462 / 928
24-40 トオル
でもまあ、それに全く気付かん鈍感 さで、真面目 に言うてるアキちゃんが、俺は可愛 い。アホかと思うけど、アホな子ほど可愛 いっていうアレか。
蔦子 さんが、そんな見 え透 いた嘘 みたいなのに、納得 したんかどうか。
それでもとにかく、納得 したという顔で、海道 蔦子 はうつむいた。そして、どさりとまた籐椅子 に腰掛 けた。なんとはなしに、気が抜 けたという、うっすら渋 い顔をして。
「わかりました。しかたのないことどす。あんたが竜太郎 を好きになられへんというのやったら、どうしようもない。アキちゃんも、ウチには食指 が動かんかったようやし、あんたもその血を継 いでんのやろ。縁 がないんや」
小さく首振 って言いつつ、蔦子 さんは呟 いた。あの子も可哀想 にと。
竜太郎 のことやろう。蔦子 さんには、あの子と呼 んでる相手が多い。せやけどそれは、おかんの顔やった。失恋 しそうな我 が子 のことを、哀 れんだんやろう。
なんやちょっと、肩身 が狭 い。
竜太郎 は確 かに、アキちゃんにマジやろう。餓鬼 ならではの激 しい思いこみとピュアな情熱 で、突 っ走 ってるだけかもしれへんけども、それでも恋 は恋 やしな。
一生懸命 なちびっ子が、がっくり来るんやと思うと、俺もちょっと可哀想 やなあとは思う。だってあいつは命がけでアキちゃんを救 おうとしてんのやからな。
「もう、よろし。それはもう、今この場でなく改 めて」
改 められちゃうんや。アキちゃんはものすごく汗 かいていた。
気まずい脂汗 。どうもそれだけやないらしい。暑いんや。
それこそ熱でもあんのか。すぐ隣 にあるアキちゃんの体が、異様 に熱いような気がした。
もともと体温高めらしい男なんやけどな。アキちゃんは、いつ抱 きついても温かい。暑がりやしな、冬でもけっこう薄着 やし、夏なんかガンガンにクーラーかけてる。
だけど何や、この時は、火の玉でも呑 んでもうたみたいに、めらめら燃 えてた。
いつもやったら、ほんのり淡 い、白い光のようなもんが、アキちゃんの体から漏 れている。それがめちゃめちゃ強くなってる。後光 さしてるみたいに見える。全身から、ほとばしるように、霊力 漏 れてる。
部屋 を出る前、俺と朧 様とで、さんざん血吸 うといてやったから、しばらく大人 しかったみたいやけど、アキちゃん、また溜 まってもうたんか。
人間にはそれが目に見える訳 ではないんか、蔦子 さんはなんとも思ってないようやった。
そやけど、暑い、どないしようって、頭を抱 えたアキちゃんの手の平あたりから、だらだら漏 れてくる水なんか光なんか、よう分からん見た目の流れ落ちる霊力 は、それが湧 き出 る原泉 で、アキちゃんは池の真ん中に置いてある飾 りの人形かなんかみたいに、溢 れ出 てきた精気 の水たまりの真ん中に、ぐったり堪 えた顔で座 り込 んでいた。
目をぱちぱちさせて、朧 様が向かいの床 から、アキちゃんを見てた。キラキラ光る細かい粒子 があるような、ひとすじの水の流れが、するする伸 びて、座 り込 んでる朧 のほうへと、すすんでいってる。
他 にも蜘蛛 の巣 か、網 の目みたいに絡 み合 うてる細い流れを、その生きてるみたいな水たまりは、微 かに脈打 ちながらのばし始めた。
「先生。大丈夫 か。めちゃめちゃ漏 れてるで」
ぽかんとして、朧 はアキちゃんを見上げた。
はじめ、汗 やと思えたもんは、汗 やなかった。アキちゃんの肌 から清水 のように、しみ出てきてる霊力 が、水の流れのように見えてただけで。
アキちゃんの服も髪 も、見た目には乾 いてるのに、俺の目に映 るアキちゃんは、滝 かシャワーの中にでも居 るように、全身濡 れそぼって見えた。
アキちゃん自身から何か湧 いてる。
それは悪いもんには見えへんし、むしろものすごい甘露 の匂 う、いただきまぁすみたいな桃 缶 のシロップ的なもんに見えるんやけど、でも、そんなもんダラダラ湧 いてる人間なんか見たことない。
そしてアキちゃんは、つらそうな顔をしていた。
俺はそれに、軽くオタオタしてきていた。触 ってええのかどうか。
でも心配で、俺は思わずアキちゃんの腕 に触 れていた。
ひやりと冷たいような、煮 えて熱いような、不思議な感触 がした。
人間ではない、神や鬼 に触 れるとき、そういう感触 がする。水煙 に触 ると、そんな感じがするんや。それとすごく良く似 た感触 やった。
俺はそれにも、ぎくりとした。
アキちゃんは元々、人間やなかったんとちゃうか。俺が人間やと思うてただけで、アキちゃんもそう思いこんでいただけで、実は違 ったんやないか。
自分の与 えられている力のほとんどを、自己暗示 で封印 していた。俺は普通 の人間やと、ずっとそう言い聞かせてきた子やし、そんな呪縛 がめちゃめちゃ効 いて、人間みたいなふりをしていた。
せやけど実は、なまじっかな物 の怪 よりも、ずっと人間離 れした、まるで神さんみたいな霊力 を、持って生まれてきた子なんやないか。
「アキちゃん……なんか言うて。苦しいんか?」
思わず悲しい顔になってもうて、俺はアキちゃんの体を揺 すった。
アキちゃんは雨中 の男のように、びっしょり濡 れた顔をして、俺を見つめた。
ともだちにシェアしよう!