456 / 928
24-34 トオル
「つたこさん……俺は死んだ。死んでしまう。あいつが残していった、この血が燃 え尽 きたら。死ねばええのか。これは、戦 を煽 った悪い雀 に下 された、罰 やろか。俺のせいで、暁彦 様は死んだんか。それとも生きて、戻 ってきてくれるんか。俺はどっちへいったらええんやろ。冥界 か。人界 か。視 えるんやったら、教えてくれ。あいつの居 るほうへいきたいんや」
「よしよし、朧 。忘 れたらあかんえ。今はもう、平成の御代 どす。戦 は遠 に終わってもうて、あんたは結局、死にはしいひんかったんえ。あんたの上に落ちたんは、罰 やのうて、ただの爆弾 や。神か魔 かと思うたやろけど、あれは人が落としたモンなんどす。ウチが逸 らしたせいで、あんたの頭の真上に落ちたんや。そうやさかい、せめても罪滅 ぼしに、ウチの血をやろう。あんたがまた歌歌えるようになるまでな。そういう約束 やったやおへんか?」
白い大きな袖 で抱 かれて、骨 はうっとりしたようやった。
「ああ……そうやった」
じゅう、と熱い何かが水に浸 されるような音がして、蔦子 さんの抱 いている骸骨 からは、もわもわと、白く朧 に煙 るような湯気 が立ちこめてきた。
それはだんだん、元の怜悧 な顔立ちの、すらりとした長身の男の姿 に戻 り、朧気 に入り交じる、骨 と白い綺麗 な肌 との二重写しの後に、ちゃんと元のとおりに服も着た、女予言者 に縋 り付 く男になった。
「蔦子 さん、俺の声は元通りやろうか」
「とっくの昔に元通りどす。なんも恥 ずかしがることおへんえ。たとえ灼 けた骨 のまんまでも、なんも恥 やない」
抱 いた男の細い絹糸 みたいな髪 を撫 でてやりながら、蔦子 さんは言い聞かせてた。厳 しいけども、優 しいような声やった。
「この子はなあ、逃 げようと思えば逃 げられたんや。位相 を越 えてゆけるんやから。そやけど逃 げへんと、街 の人らを別の位相 へずらして逃 がそうとしたようや。それで自分は燃 えおちてしもたんどす。朧 、あんたはなんでそんなことをしたんや。まだ思い出さへんか」
「わからへん……なんでやろう」
まだどこか、腑抜 けたままのような言い方で、朧 はぼんやり、悩 む口調 やった。
わからへんのや。それは、ずいぶん、ぶっ壊 れてもうたんやなあ。アホでも分かるような事やのに。なんでわからへんのやろう。
「神やからやろ?」
可哀想 なってきて、俺は思わず教えてやった。
アキちゃんのおとんが、別 れ際 にそう言うてたからとちゃうんか。
お前は神さんなんやで。鬼 やない。俺を助けてくれたやろ。人を愛してやってくれ。
そして、それを忘 れんといてくれと、ひたすら拝 み倒 すような声をして、おとんは何度も繰 り返 し頼 んでいった。
そりゃあ、別れ話というよりは、たぶん一種の遺言 や。朧 はそれを守ってやろうとしたんやろ。
人を愛する神になろうとしてた。俺がアキちゃんのために、悪魔 やない、俺は神やと思いたかったように、こいつも神になろうとしたんや。
「そうやろか……。神? 俺はときどき、ほんまに邪悪 やで?」
「それはあんたのせいやおへん。神の性質 を決めるのは、それを祀 る人間のほうや。あんたが穢 れた歌を歌う時は、それを望む人の心が穢 れてるんどす。あんたは時代の波に翻弄 される神さんや。それでもきっと、偉大 な神になれます。あんたの胸 に、愛があればな」
「愛か……蔦子 さん、それは俺には、ようわからんのや」
「心配おへん。愛とはなんぞやと、あんたの覡 に訊 けばよろし」
蔦子 さんはちょっと、挑 むような目付きで、いきなりアキちゃんに話を振 った。
でも、どう見てもアキちゃん、一時停止 かかってたで。
あまりにも度肝 を抜 かれてたんやろ。まさか自分が骨 と寝 てたなんてな。まさにオカルト・ホラーの世界やもんな。普通 やったら耐 えられへんで。
それでもアキちゃんは、もはや普通 やなかった。
なんか物凄 いモンを見てもうたという顔はしてたけど、それは決して、嫌悪 の顔ではなかった。
たぶんアキちゃんは、あまりにも果 てしなすぎる、おとん有利 の状況 を目 の当 たりにして、もう張 り合 う気さえのうなってもうたんやろう。
考えてんのか、単 にぼけっとしてもうたんか、しばらくの一時停止 続行 ののち、突然 、はっとしたように、アキちゃんはまた我 に返った。
「訊 かんでも、そいつは元々知ってるやないか。胸 にあったやろ……その……愛が」
「あれは、ただの血どすえ。あんたのお父さんの血や」
ほんまにその答えでええんかと、かまをかけてるような口調で、蔦子 さんは教えてきた。
巫覡 は飼 うてる式 を血で養 うけども、それはゴハンや。腹 減 るし、食わせへんかったら消えてまう奴 もおるから、飢 え死 にせんように血をくれてやる。
それはただ式神 が、てめえの道具であり戦力で、頼 みの綱 の奴隷 やからか。
家畜 に餌 をやるように、アキちゃんは俺に血をくれたんか。
ともだちにシェアしよう!