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24-37 トオル
「リーディングっていうんやろ? 出た札 の意味を読み取ること。蔦子 さんは、暁彦 様の死の予知 で、リーディングをミスったんやろ」
「そうとも言えますなあ」
「その時、艦 に、代わりに生 け贄 になれるような式 が残ってたら、あいつは死なんですんだんやないか。蔦子 さんがミスってなけりゃ、水煙 は俺を従軍 させたやろ。俺は戦闘 能力 はないんやから、戦って死んだ連中 とは違 うて、きっと生き残っていた。そして最後の最後で、あいつは俺を生 け贄 にして、呉 の港 に生還 することもできたやろう」
「あんた、ウチのことも恨 んでますのんか」
悲しそうに苦笑 している蔦子 さんは、妖艶 に見えた。気 の毒 なカッサンドラや。もしも朧 に恨 まれてるんやったら。
しかし朧 は別に、誰 も恨 んでへんようや。こいつは、けろっとしてて後腐 れがないところが、取 り柄 らしい。
「いや、そうやのうて。後悔 してるんや。うだうだ言わずに大人 しく、俺も連れて行ってもろとけばよかったなと思て。そしたら今ごろ、全然違 う事になっていたかもしれへん」
「あんたが死んでて、アキちゃんが生きていたという意味どすか。あの子があんたを生 け贄 にやったと思うんか」
「あいつが嫌 でも、水煙 様がそうしろて言うやろ。あいつは水煙 の言うなりやしな、そうなれば拒 まへん」
「そんなことおへん。それはあんたの僻 みどす。水煙 は生 け贄 には自分をやるよう命じたそうや。それでもご神刀 を捨 ててまで、生きて帰るのは恥 やと言うて、アキちゃんは自分が死ぬことにしたんや」
「そんな話、誰 から聞いた作り話や」
「アキちゃんからどす」
皮肉 に否定 してきた朧 の言葉を、蔦子 さんは強く、凜 とした姿勢 のいい立 ち姿 のまま、きっぱり蹴 り返 していた。
そのお返事 に、朧 ははっきり顔をしかめていた。
「会 うたんか、蔦子 さん」
「会 いましたえ。会 うたらあかん訳 がありますやろか。うちにとってはアキちゃんは、幼馴染 みで、従弟 なんやから」
「平気なん。自分を振 った男に会うて」
「平気どす。昔の話や。それにウチは今は幸せやからな。愛 しい夫もおれば、子も成 して、住まいは聖地 ・甲子園 どすえ。何の不足 があるやろか」
平気で澄 まして、蔦子 さんはいかにも充実 してるっぽかった。それに朧 は困 ったような、寂 しそうな顔をして、ちっと小さく舌打 ちをした。
「ひどいなあ。姐 さんは仲間やと思うてたのに」
「悔 しかったらあんたも幸せにおなり」
そうは言われても。朧 はじっとり項 垂 れていた。その汗 ばんだふうな白い項 を、ソファに腰掛 けている虎 と氷雪系 が、じっと黙 って見下ろしていた。
なんかな。なんか。ややこしそうな視線 の絡 みやったわ。
やっぱり、ややこしすぎるよな、海道家 。よかった、こんな家の式神 にされんで済 んで。
と思って目を当家 に戻 してみたところ、アキちゃんまでややこしそうやった。
てめえはほんまに。そんなややこしい相関図 を描 きに参加してる場合やないよ。変な矢印 が、チクチクいっぱい絡 み合 っている。
「幸せにって、簡単 に言うけど、どうやってなるの。姐 さんが、俺には凶 と出る占 いばっかりしやがるんやんか。暁彦 様も死んでまうしやな。その子の健 やかな成長でも祈 りつつ逝 こうみたいなのも、あかんあかん予知と違 うからでアウトなんやろ。ほんで信太 も死んでまうんやろ。姐 さん絶対 俺に何か恨 みがあるんやで」
俺もいますがと言いたくなったんやろう。氷雪系 はなにげなくはある仕草 で手をのばし、見下ろしていた朧 の首筋 を撫 でた。やんわり肩 を揉 むような、その指を、朧 は全然 拒 んでへんかった。
信太 はそれから目を背 けてた。興味 がないように、ふと目をそらし、コーヒーテーブルの上にあったクリスタルの灰皿 を、じっと見つめた。
でもそれを見る理由は、その時なんにもなかった。だから単に、他 の何かに目を逸 らしたいだけのことやったやろう。
虎 は心中 複雑 らしい。いまだにぐっすりお休みの、赤毛の鳥を肩 にとまらせ、ものすごお熱いようやったけど、しかしこいつも未練 があるらしい。
はっきりさせたらあかん何かが、この家の相関図 にはあったんかもしれへん。亨 ちゃん、空気読めへんで、余計 なことしちゃったらしいわ。
せやけどそんな、訳 の分からん朧 な世界のまま、もやもや生きてて幸せか。
不幸せではないやろうけど、それではあんまり煮 えきらん。
俺は自分が、めちゃめちゃ熱い、燃 えるような恋 しちゃってるだけにな、そうでない奴 らが気 の毒 そうに見えたんや。それで善意 のつもり。
なのに、今ここで、お幸せそうな面 しとんのは、ぐうぐう寝 てる鳥さんだけやなあ。
暢気 なもんやで、寛太 。ものすごい話が頭上を飛 び交 っとんのに、愛 しい兄貴 の胸 で眠 れれば、それでぐっすり大安眠 か。ほんまになんか、子供 みたいなやつや。
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