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24-51 トオル

 秋津(あきつ)のおかんには悪いけどやで、そんなに好きで、ずうっと待ってんのに、おとんはカミングアウト以後にでも、こいつのところに顔も出してへんかった。そんなんちょっと、薄情(はくじょう)やない?  俺、おとんがそんな(やつ)と思うてへんかった。もっとイケてんのやと思うてた。アキちゃんより格好(かっこ)ええかもとか内心(ないしん)思うてた。  でも、そんなことないで。あのオッサン、めっちゃ臆病者(おくびょうもの)やんか。(おく)ゆかしいといえば、ええように聞こえるけど、あんなビビった手紙一通きりで、(おぼろ)様とは切れたつもりか。  (あま)えんのも大概(たいがい)にせなあかん。  水煙(すいえん)のことにしてもさ。あっさりしすぎやで。事前になんか二人(ふたり)の間で、さようなら今までありがとう的な別れの儀式(ぎしき)があったんやったら別やけど、ジュニア行け、ほなさいなら、って、ひどいやないか。水煙(すいえん)かて(きず)つくよ。  あいつの心臓(しんぞう)(てつ)でできてんのかもしれへんけど、おとんはそれでも(きず)つくくらいの強打(きょうだ)をかけてるような気がするで。  とにかく、()りかたがひどい。ぽいって()てていくみたい。それはおとんの(くせ)なんか。 「あんたら、アホなことばっかり言うてんと。どうなんや、(ぼん)(おさ)まったんか、力が(あふ)れてしまうのは」  蔦子(つたこ)さんは室内ののんびりムードに(こま)ったらしかった。よかった、おばちゃまは多少なりとマトモで。 「(おさ)まって……ない、みたいやけど、ずっとこいつと人工(じんこう)呼吸(こきゅう)しとかなあかんのは(こま)る」  なかなか退()いてくれへん鳥さんに、アキちゃん泣きそうみたいやった。  なんで泣きそうなんや。なんか我慢(がまん)してるっぽい顔やけど気のせいか。 「お前もええかげん退()いてくれ。俺かて(とら)喧嘩(けんか)したないねん」  助けて(もら)っておきながら、鳥さんに(れい)もなしか、アキちゃん。  まあ、そんな余裕(よゆう)ないわな。  それにギブ・アンド・テイクな(めん)もある。鳥さんはものすご満足したらしかった。  出て行けと、お(ひざ)から追い出され、寛太(かんた)はのろのろ()りて、また(とら)(となり)(もど)って行っていた。そして、ぎゅうっと身を()せて(すわ)り、にこにこ信太(しんた)(うで)(から)めていた。 「ものすご腹一杯(はらいっぱい)になったわ、兄貴(あにき)。こんなに満腹(まんぷく)したんは生まれて初めてかもしれへん」 「そうか。良かったなあ。これでまたお前も成長するやろ」  にこにこと、(かす)かに苦笑(くしょう)()ざっている目で、(とら)寛太(かんた)(なが)め、ぐしゃぐしゃになっている()()(かみ)を、手(くし)でとかしてやっていた。  その手にはまた、髑髏(どくろ)の指輪があった。寛太(かんた)が返してきたらしい。それはまるで、死の(のろ)いのかかっている(やつ)につけられた、不吉(ふきつ)な印のようやった。 「せやけどな、寛太(かんた)。いつまでも無駄飯(むだめし)食うとうと、()()まってしまうんやで。成長すればしただけ、お前はもっと(はら)()るやろう。今までは、死なん程度(ていど)にしか食わせてなかったけど、もうスイッチ入ってもうてるしな。お前も立派(りっぱ)不死鳥(ふしちょう)になって、人から神やと(あが)めてもらえるようにならんかったら、ほんまに悪魔(あくま)にでもなるしかないで。人でも食わんと自分を(やしな)っていかれへんようになる」 「そうなん? でも……平気(へいき)やん? 俺には兄貴(あにき)()とうのやし」  けろっと何の心配もしてへんような顔をして、寛太(かんた)はにこにこしていた。 「俺がいつまでも()るとは(かぎ)らへんやろ。それにお前が、俺が()わしてやられへんぐらい育ってもうたら、どうするつもりや。結局(けっきょく)また、あっちこっちに餌場(えさば)を作って、季節(きせつ)ごとにそこを(わた)(ある)くんか?」  (たし)かにこいつは(わた)(どり)みたいなもんやろな。  シーズンごとに、(えさ)豊富(ほうふ)な相手を(わた)(ある)いて生きてきたんやしな。  夏は(とら)、冬は眼鏡(めがね)で、(やさ)しい怜司(れいじ)(にい)さんは年中ゴハン(くら)わしてくれる。そのほかにも臨時(りんじ)のオヤツや夜食を(くら)わしてくれる相手がいたら、それからも食う。  なんでそんなに(はら)()るんやろう。  俺はそこまでがっつかへんけどなあ。アキちゃん一人(ひとり)でお(なか)いっぱいなれるけど。  それは俺が(そだ)(ざか)りやないからや。  アキちゃんが優秀(ゆうしゅう)餌場(えさば)やというのもあるけども、俺はもう生まれてから随分(ずいぶん)たってる。そういう意味では安定してるし、自分の力加減(ちからかげん)をコントロールできてるんやと思う。  それに対して寛太(かんた)はまだまだ生まれたてやし、どれくらいの規模(きぼ)の神になろうとしてんのやら、見当(けんとう)()かへん状況(じょうきょう)や。食えば食うだけ育ってるっぽいで。  今またアキちゃんから、てんこもり食うていったので、どんだけデカい鳥になるんや。 「(わた)(ある)くのは、(いや)やけど。でも、どうしたらええの?」 「なんか人間の(やく)に立つことをしろ。楽しかったり助かったり、(はげ)みになったり。そういうのや。怜司(れいじ)(うわさ)やねんで。こいつはそれで役にも立つし、人に信じられている。そういうものと関連づけされている神や。俺は(とら)やろ。元は四神相応(しじんそうおう)精霊(せいれい)やねん。なんでか今は野球の神さんやけど。野球が好きすぎたんがあかんかったんかな。いや、良かったというか……」  信太(しんた)はブツブツ言うてた。  微妙(びみょう)なんか、阪神(はんしん)タイガース。めちゃめちゃ好きなくせに。 「とにかく、お前は神戸(こうべ)のフェニックスなんやろ。十年前に、この街の人らが強く不死鳥(ふしちょう)を求めた時に、その思念(しねん)によって生まれた鳥なんや。せやし、この街の人らがな、お前の信仰(しんこう)母体(ぼたい)やで。その神戸(こうべ)っ子たちに、フェニックスはほんまに()とうのやって、信じてもらわなあかんのや。この街を不死鳥(ふしちょう)守護(しゅご)しとうのやって、(みな)が本気で思えるような霊威(れいい)(しめ)さなあかん」

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