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24-33 トオル

 白い(はだ)()めていく、目の(そこ)()くようなその光は、見る間に(おぼろ)全身(ぜんしん)()()けた。  まるで爆風(ばくふう)のようやった。実際(じっさい)それは爆風(ばくふう)で、俺もアキちゃんも、その場にいた全員(ぜんいん)が、ものすごく(おそれ)ろしいものを()()たりにした。  白かった(はだ)が、見る間に()(くろ)()けこげて、()()いた()と肉が、()()ける光の(なみ)()()らかされて()()った。  それは(まぼろし)やったんやろうけど、信太(しんた)は自分の目の前で爆散(ばくさん)してゆく(おぼろ)肉片(にくへん)()(かみ)()をまともに顔に()び、呆然(ぼうぜん)としたような、目を見開(みひら)いた無表情(むひょうじょう)になっていた。  (たし)かに肉の()けるような、猛烈(もうれつ)悪臭(あくしゅう)がした。  そして()びた(てつ)のような(にお)い。()(にお)い。腐敗(ふはい)した何かが(くず)()ちていく、わずかに()ぐのも()(がた)いような、すえた(にお)いがした。  勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)がその臭気(しゅうき)()れて、ぴくりと(するど)()(ふる)わせていた。犬には(おぼ)えがあったんやろう。  それは地獄(じごく)(にお)いやった。  白い光線が()()った後、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)のいたところには、(べつ)のモノがいた。けど、それはたぶん、今までいたのと同じモノや。  骸骨(がいこつ)やった。  ()()いた(てつ)(にお)いのする、()()()けた(ほね)やねん。  (うつく)しいと言えなくもない。見事(みごと)(ととの)った骨格(こっかく)で、蔦子(つたこ)さんはその()けた手首のあたりを、(しず)かに見つめる顔のままで、まだ(にぎ)りしめていた。  骸骨(がいこつ)は、その赤い髑髏(どくろ)から、(うす)くたなびくため(いき)のような、(あつ)(ただ)れた湯気(ゆげ)()いた。  それはいつも(おぼろ)がふかす煙草(たばこ)(けむり)とおんなじように、細かな()()のような文様(もんよう)(えが)いて、いつまでも()えずに(ただよ)っていた。  俺は呆然(ぼうぜん)(おどろ)きながら、その骸骨(がいこつ)が、ほっそりと組み上げられた肋骨(あばらぼね)の中に、鳥籠(とりかご)で小鳥を()うようにして、何か(はげ)しく(うご)くものを()っているのに気がついた。  それは、心臓(しんぞう)みたいに見えた。ひくひく脈打(みゃくう)(はげ)しさが、鼓動(こどう)する心臓(しんぞう)にそっくりやったんで。  でも、(ちが)った。それは()(かたまり)やった。  つい半時(はんとき)ばかり前、電話しながら俺の中に()いたイメージの、月に()()う黒い(りゅう)が、後生大事(ごしょうだいじ)(にぎ)りしめてた赤い()(たま)や。それが灼熱(しゃくねつ)()かれて、()えたぎるように()(かえ)っていた。  しかし一瞬(いっしゅん)にして蒸発(じょうはつ)して、爆散(ばくさん)しようとするそれを、骸骨(がいこつ)は自分の霊力(れいりょく)()しとどめたらしかった。そのせめぎ合う(さま)が、まるで(はげ)しく鼓動(こどう)してるように見えてるだけや。 「ウチのところに(あらわ)れた時、怜司(れいじ)はこの姿(すがた)やった」  まだ骸骨(がいこつ)の手を(にぎ)りしめたまま、蔦子(つたこ)さんは()(かえ)り、硬直(こうちょく)したようなアキちゃんをじっと見つめた。 「あんたのお父さんを()っていったんどす。広島(ひろしま)(くれ)から、アキちゃんを()せた(ふね)は出た。そやから、(いくさ)()われば、母港(ぼこう)であるそこへ(もど)ると思うたんやろう。この子は()()されてもうて、京へは入られへんように、結界(けっかい)()られてましたんで、アキちゃんに再会(さいかい)したければ、嵐山(あらしやま)(もど)る前に呉港(くれこう)(つか)まえるしかない。それで(くれ)()ったんどす。ウチの予知(よち)を、(しん)じてへんかった。アキちゃんが(かなら)ず生きて(もど)るはずやと、この子は思っていた……そう、(いの)ってたんやろうなあ?」  蔦子(つたこ)さんが()いかけても、骸骨(がいこつ)(だま)っていた。  ぽかんとしてんのか、それとも(のど)()けてもうて、もう声が出えへんのか、よう分からん。 「その日は、ふとした気まぐれで、この子は広島市(ひろしまし)のほうへ行った。人の(うわさ)を聞きとうなったようや。そういう性癖(せいへき)のある子なんどす。ウチかて(わす)れもしまへん。昭和(しょうわ)二十年の八月六日や。(ぼん)はその日がなんの日か、知っておいやすか。学校で(なら)いましたやろう。広島(ひろしま)に、原爆(げんばく)()ちた日どす。人でも(かみ)でも、何もかもが()()ちてしまうような、(あつ)(あつ)い日やったんえ。そうやろう、(おぼろ)、あんたもさぞかし(あつ)かったやろうなあ」  (ふたた)蔦子(つたこ)さんが()うと、(ほね)はぼんやりと、口を()いたようやった。そしてその、がらんどうに()けた(のど)から、()れたような声が答えた。 「ウラヌス」  ぽかんと腑抜(ふぬ)けたようなような、(しん)のない口調(くちょう)やったわ。  そらまあ、ほんまに()はない。腑抜(ふぬ)けてもうてる。だって(ほね)だけなんやもん。  それでも蔦子(つたこ)さんは腑抜(ふぬ)けた(ほね)の言うことを、真面目(まじめ)()いてやっていた。 「そうや。そういう名前の神さんやったようどすなあ。ウラヌスやら、プルトーやら。もうこの位相(いそう)から、(とお)(むかし)にお()ちになった強い強い神さんや。そんなもんまで()び出してもうて、一体何をするつもりなんやろなあ、人は。神さんは本来、人を(しあわ)せにしてくれはるもんやのに、それを(いくさ)道具(どうぐ)にやなんて、なんという、(おそ)ろしいこと……」  語りかけてる蔦子(つたこ)さんの顔はずいぶん、(しず)かなような(くら)無表情(むひょうじょう)やったけど、(ささや)くような小声で話す声は、まるで子供(こども)()かしつけるため、寝物語(ねものがたり)をするおかんのようやった。 「なんということや」  ぽつりと言うて、()(ただ)れて(すすき)(けむり)をあげる()()(ほね)は、がらんと(くず)れるように椅子(いす)から(すべ)()ちていき、蔦子(つたこ)さんの白い裳裾(もすそ)(すが)()いていた。  そんな髑髏(どくろ)()いてやる蔦子(つたこ)さんは、ほんまに(えら)女王様(じょおうさま)みたいに見えた。

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