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24-36 トオル
お空の月を閉 じこめて、俺のもんやとこっそり愛 でても、俺はそれで満足かもしれへん。せやけど月はやっぱり、夜空にあって、誰 でもそれを眺 められるから、ええんやないか。
残念やけど、俺はほんまにそう思う。畜生 コノヤロウやけども、むちゃくちゃ悔 しいんやけども、ほんまに自然に、そう思える。
俺はたぶんほんまに、月を愛 でてる蛇神 で、お月さんがそれに、俺もお前が好きやと答える。その事が実は、ものすごい奇跡 みたいなもんやったんや。
「ただの血やけど……おとんはたぶん、愛してるから、こいつに血をやったんやろ。蔦子 さんもそうやろ」
まだまだ餓鬼 くさいような、渋々 の顔のまま、アキちゃんは嫌 そうに答えていた。そんな話、気恥 ずかしいんやろう。奥手 やからな、おとんと違 うて。
「あんたもそうどすか」
意地悪 いっぽい澄 まし顔 で、蔦子 さんは訊 き、アキちゃんを見下ろした。
「いや……何もこの状況 で、俺の話はせんでええやん」
アキちゃん、内心 ものすごオタオタしたのが丸わかりやった。そうや言うたら殺すけど、ここで咄嗟 に、そうやと言われへんとこが、まったくあかん若輩者 やねんなあ、ジュニアはな。
蔦子 さんはかすかに、にやりとした。
「ほな、まあ、それについては、どうでもよろし。この子は時々おかしいけども、それは名誉 の負傷 なんどす。大事にしてやっておくれやす」
汗 の浮 く青白い顔のまま、まだ抱 きついている|朧(おぼろ)の背 を撫 でてやって、蔦子 さんは聖母像 のような、静かな伏 し目 になっていた。
「ウチや竜太郎 の予知 が的中 するとしたら、たったの一日二日やけども、それでも|朧(おぼろ)は、あんたを選 んだわけやから。この子の|主(あるじ)として、最後まで勤 めを果 たしておくれやす」
「的中 しないなんてことが、あるんですか」
アキちゃんはその事を、さらりと訊 いていた。ただの興味 みたいやった。
なんとかして生 き延 びようというような焦 りは、なんでか知らん、あんまり無かった。
どうも俺が思うてるより、こいつは肝 が太いらしい。
「そんなことはない。竜太郎 もやけど、蔦子 さんも、予知 したものはほぼ百パーセント的中 させている」
今まで押 し黙 っていた眼鏡 の|式(しき)が、長い沈黙 に強 ばったような声で、反論 してきた。
女主人を守りたいらしい。それはいかにも|式(しき)らしい、下僕 の言い分やったわ。
「いいや、啓太 。そんなことはおへん。九十九パーセントくらいやろう」
苦笑 いして、蔦子 さんはたしなめた。
「そうやで。姐 さん……暁彦 様の死の予知 も、結局外 れたやないか?」
いまだに熱あるみたいな顔色で、|朧(おぼろ)がぼんやりと口を開いた。それでも少しは、正気 に返ってきたらしい。虚 ろに見える暗い目にも、なんとなく普段 の鋭 さが蘇 ってきていた。
「外 れましたやろか?」
「外 れたで。蔦子 さんは、暁彦 様が戦死 すると言うてたやないか。あれは戦死 やないやろ。入水自殺 や」
ぼんやりした口調 の中にも、刺々 しいような何かがあった。
蔦子 さんはそれに、苦笑 したようやった。うつむく赤い唇 が、髪 に隠 れる合間 から、にやりとしていた。
「自殺 やおへんえ。人身御供 や。秋津 の|覡(げき)には代々、そういう因縁 があるんどす。アキちゃんは|異国(とつくに)の|海神(わだつみ)に助力 を乞 うため、自分の命を差 し出したんや」
「でもそれは戦死 やない。もう戦争 は終わってた。暁彦 様が死んだとき、もう戦争 は終わってたんやで。それは戦死 やない。厳密 に言えば違 う」
細 かいとこやのに、|朧(おぼろ)はものすご執念 のある口調で、重箱の隅 をほじくっていた。蔦子 さんは苦笑 の顔のまま頷 いてやり、|朧(おぼろ)をなだめた。
「そうどすなあ。確 かにそうや。あんたの言うとおりどす。ウチが未来を視 る力は、文字通り視 るだけですのや。目にしたものの意味合いは、自分で考えなあかん。アキちゃんは出征 したのやし、そこで水死 しておいやしたやろ。せやしウチは、それが軍艦 が撃沈 されたせいやと早とちりしたんどす。実際 、同じ艦隊 には、沈 んだ|艦(ふね)もあったんどす」
噛 んで含 めるように言うてる蔦子 さんの話を、ぼんやり聞いて、|朧(おぼろ)はそれに、ぱっと見、話繋 がってないような返事をした。
「竜太郎 が言うてたけど、タロット占 いって、全くおんなじカードが出ても、それを視 る占 い師 によって、違 う結果を読み取るらしいやん」
へえ、そうなんや。俺はそんなん知らんかった。朧 様の豆知識 コーナーやったな。
ていうか結構 余裕 やん。そんな雑談 するなんて。
ほんならもう大丈夫 なんかな。俺はそのことに、ちょっぴりホッとしていた。まさか兄 さんこのまま、ずっとイカレっぱなしなんかと、少々心配になってきてたもんで。
さすがにいつまでも抱 きついてんのは変やと、湊川 怜司 は気がついたらしい。
ふらりと離 れて、床 に座 り込 んだまま、すぐ後ろに座 ってた、氷雪系 の脚 に背 を持たれかけさせた。
眼鏡 はそれを避 けへんかった。そういやこれもデキてんのやった。ややこしすぎるな、海道家 。
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