464 / 928

24-42 トオル

 それ、預言者(よげんしゃ)とかいうらしい。  イエス様も元々は預言者(よげんしゃ)やったし、イスラム教の教祖(きょうそ)になったモハメッド様もそうや。  預言者(よげんしゃ)と予言者(よげんしゃ)は別モンやで。ほんまに知りたかったら遥(よう)ちゃんにでも聞いて、あいつ神学者(しんがくしゃ)なんやから。  とにかくな、よう考えてみたら、アキちゃんかて今は預言者(よげんしゃ)や。だってヤハウェからの依頼(いらい)で、鯰(なまず)と龍(りゅう)を退治(たいじ)する仕事を請(う)けた。  いろんなメッセンジャーを経由(けいゆ)してやけどな。  だって、ヤハウェ級(きゅう)の神さんが直々(じきじき)にお告げに現(あらわ)れるというのは、人界(じんかい)に支障(ししょう)がありすぎて、絶対(ぜったい)ありえへんのやから。  ウラヌスやプルトーが降臨(こうりん)するようなもんやで。もっとかもしれへん。  だってギリシア神話の神々を、知識(ちしき)やのうて神として信仰(しんこう)してる人らの数と、ヤハウェを祀(まつ)っている人数とを考えてもみろ。未(いま)だに人界(じんかい)に活(い)きている神やからな。  人づてとはいえ、そんなヤハウェの依頼(いらい)を受けた。これがアキちゃんの、覡(げき)としての本格的(ほんかくてき)な、最初の仕事やった。どえらい依頼人(いらいにん)が来たもんや。お客様はほんまもんの神様やないか!  もともとヤハウェは素養(そよう)のあるやつを選んでんのや。大仕事(おおしごと)を頼(たの)むのに、その能力(のうりょく)のない奴(やつ)にやらせても気(き)の毒(どく)やしな。やればできる子を探(さが)し出(だ)して頼(たの)む。そういうふうになってるらしい。  実際(じっさい)アキちゃんは、やればできる子や。できすぎてる。  ものすご覚醒(かくせい)してもうてる。霊力(れいりょく)ダダ漏(も)れしてる。  漲(みなぎ)りすぎてる。蕩(とろ)けかけてる。  触(ふ)れた肌(はだ)が、濡(ぬ)れてるはずやのに、ものすご熱い。人間の体温と思われへん。灼(や)けた鉄(てつ)みたい。熱い。火が出えへんのが嘘(うそ)みたい。  俺はもう触(さわ)ってられへんようになってきた。気持ちの上では、しっかりしてえなアキちゃんて、縋(すが)り付(つ)きたいけども、灼(や)けた鉄(てつ)に抱(だ)きつける奴(やつ)、おるか。おらへんやろ。  俺はそういうふうにはできてへん。水属性(ぞくせい)やねん、度(ど)を超(こ)えた熱には弱い。 「めっちゃ熱いで、アキちゃん! どないなってんのやこれは」  俺が焦(あせ)って叫(さけ)んでいると、瑞希(みずき)ちゃんもびっくりしていた。  こっちは熱いの平気らしかった。腹立(はらだ)つ、俺を押(お)しのけやがって、どうしたんや先輩(せんぱい)と、めっちゃ馴(な)れ馴(な)れしくアキちゃんの肩(かた)を握(にぎ)りにいった。 「やばい、燃(も)えてる。普通(ふつう)の人間やったら発火(はっか)してんで。先輩(せんぱい)、止めなあかんよ!」 「止め方が……わからへんねん」  ぼんやり答えるアキちゃんは、案外(あんがい)まだまだ平気そうな、しっかりした声やった。  この子はやっぱり普通(ふつう)の人間やない。俺のせいで外道(げどう)になってるせいもあるかもしれへんけど、一種の超人(ちょうじん)やったんや。  肉体のほうの強靱(きょうじん)さも並(な)みでない。秋津(あきつ)の人らは仙人(せんにん)になるのを目指して、なりふり構(かま)わずいろいろ頑張(がんば)ってきた血筋(ちすじ)やという話やったし、そんなご先祖(せんぞ)様たちのなんやかんやが、末裔(まつえい)であるアキちゃんを、ただもんではない子にしてもうてんのやろ。 「わからへんの?」  ぎょっとしたように信太(しんた)が訊(き)いてた。 「締(し)めればええのどすえ、坊(ぼん)」  おろおろしたふうに、蔦子(つたこ)さんが教えてやっていた。でもそれ、具体性(ぐたいせい)なくて意味わからへんで、蔦子(つたこ)おばちゃま。 「締(し)めるって、なにを?」  全身からすでに、とろみを帯(お)びてきた霊水(れいすい)をたらたら流しつつ、アキちゃんは餡(あん)かけみたいになっていた。美味(うま)そう。でも、熱すぎて食えへん。ベロ火傷(やけど)する。 「何をって、天地(あめつち)と通じてる力の出口をどす。わかるやろ?」  そんなん常識(じょうしき)やろ、うちの血筋(ちすじ)の子ぉやったら、当然できますやろ的な口調で、蔦子(つたこ)さんは焦(あせ)って言うてた。 「わからへん……」  ため息ついて、アキちゃんは熱い空気を吐(は)いた。  それは俺には、ものすご甘(あま)い匂(にお)いに感じられた。  なんかなあ。桃(もも)っぽい。いい匂(にお)いがする。それだけで、フラフラはあはあ来そうな、脳天(のうてん)クラクラ来るような、美味(うま)そうな匂(にお)いやった。  ただ熱すぎる。俺、猫舌(ねこじた)やねん。 「わからへん……どうなんのや、これ」  アキちゃんは、熱に浮(う)かされたふうに、ソファで深く項垂(うなだ)れ、両腕(りょううで)で頭を抱(かか)えた。  どろどろ甘(あま)い匂(にお)いを放つ霊水(れいすい)が、ぼたぼた塊(かたまり)になって床(ゆか)に落ちてきた。濃度(のうど)上がってませんか。最初はサラサラした水みたいやったのに。 「抜(ぬき)かな、ヤバない? 今すぐ皆(みな)で吸血(きゅうけつ)パーティーしよか。エロでもええけど。でも……そんな暇(ひま)なさそうやで」  あっけらかんと、緊張感(きんちょうかん)のない声で、湊川(みなとがわ)がそう提案(ていあん)していた。パーティーのお誘(さそ)いやった。 「無理や。俺は熱いもん食いたない」  膝(ひざ)の間にラジオ抱(いだ)いてる氷雪系(ひょうせつけい)が、いかにも嫌(いや)そうに言うた。  お前も猫舌(ねこじた)か。そんな贅沢(ぜいたく)言うとる場合か。  しかし命がけで餡(あん)かけ食う奴(やつ)がおらんのも無理はない。今のアキちゃん食えんのは、灼(や)けた鉄(てつ)でも美味(うま)い言うて、平気で食えるような奴(やつ)だけや。  そんな奴(やつ)どこにおんねん!  おるで。もちろん。虎(とら)の肩(かた)を枕(まくら)に、ぐうすか寝(ね)てる奴(やつ)がおるやん。  寛太(かんた)がそうや。こいつは不死鳥(ふしちょう)なんや。基本(きほん)燃(も)えてる。火の鳥やねんから。  いっぱい眠(ねむ)って腹(はら)減(へ)ったんか、それとも、甘(あま)い桃(もも)風味みたいなのが、ぷうんとお鼻に匂(にお)ったせいか、ううんて呻(うめ)いて、寛太(かんた)は目を醒(さ)ました。  虎(とら)がつついて起こしたんかもしれへん。とにかく寛太(かんた)は寝(ね)ぼけた顔して、とろんと目を開いた。

ともだちにシェアしよう!