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24-34 トオル

「つたこさん……俺は死んだ。死んでしまう。あいつが残していった、この血が()()きたら。死ねばええのか。これは、(いくさ)(あお)った悪い(すずめ)(くだ)された、(ばつ)やろか。俺のせいで、暁彦(あきひこ)様は死んだんか。それとも生きて、(もど)ってきてくれるんか。俺はどっちへいったらええんやろ。冥界(めいかい)か。人界(じんかい)か。()えるんやったら、教えてくれ。あいつの()るほうへいきたいんや」 「よしよし、(おぼろ)(わす)れたらあかんえ。今はもう、平成の御代(みよ)どす。(いくさ)(とお)に終わってもうて、あんたは結局、死にはしいひんかったんえ。あんたの上に落ちたんは、(ばつ)やのうて、ただの爆弾(ばくだん)や。神か()かと思うたやろけど、あれは人が落としたモンなんどす。ウチが()らしたせいで、あんたの頭の真上に落ちたんや。そうやさかい、せめても罪滅(つみほろ)ぼしに、ウチの血をやろう。あんたがまた歌歌えるようになるまでな。そういう約束(やくそく)やったやおへんか?」  白い大きな(そで)()かれて、(ほね)はうっとりしたようやった。 「ああ……そうやった」  じゅう、と熱い何かが水に(ひた)されるような音がして、蔦子(つたこ)さんの()いている骸骨(がいこつ)からは、もわもわと、白く(おぼろ)(けむ)るような湯気(ゆげ)が立ちこめてきた。  それはだんだん、元の怜悧(れいり)な顔立ちの、すらりとした長身の男の姿(すがた)(もど)り、朧気(おぼろげ)に入り交じる、(ほね)と白い綺麗(きれい)(はだ)との二重写しの後に、ちゃんと元のとおりに服も着た、女予言者(おんなよげんしゃ)(すが)()く男になった。 「蔦子(つたこ)さん、俺の声は元通りやろうか」 「とっくの昔に元通りどす。なんも()ずかしがることおへんえ。たとえ()けた(ほね)のまんまでも、なんも(はじ)やない」  (いだ)いた男の細い絹糸(きぬいと)みたいな(かみ)()でてやりながら、蔦子(つたこ)さんは言い聞かせてた。(きび)しいけども、(やさ)しいような声やった。 「この子はなあ、()げようと思えば()げられたんや。位相(いそう)()えてゆけるんやから。そやけど()げへんと、(まち)の人らを別の位相(いそう)へずらして()がそうとしたようや。それで自分は()えおちてしもたんどす。(おぼろ)、あんたはなんでそんなことをしたんや。まだ思い出さへんか」 「わからへん……なんでやろう」  まだどこか、腑抜(ふぬ)けたままのような言い方で、(おぼろ)はぼんやり、(なや)口調(くちょう)やった。  わからへんのや。それは、ずいぶん、ぶっ(こわ)れてもうたんやなあ。アホでも分かるような事やのに。なんでわからへんのやろう。 「神やからやろ?」  可哀想(かわいそう)なってきて、俺は思わず教えてやった。  アキちゃんのおとんが、(わか)(ぎわ)にそう言うてたからとちゃうんか。  お前は神さんなんやで。(おに)やない。俺を助けてくれたやろ。人を愛してやってくれ。  そして、それを(わす)れんといてくれと、ひたすら(おが)(たお)すような声をして、おとんは何度も()(かえ)(たの)んでいった。  そりゃあ、別れ話というよりは、たぶん一種の遺言(ゆいごん)や。(おぼろ)はそれを守ってやろうとしたんやろ。  人を愛する神になろうとしてた。俺がアキちゃんのために、悪魔(あくま)やない、俺は神やと思いたかったように、こいつも神になろうとしたんや。 「そうやろか……。神? 俺はときどき、ほんまに邪悪(じゃあく)やで?」 「それはあんたのせいやおへん。神の性質(せいしつ)を決めるのは、それを(まつ)る人間のほうや。あんたが(けが)れた歌を歌う時は、それを望む人の心が(けが)れてるんどす。あんたは時代の波に翻弄(ほんろう)される神さんや。それでもきっと、偉大(いだい)な神になれます。あんたの(むね)に、愛があればな」 「愛か……蔦子(つたこ)さん、それは俺には、ようわからんのや」 「心配おへん。愛とはなんぞやと、あんたの(げき)()けばよろし」  蔦子(つたこ)さんはちょっと、(いど)むような目付きで、いきなりアキちゃんに話を()った。  でも、どう見てもアキちゃん、一時停止(ポーズ)かかってたで。  あまりにも度肝(どぎも)()かれてたんやろ。まさか自分が(ほね)()てたなんてな。まさにオカルト・ホラーの世界やもんな。普通(ふつう)やったら()えられへんで。  それでもアキちゃんは、もはや普通(ふつう)やなかった。  なんか物凄(ものすご)いモンを見てもうたという顔はしてたけど、それは決して、嫌悪(けんお)の顔ではなかった。  たぶんアキちゃんは、あまりにも()てしなすぎる、おとん有利(ゆうり)状況(じょうきょう)()()たりにして、もう()()う気さえのうなってもうたんやろう。  考えてんのか、(たん)にぼけっとしてもうたんか、しばらくの一時停止(ポーズ)続行(ぞっこう)ののち、突然(とつぜん)、はっとしたように、アキちゃんはまた(われ)に返った。 「()かんでも、そいつは元々知ってるやないか。(むね)にあったやろ……その……愛が」 「あれは、ただの血どすえ。あんたのお父さんの血や」  ほんまにその答えでええんかと、かまをかけてるような口調で、蔦子(つたこ)さんは教えてきた。  巫覡(ふげき)()うてる(しき)を血で(やすな)うけども、それはゴハンや。(はら)()るし、食わせへんかったら消えてまう(やつ)もおるから、()(じに)にせんように血をくれてやる。  それはただ式神(しきがみ)が、てめえの道具であり戦力で、(たの)みの(つな)奴隷(どれい)やからか。  家畜(かちく)(えさ)をやるように、アキちゃんは俺に血をくれたんか。

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