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24-40 トオル

 でもまあ、それに全く気付かん鈍感(どんかん)さで、真面目(まじめ)に言うてるアキちゃんが、俺は可愛(かわい)い。アホかと思うけど、アホな子ほど可愛(かわい)いっていうアレか。  蔦子(つたこ)さんが、そんな()()いた(うそ)みたいなのに、納得(なっとく)したんかどうか。  それでもとにかく、納得(なっとく)したという顔で、海道(かいどう)蔦子(つたこ)はうつむいた。そして、どさりとまた籐椅子(とういす)腰掛(こしか)けた。なんとはなしに、気が()けたという、うっすら(しぶ)い顔をして。 「わかりました。しかたのないことどす。あんたが竜太郎(りゅうたろう)を好きになられへんというのやったら、どうしようもない。アキちゃんも、ウチには食指(しょくし)が動かんかったようやし、あんたもその血を()いでんのやろ。(えん)がないんや」  小さく首()って言いつつ、蔦子(つたこ)さんは(つぶや)いた。あの子も可哀想(かわいそう)にと。  竜太郎(りゅうたろう)のことやろう。蔦子(つたこ)さんには、あの子と()んでる相手が多い。せやけどそれは、おかんの顔やった。失恋(しつれん)しそうな()()のことを、(あわ)れんだんやろう。  なんやちょっと、肩身(かたみ)(せま)い。  竜太郎(りゅうたろう)(たし)かに、アキちゃんにマジやろう。餓鬼(がき)ならではの(はげ)しい思いこみとピュアな情熱(じょうねつ)で、()(ぱし)ってるだけかもしれへんけども、それでも(こい)(こい)やしな。  一生懸命(いっしょうけんめい)なちびっ子が、がっくり来るんやと思うと、俺もちょっと可哀想(かわいそう)やなあとは思う。だってあいつは命がけでアキちゃんを(すく)おうとしてんのやからな。 「もう、よろし。それはもう、今この場でなく(あらた)めて」  (あらた)められちゃうんや。アキちゃんはものすごく(あせ)かいていた。  気まずい脂汗(あぶらあせ)。どうもそれだけやないらしい。暑いんや。  それこそ熱でもあんのか。すぐ(となり)にあるアキちゃんの体が、異様(いよう)に熱いような気がした。  もともと体温高めらしい男なんやけどな。アキちゃんは、いつ()きついても温かい。暑がりやしな、冬でもけっこう薄着(うすぎ)やし、夏なんかガンガンにクーラーかけてる。  だけど何や、この時は、火の玉でも()んでもうたみたいに、めらめら()えてた。  いつもやったら、ほんのり(あわ)い、白い光のようなもんが、アキちゃんの体から()れている。それがめちゃめちゃ強くなってる。後光(ごこう)さしてるみたいに見える。全身から、ほとばしるように、霊力(れいりょく)()れてる。  部屋(へや)を出る前、俺と(おぼろ)様とで、さんざん血()うといてやったから、しばらく大人(おとな)しかったみたいやけど、アキちゃん、また()まってもうたんか。  人間にはそれが目に見える(わけ)ではないんか、蔦子(つたこ)さんはなんとも思ってないようやった。  そやけど、暑い、どないしようって、頭を(かか)えたアキちゃんの手の平あたりから、だらだら()れてくる水なんか光なんか、よう分からん見た目の流れ落ちる霊力(れいりょく)は、それが()()原泉(げんせん)で、アキちゃんは池の真ん中に置いてある(かざ)りの人形かなんかみたいに、(あふ)()てきた精気(せいき)の水たまりの真ん中に、ぐったり(こた)えた顔で(すわ)()んでいた。  目をぱちぱちさせて、(おぼろ)様が向かいの(ゆか)から、アキちゃんを見てた。キラキラ光る細かい粒子(りゅうし)があるような、ひとすじの水の流れが、するする()びて、(すわ)()んでる(おぼろ)のほうへと、すすんでいってる。  (ほか)にも蜘蛛(くも)()か、(あみ)の目みたいに(から)()うてる細い流れを、その生きてるみたいな水たまりは、(かす)かに脈打(みゃくう)ちながらのばし始めた。 「先生。大丈夫(だいじょうぶ)か。めちゃめちゃ()れてるで」  ぽかんとして、(おぼろ)はアキちゃんを見上げた。  はじめ、(あせ)やと思えたもんは、(あせ)やなかった。アキちゃんの(はだ)から清水(しみず)のように、しみ出てきてる霊力(れいりょく)が、水の流れのように見えてただけで。  アキちゃんの服も(かみ)も、見た目には(かわ)いてるのに、俺の目に(うつ)るアキちゃんは、(たき)かシャワーの中にでも()るように、全身()れそぼって見えた。  アキちゃん自身から何か()いてる。  それは悪いもんには見えへんし、むしろものすごい甘露(かんろ)(にお)う、いただきまぁすみたいな(もも)(かん)のシロップ的なもんに見えるんやけど、でも、そんなもんダラダラ()いてる人間なんか見たことない。  そしてアキちゃんは、つらそうな顔をしていた。  俺はそれに、軽くオタオタしてきていた。(さわ)ってええのかどうか。  でも心配で、俺は思わずアキちゃんの(うで)()れていた。  ひやりと冷たいような、()えて熱いような、不思議な感触(かんしょく)がした。  人間ではない、神や(おに)()れるとき、そういう感触(かんしょく)がする。水煙(すいえん)(さわ)ると、そんな感じがするんや。それとすごく良く()感触(かんしょく)やった。  俺はそれにも、ぎくりとした。  アキちゃんは元々、人間やなかったんとちゃうか。俺が人間やと思うてただけで、アキちゃんもそう思いこんでいただけで、実は(ちが)ったんやないか。  自分の(あた)えられている力のほとんどを、自己暗示(じこあんじ)封印(ふういん)していた。俺は普通(ふつう)の人間やと、ずっとそう言い聞かせてきた子やし、そんな呪縛(じゅばく)がめちゃめちゃ()いて、人間みたいなふりをしていた。  せやけど実は、なまじっかな(もの)()よりも、ずっと人間(ばな)れした、まるで神さんみたいな霊力(れいりょく)を、持って生まれてきた子なんやないか。 「アキちゃん……なんか言うて。苦しいんか?」  思わず悲しい顔になってもうて、俺はアキちゃんの体を()すった。  アキちゃんは雨中(うちゅう)の男のように、びっしょり()れた顔をして、俺を見つめた。

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