朧 、あんたもさぞかし熱 かったやろうなあ」
再 び蔦子 さんが問 うと、骨 はぼんやりと、口を開 いたようやった。そしてその、がらんどうに焼 けた喉 から、枯 れたような声が答えた。
「ウラヌス」
ぽかんと腑抜 けたようなような、芯 のない口調 やったわ。
そらまあ、ほんまに腑 はない。腑抜 けてもうてる。だって骨 だけなんやもん。
それでも蔦子 さんは腑抜 けた骨 の言うことを、真面目 に訊 いてやっていた。
「そうや。そういう名前の神さんやったようどすなあ。ウラヌスやら、プルトーやら。もうこの位相 から、遠 の昔 にお発 ちになった強い強い神さんや。そんなもんまで喚 び出してもうて、一体何をするつもりなんやろなあ、人は。神さんは本来、人を幸 せにしてくれはるもんやのに、それを戦 の道具 にやなんて、なんという、怖 ろしいこと……」
語りかけてる蔦子 さんの顔はずいぶん、静 かなような暗 い無表情 やったけど、囁 くような小声で話す声は、まるで子供 を寝 かしつけるため、寝物語 をするおかんのようやった。
「なんということや」
ぽつりと言うて、焼 け爛 れて薄 煙 をあげる真 っ赤 な骨 は、がらんと崩 れるように椅子 から滑 り落 ちていき、蔦子 さんの白い裳裾 に縋 り付 いていた。
そんな髑髏 を抱 いてやる蔦子 さんは、ほんまに偉 い女王様 みたいに見えた。
ともだちにシェアしよう!