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24-54 トオル
せやけど、こういうの、愛の鞭 っていうの?
にこにこ笑って、ガツン言われて、アキちゃん、ショックやったみたい。
朧 様には甘 えてた。なんかそんな雰囲気 やったで。どことなく、甘 ったるい声で話して、仕事も頼 むし、頼 ったような教えて君やったしな。きっと、甘 えてもええ相手 やと思うてたんやろな。おかんみたいなもんやと。
でも、ちょっとばかし違 ったな。弱ってる時にはとりあえず抱 いて、イイ子イイ子してやるけども、復活 してきたらドツキ倒 す、そういう根性 のやつみたい。
「俺もどうやら、先生の式 になったらしいし、面倒 みるけど。後で大崎 先生にも頭下げにいかなあかんのやで? お前のおとんが居 らん限 り、秋津 の覡 の作法 やら何やら、実地 に心得 てるのは、あの人だけやから。まあ、何とか教えてくれるやろ。俺は茂 ちゃんには顔利 くし、それに秋尾 も優 しいやつや。うまいこと、とりなしてくれるやろう」
「困 ったなあ、茂 ちゃんにも。あの子は何でそんな、アキちゃんのことが嫌 いなんやろう?」
訳 は知らんという顔で、蔦子 さんは籐椅子 で首を傾 げていた。
「嫌 われてもしゃあないような事はしてたよ。四条 の川床 で野球拳 して、真 っ裸 に剥 いたり。あいつ、じゃんけん強いねんなあ。茂 ちゃんが鬼 みたいに弱いというか」
じゃんけん鬼弱 か。気の毒やったなあ、ヘタレの茂 。
四条 の川床 って、四条 大橋 から丸見えのところやで。平成の今も、昭和初期の昔も、それは変わるわけない。丸見えですねん。
軽くアホやで、そこで野球拳 して、マッパになってたら。
「止めなあかんやないの……」
想像 してもうて恥 ずかしいのか、それとも情 けないだけか、蔦子 さんは両手で顔を覆 って項垂 れていた。
案外、純情 なんかな、このおばちゃま。韓流 ドラマで泣く人やしな。
「なんで止めなあかんねん、面白 すぎやんか」
こっちはもちろん純情 派 やない。俺も違 うけど。朧 様は、止めるなんて考えられへんという口調 やった。
「なにを言うのんや、あんたはほんまに……アキちゃんは名家 の坊 なんどすえ。それに茂 ちゃんかて、ちゃあんと名のある商家 の子なんや。そんな同士 が、何が悲しいて川原 で野球拳 なんどすか」
「舞妓 さんたちに乗せられて」
真顔 で言うてる湊川 は、それなら仕方 ないやろうと蔦子 さんが納得 すると思うてるみたいやった。
「アホそのものやないの!」
顔あげた蔦子 さんは、真 っ青 なってた。
知らんかったんや。自分のかつての許嫁 が、実はアホやったということを。
アキちゃんのおとん、それを蔦子 さんには隠 してたんや。
ええ格好 してたんかな。お登与 と蔦子 さんには。アキちゃんみたいやな。アキちゃんも、おかんにはええ格好 してるもん。
「アホそのものやで。可愛 い舞妓 はんに、いやあお兄 さんたち、お酒お強いんどすなあ、どっちのほうが強おすか、て言われて、本気出してる茂 ちゃんにしこたま飲ませて、記憶 のうなったあたりで野球拳 やんか。たぶん暁彦 様、まだシラフやったで。意識 あったと思うわ。その後、腹 減 った言うて、俺と南座 の松葉 で鰊 ソバ食うてから帰ったんやもん。茂 ちゃんの着物、全部パクってきてたで。あの後、どないして帰ったんやろなあ?」
「……秋尾 ちゃんがなんとかしたやろ」
蔦子 さん、今度は頭痛 いみたい。こめかみギリギリ指で押 してた。
「そうやろうけど、つまらんで。マッパで帰ればええのに」
思い出し笑いか、あっはっはって声上げて笑い、朧 は上機嫌 やった。よっぽど面白 かったんやろう。
「そんなわけおへんやろ……あんたはほんまに、アキちゃんとそんなことばっかりして。そんなんやから水煙 に嫌 われんのどすえ」
「ええもん別に。あいつに嫌 われたかて、困 ることはなんもない。俺は秋津 の式神 になりたいわけやない。どうでもええねんからな、そんなこと」
「仲良うすればええのに。ええ子どすえ、水煙 は。あんたが悪 し様 に言うほど、怖 くも鬼 でもない」
そんなら水煙 も、蔦子 さんには本性 晒 してなかったということや。
朧 の言うてる水煙 の性悪 は、嘘 ではない。ほんまの話や。
あいつは裏表 がある。秋津 の血筋 を強く受 け継 いでいる子には優 しいけども、血が薄 まれば冷たい。
アキちゃんには優 しいけども、竜太郎 にはさほどでもない。
水煙 の愛の強さは、相手の血の濃 さに比例 している。
蔦子 さんは顔もほんまに秋津 の子って感じやし、予知能力 だけとはいえ、力のある巫女 やった。それで水煙 にも受けがよかったんやろ。
それでアキちゃんのおとんの許嫁 にもなれた。この娘 やったら、おとんの嫁 になってもまあええかと頷 く程度 には、気に入っていた。
せやし知らんわけや。水煙 様がどんだけ怖 いか。アキちゃんも、はっきりとは知らんかった、そのことを。
「あいつは怖 いし鬼 や。俺を京 から追い出すとき、武闘 派 の式を何人突 っ込 んできたか。こっちは戦う能力 なんかないのにさ。そんなんせんでも出ていけ言うなら出ていったやろうに。殺されるんかと思うたわ。あれは絶対 、制裁 なんやで」
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