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24-38 トオル
でも今、寛太 が幸せらしいことは、寝 ている顔を見れば分かった。うっすら微笑 んでるような顔をしていて、もう、何の悩 みもないようやった。
こいつは知らんらしい。愛 しい兄貴 が未 だに、朧 様に未練 たらたらなのは。
信太 はそれを、鳥には隠 してんのやろなあ。それは愛か。それとも老獪 な虎 の、ただの狡 さか。
「死んでまうのか、本間 先生も結局 ……海神 の餌 か」
長い睫毛 に煙 るような目で、朧 はそれを惜 しむように、アキちゃんをじっと見てきた。
「因縁 て、あるんやな」
アキちゃんはその目と向き合うて、ぽつりと皮肉 に答えてた。それからはもう、逃 れられんと思うてるようやった。
気付くと俺は、眉間 にくっきり皺 出てた。
なんやろうこの、お通夜 みたいなムードは。超 暗い。まるでもうアキちゃん死ぬのは確定 やみたいな話になってる。
そんなわけない。うちのツレが死ぬわけないやんか。不死人 やねんから。
怜司 兄 さん、その件 すっかり忘 れてもうたんか。
「アキちゃん、あのな……」
じゃあ、しゃあないし俺が言うかと思って、俺もとうとう口を開いた。なんか喉 乾 いてもうて、声枯 れてたで。来客 に水も出んのか、分家 では。
「死なへんで、お前は。忘 れてたんやけど。不死 になってるんやで」
「はぁ?」
ほんまに、ものすご意外なとこからの豆鉄砲 を食らったみたいに、アキちゃんはびっくりしていた。
俺はなんとなく気まずくなって、目を合わせずに床 を見ていた。
「その……なんや。俺と入り交 じりましたので、不老不死 になってるはずやねん。俺な、死んでも、生き返ったやろ。海道家 で、お前にぶっ殺されました時」
皆 さん、あんぐりしておられました。
やっぱなあ。不死 というのはキテレツなんかなあ。普通 は死んだらそれっきりやもんなあ。
実は死んでも死んでも蘇生 しますねんというのも、なんや無節操 っぽいよなあ。
でも便利 やで。十一階から落ちても死なんのやから。いや、死ぬけど、自動的に生き返るから。死ぬほど痛 いのを我慢 できれば、まあ、平気やな。
めっちゃ痛 いで、言うとくけど。朝起きてベッドに足の小指ぶつけるのの、数百万倍は痛 い。もっとかな。何億万倍とかかな。もっとかな。まあええか、それは。
「あん時……お前、ほんまに死んでたんか?」
あんぐり続行中 の氷雪系 にそう訊 かれた。死んでへんのやと思われてたみたい。常識的 やな。
でも俺、死んでたよ。心臓 止まってたもん。ただそれが平気やっただけで。ごめんやで、そんな非常識 な肉体で。でも、そういう外道 なんやからしゃあない。
「不老不死 」
ものすご呆 れた。呆 れ果 てた。もしくは息すんの忘 れるくらい驚 いている。そんな顔で、蔦子 さんが呟 いて、アキちゃんを睨 んでいた。
「不老不死 ?」
また訊 かれたけど、アキちゃんは蔦子 おばちゃまに頷 いたもんかどうか、困 ってるようやった。
知らんよな。死んだことないもんな。確信 とか、実感 はないよ。自分がそういう無茶 な体になってることなんて。
ただ血吸 うようになって、エロなって怪力 なっただけと思うてたんやろ。俺も思ってた……。
だって俺かて、なるべく死なんようにはしてるもん。だって痛 いし苦しいんやもん。
それに、そんなん、見るからに化けモンみたいやろ。ホラーすぎやで。藤堂 さんだってドン引きしていた。十一階から落ちた俺が、どう見ても死んでないとあかん、ゴハン時にはお目にかけられへん感じやのに、それでも喋 ってんのを見て。恐怖 してたで。
あいつが今、俺のことを平気で抱 けるのは、あいつも外道 になってるからや。無節操 な不死人 に。あいつもモンスターやから。
そうなるのを怖 れて、藤堂 さんは俺を拒 んでたんやないか。普通 の人間にとって、俺みたいなのは忌 まわしいんや。
蔦子 さんにとっても、そうかもしれへん。アキちゃん並 みのキャパはないんやないか。いくらなんでも、人間なんやしな。
「とうとう、血筋 にそんな子が。ようやりましたなあ、坊 ! ウチはあんたを見直 した」
人間である前に秋津 の女やったわ、蔦子 さん。見直 しちゃったみたい。
アキちゃん、ぽかんとしていた。ますますリアクションに詰 まっていた。
「竜太郎 がなあ、あんたを好きなようなんどす。よしなさいと言うてましたんやけど、うちも気が変わりそうや。あんたと和合 したら、あの子も不老不死 になれますやろか」
「ちょっと待って、蔦子 さん……」
アキちゃん、目眩 してきたみたい。おでこ押 さえて汗 出てた。
俺もちょっぴり汗 出てました。だって、蔦子 さん。なんという、無茶 なおかんや。中一の息子 が、本家 の坊 とアレしたら不老不死 になれそうやし、いっとけみたいな話か。
なんて理解 のあるご家庭やろか。どないなっとんねん、お宅 の教育。
「なんでそんな話になんの?」
訊 ねるアキちゃんは哀 れっぽかったで。普通 やないよそれはと、指摘 したいんやけど、そんなんもう、とっくに越 してもうてる話すぎ。
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