457 / 928

24-35 トオル

 そうやない。(おれ)も昔はただただ(はら)()り、それがつらくて行きずりの、名前も知らんような男の血も()うた。いっぱい()うてみたこともある。それでも全然(ぜんぜん)(はら)が満ちへんかった。  たぶん血を()妖怪(ようかい)どもは、赤血球(せっけっきゅう)とか血小板(けっしょうばん)とか、そんなただの体液(たいえき)()しくて()うてるわけやない。  その中に宿る生命力とか、霊力(れいりょく)とかを食らおうとしてる。  天地(あめつち)が人を愛し、生かしてやろうと(そそ)()んでる何か。アキちゃんが、(おれ)を生かしてやろうとして()(あた)えてくれる何かを。  せやからな、食わせろ(おれ)によこせって(おそ)いかかって、ありったけの血を(すす)ったところで、それは愛してもらって()(あた)えられた、ほんの一滴(いってき)ほども(はら)が満ちへん。  和合(わごう)でないとな、意味がないらしい。  おかんが(あか)(ぼう)(ちち)やるみたいなもんやないか。あれも元は血でできてるらしい。おかんも()()に自分の血を()わせてるわけや。  まだ自力では天地(あめつち)と、交歓(こうかん)でけへんかった(ころ)のアキちゃんも、秋津(あきつ)のおかんから山ほど血を()うた。(はら)ん中で五十年。  そうして、遺伝的(いでんてき)素養(そよう)にプラス、霊的(れいてき)な発育も良すぎて、とんでもない(げき)になって生まれてきたんや。  そうしてとうとう、(ふた)が開いた。アキちゃんが自分で自分に(ふた)してた、途方(とほう)もない力の()()(ぐち)が、ぽかんと開いてもうたんやから、もはやアキちゃんはただの人間やない。()めども()きぬ命の(いずみ)や。  たぶんその無限(むげん)霊力(れいりょく)で、何人だろうと(やしな)える。アキちゃんが(いと)しく思って、生きてくれと願う神がいれば、そいつに()しまず血をやって、(あが)(たてまつ)ってやれるやろう。  そしてどんな(おに)(へび)でも、()えてる時には分からんもんでも、満たされれば(さと)る。人の愛とは、なんて美味(うま)いもんなんやろか。もしや(おれ)にも、人を愛せんのやないかと。  アキちゃんのおとんは、タラシやったんやけどな。それには単に(わか)い男の、(おご)りや(よく)もあったんやろけど、根本的(こんぽんてき)には愛多(あいおお)き男やっただけや。  暁彦(あきひこ)様は、(おに)()るのが商売やった。それが血筋(ちすじ)(つと)めや。  せやけど、()りたくはない(おに)もおったんやろう。できれば殺しなんぞやりとうなかった。  (おに)とは(もう)せ神なれば、泣いて()るべし。おとんの手記(しゅき)にはそう書いてあったんやんか。(いや)やったんや。  そうして色々苦悩(くのう)してみて、ひとつの奇跡(きせき)を発見した。  たとえ(おに)でも、百パーセント悪いわけやない。(みな)さん事情(じじょう)はいろいろやから。中には悲しいような(おに)()る。(おそ)ろしい、美しい(やつ)()る。  そういうのを愛してやって、食いたければ(おれ)を食えと受け入れてやれば、あら不思議(ふしぎ)悪魔(サタン)やったもんが、いつのまにやら神さんに。(あら)ぶる神やったもんが(なご)んでもうて、デレデレしてたりする。  それならもう、殺さなあかんほどではないやろ。要観察(ようかんさつ)。せやけどもう、(おに)やない。  (せい)(じゃ)か、どっちなのやらわからんような、(きわ)めて(あや)しい(おぼろ)(りゅう)でも、(いと)しい相手の目と見つめ合うのに(いそが)しく、特に悪させえへんのやったら、(おに)やない。  まして命がけで人を守ろうというのやったら、それは(まぎ)れもない。神や。  つまりな。おとんの特技(とくぎ)(おに)タラシ。悪魔(あくま)やったもんを神さんに変える。  (きた)えに(きた)えた剣豪(けんごう)の、切れ味(するど)太刀捌(たちさば)きかて、もっぱら道場(どうじょう)で使うだけ。滅多(めった)()らへん。  せやしまあ、言うなれば、活神剣(かつじんけん)?  むしろ色事(いろごと)のほうの手練(てだ)れとして、ご活躍(かつやく)なさっていた(げき)なんやで。  たぶん、そのこともちゃんと、おとんの手記(しゅき)には書いてあったんやろけど。なんとジュニアは読んでない。  アホやなあ。読んどけちゃんと。親の言うことは聞いてやれ。たとえどんなアホみたいでも、おとんが実戦を通じて()たマル()テクニックなんやから。  おとんも愛の(いずみ)みたいな男やったんや。アキちゃんとおんなじ。()めども()きぬ命の(いずみ)。  その力をもって、おとんはいったい、どんだけの(おに)を神に変えたんやろか。  たぶん(おぼろ)もそういう(おに)一人(ひとり)やった。  そしてアキちゃんは、そのおとんの遺伝子(いでんし)を、しっかり()()いでいる。  (おれ)もたぶん、そういう(おに)一人(ひとり)やった。(おれ)が最初で最後ではない。それについてはもう、覚悟(かくご)を決めなあかんやろう。  しんどい話やけども、それがこいつの血筋(ちすじ)(つと)め。いやいや(したが)義務(ぎむ)ではのうて、自分から、そうせなあかんと思えるような(おに)と出会うてしまう、それがこいつの運命や。  そんな、とんでもない(やつ)を連れ合いとして、(おれ)永遠(えいえん)の愛を(ちか)ってもうた。  いかなるときもこれを(ささ)え、守り、理解(りかい)し、(たお)れれば助け起こして、二人三脚(ににんさんきゃく)、連理の(えだ)で、比翼(ひよく)の鳥として生きていく、そんな誓約(せいやく)を行うかと問われ、そうする(アイ・ドゥ)と答えた。  せやし、もう、アキちゃんの運命は、(おれ)の運命でもある。アキちゃんと(おれ)の運命の糸は、すでに()り合わされたんや。  アキちゃん本人がまだ自覚(じかく)していない、そんな運命の道筋(みちすじ)を、(おれ)はこの時たぶん、アキちゃんより先に、なんとなくやけど、(さと)ってもうてたと思う。(おれ)はどうも、独占(どくせん)したらあかん男をツレにした。自由に思うさま()(ぱし)らせてやらへんかったら、この子は生まれてきた意味がないやろう。

ともだちにシェアしよう!