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24-35 トオル
そうやない。俺 も昔はただただ腹 が減 り、それがつらくて行きずりの、名前も知らんような男の血も吸 うた。いっぱい吸 うてみたこともある。それでも全然 、腹 が満ちへんかった。
たぶん血を吸 う妖怪 どもは、赤血球 とか血小板 とか、そんなただの体液 が欲 しくて吸 うてるわけやない。
その中に宿る生命力とか、霊力 とかを食らおうとしてる。
天地 が人を愛し、生かしてやろうと注 ぎ込 んでる何か。アキちゃんが、俺 を生かしてやろうとして分 け与 えてくれる何かを。
せやからな、食わせろ俺 によこせって襲 いかかって、ありったけの血を啜 ったところで、それは愛してもらって分 け与 えられた、ほんの一滴 ほども腹 が満ちへん。
和合 でないとな、意味がないらしい。
おかんが赤 ん坊 に乳 やるみたいなもんやないか。あれも元は血でできてるらしい。おかんも我 が子 に自分の血を吸 わせてるわけや。
まだ自力では天地 と、交歓 でけへんかった頃 のアキちゃんも、秋津 のおかんから山ほど血を吸 うた。胎 ん中で五十年。
そうして、遺伝的 な素養 にプラス、霊的 な発育も良すぎて、とんでもない覡 になって生まれてきたんや。
そうしてとうとう、蓋 が開いた。アキちゃんが自分で自分に蓋 してた、途方 もない力の吹 き出 し口 が、ぽかんと開いてもうたんやから、もはやアキちゃんはただの人間やない。汲 めども尽 きぬ命の泉 や。
たぶんその無限 の霊力 で、何人だろうと養 える。アキちゃんが愛 しく思って、生きてくれと願う神がいれば、そいつに惜 しまず血をやって、崇 め奉 ってやれるやろう。
そしてどんな鬼 や蛇 でも、飢 えてる時には分からんもんでも、満たされれば悟 る。人の愛とは、なんて美味 いもんなんやろか。もしや俺 にも、人を愛せんのやないかと。
アキちゃんのおとんは、タラシやったんやけどな。それには単に若 い男の、奢 りや欲 もあったんやろけど、根本的 には愛多 き男やっただけや。
暁彦 様は、鬼 を斬 るのが商売やった。それが血筋 の勤 めや。
せやけど、斬 りたくはない鬼 もおったんやろう。できれば殺しなんぞやりとうなかった。
鬼 とは申 せ神なれば、泣いて斬 るべし。おとんの手記 にはそう書いてあったんやんか。嫌 やったんや。
そうして色々苦悩 してみて、ひとつの奇跡 を発見した。
たとえ鬼 でも、百パーセント悪いわけやない。皆 さん事情 はいろいろやから。中には悲しいような鬼 も居 る。怖 ろしい、美しい奴 も居 る。
そういうのを愛してやって、食いたければ俺 を食えと受け入れてやれば、あら不思議 。悪魔 やったもんが、いつのまにやら神さんに。荒 ぶる神やったもんが和 んでもうて、デレデレしてたりする。
それならもう、殺さなあかんほどではないやろ。要観察 。せやけどもう、鬼 やない。
聖 か邪 か、どっちなのやらわからんような、極 めて怪 しい朧 の龍 でも、愛 しい相手の目と見つめ合うのに忙 しく、特に悪させえへんのやったら、鬼 やない。
まして命がけで人を守ろうというのやったら、それは紛 れもない。神や。
つまりな。おとんの特技 は鬼 タラシ。悪魔 やったもんを神さんに変える。
鍛 えに鍛 えた剣豪 の、切れ味鋭 い太刀捌 きかて、もっぱら道場 で使うだけ。滅多 に斬 らへん。
せやしまあ、言うなれば、活神剣 ?
むしろ色事 のほうの手練 れとして、ご活躍 なさっていた覡 なんやで。
たぶん、そのこともちゃんと、おとんの手記 には書いてあったんやろけど。なんとジュニアは読んでない。
アホやなあ。読んどけちゃんと。親の言うことは聞いてやれ。たとえどんなアホみたいでも、おとんが実戦を通じて得 たマル秘 テクニックなんやから。
おとんも愛の泉 みたいな男やったんや。アキちゃんとおんなじ。汲 めども尽 きぬ命の泉 。
その力をもって、おとんはいったい、どんだけの鬼 を神に変えたんやろか。
たぶん朧 もそういう鬼 の一人 やった。
そしてアキちゃんは、そのおとんの遺伝子 を、しっかり受 け継 いでいる。
俺 もたぶん、そういう鬼 の一人 やった。俺 が最初で最後ではない。それについてはもう、覚悟 を決めなあかんやろう。
しんどい話やけども、それがこいつの血筋 の勤 め。いやいや従 う義務 ではのうて、自分から、そうせなあかんと思えるような鬼 と出会うてしまう、それがこいつの運命や。
そんな、とんでもない奴 を連れ合いとして、俺 は永遠 の愛を誓 ってもうた。
いかなるときもこれを支 え、守り、理解 し、倒 れれば助け起こして、二人三脚 、連理の枝 で、比翼 の鳥として生きていく、そんな誓約 を行うかと問われ、そうする と答えた。
せやし、もう、アキちゃんの運命は、俺 の運命でもある。アキちゃんと俺 の運命の糸は、すでに撚 り合わされたんや。
アキちゃん本人がまだ自覚 していない、そんな運命の道筋 を、俺 はこの時たぶん、アキちゃんより先に、なんとなくやけど、悟 ってもうてたと思う。俺 はどうも、独占 したらあかん男をツレにした。自由に思うさま突 っ走 らせてやらへんかったら、この子は生まれてきた意味がないやろう。
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