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24-53 トオル
それは予言 がなければ、そもそも知りようもないことやった。
あるいは鯰 という神がいて、それが生 け贄 を求めるということが、誰 にも分かってなければ、今この時点 で俺らに分かるわけがない。
予言 ていうのは、不思議 なもんやで。前もって分かってしまうだけに、いろいろ悩 んだり苦しんだり、思 い詰 めたりせなあかん。
これが普通 の人間で、予知 なんかできる奴 もおらんし、鯰 はただの魚やと思うてる奴 らばっかりやったらな、今この場でも和気藹々 と、だらだら喋 ってるだけやったかもしれへん。
そして明後日 には、信じられんような大災害 で、三都 は壊滅 したやろう。
要 するに、そういうことや。三都 を守護 するために、俺らは戦っているし、今この場で雁首 揃 えて、虎 が死ぬ話をしてる。その本人がいる、目の前で。
「その葬式 な、俺が司会 をしてやるわ、そういうことなんやったらな。お前は試 したいんやろ。自分がこいつに、どんだけ愛してもらえてるか。それはただのアホやったヒナ鳥が、ほんまもんの不死鳥 に化 けるほどなんか。そうでないなら先々どうせ食 い詰 めてもうて共倒 れやしな。ここらで勝負 ということか?」
それはとっても面白 いお話やと、朧 様は笑っていた。
やっぱりちょっと酷薄 なとこある奴 や。暁彦 様が死ぬ時は、相当 必死やったらしいお前やのに、信太 やったら笑って見てられるんやもんな。
惚 れてへんかったんや。お前は信太 の運命 の相手ではない。それはもう、どうしようもない。
どうしようもないわって、信太 もそういう目をして、朧 を見ていた。
「俺が死んでも、寛太 には害 がない。お前もこいつの面倒 みてくれるんやろ?」
「なんで俺がお前の餓鬼 の面倒見 たらなあかんねん? ふざけんなやで、信太 。俺は本家 の坊 の世話で忙 しい。お前が拾 ってきたんやろ。最後までてめえで面倒 みろ」
新しい煙草 をとって、ラジオはそれにまた火をつけるよう、寛太 に頼 んでた。
不安そうな顔をして、それでも寛太 はおとなしく、今度は相当 慎重 そうに、煙草 の先に点火 してやっていた。
それはけっこう、上手 くできてた。小さなぽっと灯 る火が、一瞬 燃 えて消えた。甘 い香炉 の匂 いのする紙巻 きに、火をつけてやるのに丁度 いいくらいの、適切 な火になっていた。
小さく灯 る赤い火を見て、そしてその火の映 る目で、朧 は優 しく寛太 に言うてやっていた。
「やればできるよ、心配せんでええねん。誰 でもなれる、神なんて」
「何があんの……明後日 」
さっきも訊 いた同じ言葉 で、寛太 は湊川 にまた訊 ねた。
どことなく、寛太 の姿 は、かたかた小さく震 えて見えた。
急に怖 くなってきたらしい。今までなんも知らんと、他 の連中に付き合って、このホテルに来てただけやったんやろう。
寛太 はなあんも考えてへんかった。誰 にも何が起きてるのか訊 いてみなかったし、興味 もなかったんかもしれへん。
だから今、初めてそれを聞いたんや。
「鯰 っていう、大地震 を起こす化けモンみたいな神が、明後日 現 れる。それが、ばくっと信太 を食うんや。そして命だけとって、残った魂 は、ペッと吐 き出 す。それは冥界 の神のもんやから。死の舞踏 たちが、刈 り取 った魂 を冥界 に持って帰る」
「死の舞踏 って?」
「骨 やで。魂 と骨 だけになって、鯰 に使役 されている、元はただの人間や。ぶっ殺せばこれも、天界 か冥界 かに引き取られるわ。鯰 が眠 る三百年ぐらい、最低でも次の周期 が来るまでは、仕 えて働 く契約 になっているようや。何周期 ぶんか、地震 のときに働 けば、解放 してもらえるらしい。まあ、一種の奴隷 やな。これをできるだけ多く解放 することも、一応 、鯰 封 じの課題 なんですよ、先生」
ぽかんと聞いてるアキちゃんに、湊川 は突然 話を振 っていた。
知らんやろうと思うたんかな。
知らん。アキちゃん誰 にも、教えてもらってへんからな。俺もやけどな。
「知らんことあるんやったら、自分で訊 かなあかんのですよ。ぼけっと待ってたら教えてもらえる訳 やないで?」
湊川 は美味 そうに煙 りを食らいつつ、しょんぼり小さくなってもうた寛太 の体を脇 に抱 いてやっていた。
なんとなく、翼 の中に雛 を抱 いてやっている親鳥 みたいやった。
雀 が不死鳥 育てるなんて、変やけど、信太 が寛太 の親代わりやったというんなら、ラジオもそうやったんや。
ものは見ようや。こいつらは何人がかりかの持ち回りで、不死鳥 を育ててやっていた。せやし皆 が皆 、寛太 の保護者 やったんや。
「巫覡 にとっては、知識 も力や。学校の先生とは違 うんやで、本間 先生。黙 ってても教えてくれる訳 はない。教えてくださいて頭下げて頼 まなあかんし、基本 、芸 は盗 むもんやろ。せっかくこんだけ巫覡 が一堂 に会 してる。めったにない機会 やったのに。お前いったい何しとったんや。惚 れた腫 れたでフラフラしよってからに、そんなんやから、ぼんくらやって言われんのやで」
めっちゃ厳 しい。朧 様、めっちゃ厳 しない?
ある意味、水煙 なんかより、万倍 厳 しいで。あいつ、優 しかったんや。
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