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24-43 トオル

 赤い(かみ)()はぐちゃぐちゃやった。寝癖(ねぐせ)もついてる。  繊細(せんさい)(かみ)らしい。身ぎれいにできる(やつ)でないと、すぐ鳥の()みたいになる。まあ、そりゃあ、鳥さんやから。  せやけど、元はひょっとすると同じようなもんかもしれへんのに、(とな)()って(すわ)っている湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)と、鳥の寛太(かんた)は全然(ちが)った。  (かた)()り物とはいえ、アキちゃんのクロゼットから選んだ綺麗(きれい)(えり)のシャツを着て、すらりと(すず)しげな砂色(すないろ)パンツに長いおみ足を(つつ)み、(かみ)もサラ(つや)(はだ)も真っ白、(けむ)(ひとみ)がミステリアスな、しどけなく(すわ)姿(すがた)も何やエロくさいけど(ひん)がある。そんな(おぼろ)様やけど、寛太(かんた)(かみ)()ぐっちゃぐちゃ。  (ふく)もアロハやし。ジーンズはいてる。足は裸足(はだし)。耳にはピアス。ほっぺたには、もたれてた(とら)(ふく)のしわしわの(あと)がついてる。  寝過(ねす)ぎて上気(じょうき)したんか耳までピンク色。寝汗(ねあせ)までかいてて、おでこに赤毛がはりついている。とても同じモンには見えへん。 「兄貴(あにき)(はら)()った。めっちゃええ(にお)いする……」  くんくん鼻をひくつかせて、寛太(かんた)はとろんと、(とら)にキスしようとした。 「ちょ、ちょっと、ちょい待ち、寛太(かんた)(はら)()ってんのか。そんなら本間(ほんま)先生を食え」  チューしてくれという鳥さんの顔を手の平で()(かえ)しつつ、(とら)(あせ)ったふうに言うた。  それに、今まで(あま)く目をとろめかしていた鳥さんが、顔(つか)まれたまま、くわっと目を見開いていた。 「なんやねん兄貴(あにき)、まだそんなこと言うてんのか。ひどいやないか。(おれ)にはもう兄貴(あにき)だけやで。それでええって言うてたくせに」  キッと(いか)ったように言う寛太(かんた)は、なんか今まで見たことある、ぽやんと幸せそうな鳥とは(ちが)って見えた。  (せつ)ないらしかった。哀切(あいせつ)にかき口説(くど)口調(くちょう)やった。衆人(しゅうじん)環視(かんし)の場も(わきま)えず。変わってへんのはそれだけや。 「いや、ちゃうねん寛太(かんた)。それどころやない。レスキューや。本間(ほんま)先生、(とろ)けそうなっとうのや。応急(おうきゅう)処置(しょち)でも、(だれ)かが()いたらな、先生、()けてまうから」  あれを見ろと、(とら)華奢(かしゃ)寛太(かんた)(あご)をつかんで、アキちゃんのほうを向かせた。そしたら赤い鳥さんは、すぐ(となり)にいる湊川(みなとがわ)とそっくりな、ぽかんと虚脱(きょだつ)した、(けむ)()()になって、少しの間、ぴくりともせずアキちゃんを(なが)めた。 「先生、()けそうなっとうわ」  いつものとろんとした声で言い、寛太(かんた)納得(なっとく)した。 「そうやろ。ヤバいねん。お前、(はら)()ってんのやろ。食えるだけ食うてええから、先生助けてやれ」 「でも兄貴(あにき)(おれ)本間(ほんま)先生とキスしとうの見て、平気なんか。……そんなんひどくない?」  横目(よこめ)(とら)を流し見て、寛太(かんた)はじっとり(うら)めしそうに()いた。  信太(しんた)()餅焼(もちやき)かへんのが(ゆる)せへんみたいやった。  (とら)はそんな寛太(かんた)(かた)()いてやりつつ、説得(せっとく)する口調(くちょう)になった。 「心配すんな、目つぶっとくから。これも仕事やと思ってやれ。本家(ほんけ)(ぼん)一大事(いちだいじ)なんやから」  (とら)も案外、式神(しきがみ)根性(こんじょう)ある。  寛太(かんた)(ほか)(やつ)仲良(なかよし)うしてんの見たら、死にそうにつらいて言うてたくせに、それでもアキちゃん()けたら(こま)ると思うらしいで。 「ぜったい見いへん?」  さらにジトッと流し目をくれて、寛太(かんた)(うたが)わしそうに()いた。 「ぜったい見いへん」  苦い顔して、(とら)はうんうんと(うなず)いてやっていた。それだけやと不足があったんか、ほんまに片手(かたて)で自分の目を(おお)っていた。  寛太(かんた)はそれをじいっと(にら)み、ほんまに見てへんか確認(かくにん)したらしかった。(おお)った(とら)の目前に、ひらひら白い手を()って見せている。 「これ何本?」  三本立ててみせた指をひらひら()って、寛太(かんた)()いた。 「そんなんええねん寛太(かんた)。言うてる(ひま)ないねんで? ()(はら)は代えられへんのや。火を食えるやつが(ほか)におらんのやしな。(おれ)食えるけど。(いや)やろ、先生、(おれ)とチューすんの!」 「死んだ……ほうが……ましや」  頭(かか)えてソファで(くずお)れたまま、アキちゃんは心底(しんそこ)正直らしい声でぼんやり言うた。  死ぬよりマシやろ、(とら)とベロチューするほうが。(おれ)やったら(いさぎよ)くそっちを選ぶで。  こいつけっこうキス上手(うま)いんやで、アキちゃん。でもそんなん言うてる場合やない。  これは一種の人工呼吸(じんこうこきゅう)やから! レスキューやねん。(おぼ)れた人を助けるようなもん。  (おれ)も目をつぶる。それでアキちゃんが助かるんやったら。鳥さんとキスしてええよ。いっぱい()うてもらえ。  たぶん鳥が時々、信太(しんた)から口移(くちうつ)しで(くら)わしてもろてたアレや。(みつ)(かたまり)みたいなもん。あれは霊水(れいすい)やったんや。 「寛太(かんた)、すんまへんけど……助けてやっておくれやす。えらいことなってしもた」  呆然(ぼうぜん)としたふうに、蔦子(つたこ)さんが(たの)んだ。  籐椅子(とういす)(すわ)蔦子(つたこ)さんの目にも、今ではもうアキちゃんが、(かた)いとろみを帯びた粘液(ねんえき)の中にいるのが見えてるようやった。  霊威(れいい)が強すぎて、普通(ふつう)にでも見えてんのやろ。神や(おに)より目が()かんでも、蔦子(つたこ)さんは(ただ)の人やない。巫女(みこ)なんやしな。  ご主人様にそう言われ、寛太(かんた)はそれでも渋々(しぶしぶ)みたいやった。  寛太(かんた)にとってはアキちゃんは、もしかしたらどうでもええ相手なんかもしれへん。  (とら)のことで頭がいっぱいで、アキちゃん死のうが生きようが、あんまり興味(きょうみ)がありません。ポカーンみたいな感じらしい。

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