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24-41 トオル
「苦しくはないねんけど……なんや急に頭がぼうっとしてきた。やばい気がする。どこまでが自分なんかわからへん」
震 える目つきで、アキちゃんは俺を見て、身震 いを堪 えてるような様子 を見せた。
「危 ないで、蔦子 さん。本間 先生、蕩 けそうになっている」
信太 が真面目 な顔をして、深刻 そうにそう言うた。
蕩 けそうって、アイスクリームやないんやから。アキちゃんが蕩 けそうになるのって、俺とヤってる時くらいでさ、普通 はそんなのならへんのとちがう?
せやけど虎 は、そんな、うっふんみたいな意味で言うてる訳 やなかった。深刻 そのものの顔やった。
「昔、大陸で見たことがある。一気にものすごい霊力 を浴びると、人間て蕩 けてまうんや」
「蕩 けるとは?」
「溶 けるねん。なんというか。どろどろに」
怖 いこと言うな信太 。そんなもん見たことあんのか!
俺やったら怖 くて一人 でトイレ行かれへんようになる!
俺はトイレは行かへんけどな、どうせ。
「昔、俺が仕 えた中国の帝 が、不老不死 の霊薬 を作るとかいうて、霊的 な方陣 を組ませて、人を溶 かしたことがある。童貞 の餓鬼 ばっかり何千人も。練丹 術 とかいうんやけども。それを煮詰 めに煮詰 めて、抽出 した丹薬 を飲めば、不老不死 になれるんやとか。でもまあ実際 にはなられへんで、飲んでから割 とすぐ、えっらいことなって死んでもうたんやけど。他 にも水銀 やら玉 やらな、強い霊 力があるとか言うて、化けモンの肉食うてみたり。やったところで、一般人 には普通 は消化でけへんのやから、体のほうが壊 れてまうんやけどな。腹 壊 す程度 やったらええけど、水銀 とかはなあ。金属 がイケてんのは確 かにそうやけど、水煙 なんかも鉄 やろう。でも、普通 の人間があんなん食うたら命ないですよ。どろっどろやで。どろっどろになる」
詳 しく言うな。チビるから。
虎 はずぶ濡 れなってるアキちゃんに、真面目 に言うてやってるようやったけど、アキちゃんは、あまりにしんどいらしくて、聞いてんのかどうか謎 やった。
まさか溶 けかかってんのか。
俺はアキちゃんの腕 を握 る指に、おそるおそる力を込 めてみたけど、別にいつもの通りの感触 やった。ただ濡 れてるだけ。バターみたいになってたら、どないしようかと心臓 バクバクしたわ。
「とにかくですよ、本間 先生。人間の肉体は、度 を超 えた霊力 には耐 えられへんようにできてる。霊威 が上がったら、それに合わせて体も鍛 えて、仙人 になるか、肉体を捨 てた霊体 になって、彼岸 で神か仏 にでもなるしかないよ。現世 で普通 の人間の肉体のまま、神様レベルの力を持つなんてのは、ありえへんやろ。蕩 けるわ。意味なく霊力 垂 れ流 さんと、蛇口 閉 めといたほうが良くないですか?」
修行 を積んだ巫覡 が、仙人 になって、神仙 の世界へ昇 るとか、仏教 の坊 さんがあまりに深く悟 りをひらいて、仏 さんになってまうとか、キリスト教の徳 の高い聖人 が、天に昇 るとか、ギリシア神話の英雄 が、あまりにイケてて星座 になってしまうとか、そういう話、あるやんか。
人間の中にもズバ抜 けていて、人の子として生まれながら、途中 から神か人かわからんようになってくる連中がいてる。生き神様や。
キリスト教の教祖 のイエス様かて、元は普通 の男の子やで。大工 さんちのひとり息子 やったんや。三十路 に入るくらいまでは、神様に愛されがちの、ちょっぴり不思議ちゃんなりに、普通 に大工 さんちの子として生きてはったんやで。
それが三十路 越 えたころ、どうにもこうにも霊威 が増 してもうて、しゃあないし、やろか、ということで、教祖 デビュー。
それで何やかんやあって、どんどん霊威 が高まってもうて、信者 もうじゃうじゃできてもうて、救世主 や神の子や、生き神様やと信仰 されすぎちゃって、当時の政治家 や、えらい坊 さんとかと一悶着 も二悶着 もありいのやけど、挙 げ句 に死刑 にされちゃったりしたんやけど、もはや只人 やない。死んだはずやのに、三日くらいで復活 してもうた。墓 から出てきちゃったんやで。
死なんで良かった。せやけどもう、そんな非 一般的 な肉体では、人界 に留 まってられへん。もう昇天 するし、さようなら言うて、弟子 たちとか、おかんのマリアとかに、一通り挨拶 してから、天界 へと去った。ご昇天 や。
それからどこ行ったか俺は知らんけど、たぶん天界 におるんとちゃうの?
時たま、奇跡 やいうて、人界 にチラッとご登場したりすることもあるらしいけど、それも誰 にでも見える訳 やないらしい。信仰 深い、そして霊感 強い奴 にだけ見える。
もっと本格的 にご登場すれば、一般人 にかて、神人 や天人 が見えるけど、あんまり霊威 が高すぎる神が、人界 をうろうろするのには害 もある。ひ弱 な人間様が、神人 の強すぎる霊威 に当てられて、体壊 したり心壊 したりしたら可哀想 やろ。
せやから、そんなん、滅多 にしはらへんねん。ほどほどに霊威 を絞 った天使 を遣 わすとか、夢 で落ち合 うてお告げを受けた人間のメッセンジャーに、仕事を頼 むのが一般的 やな。
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