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24-55 トオル
「あんたが逆 らうかと思うたんやろう。それに、戦う能力 がないなんて言うても、あんたは昔、いつも肌身 離 さず拳銃 持ってましたやろ? 武装 してたんやもの、危 ないと思われたんやないかしら」
「どこに銃 で撃 たれて死ぬ式神 が居 るねん」
「けど、心中やったらできるやろ。弾 が当たっても、式 やったら死なんけども、アキちゃんなら死にますえ」
淡 く苦い笑 みのまま、蔦子 さんは話した。それに朧 は、ええ、と、うんざりしたようなため息混 じりの声で答えた。
「馬鹿 にせんといてくれ。姐 さん。俺がそんなんすると思うんか?」
「ウチは思わへんけど、水煙 は気を揉 んだんやろう。たった一人 の跡取 りやから、アキちゃん大事で、一生懸命 やったんやないか」
蔦子 さんが水煙 に好意的 なのは、水煙 がおばちゃまに甘 かったからというだけやない。
水煙 は蔦子 さんにとって、命の恩人 でもあった。
予知 をするため、アキちゃんのおとんから水煙 を借 りた。その時、水煙 は、時の流れを泳ぐうち、未来 を視 るのに必死になった蔦子 さんが、溺 れそうになるのを、何度も助けたらしい。
後に、蔦子 おばちゃまは語る。びっくりするような話や。
水煙 は、蔦子 おばちゃまのファーストキスの相手らしいで。
びっくりしたか。俺は聞いた時、マジでびっくりしたわ。はわわわわあ、ってなったわ。
なんでか言うたら、溺 れたからやで。せやし人工呼吸 やないか、これも。
そうなんやけど、その時、水煙 様は、真 っ青 な竜王 様やったらしい。
例 のあの、ふにゃふにゃ宇宙人 やないで。水族館 で変転してた、上は青い人そのままで、下半身 は龍 になっている、あの、キワモノの上を行くキワモノの姿 や。
なんと蔦子 おばちゃまは、それを美しいと思うたらしい。秋津 の人らって、皆 、変態 なんかな?
俺には理解 できへん趣味 や。あの姿 は化けモンやで、どう見ても。
しかし神やと、有能 な巫女 であった蔦子 さんは直感 できたらしい。
時の流れの中というのは、海の中に似 てるらしい。海の底の、複雑 に入り組んだ洞窟 を、恐 る恐 る泳いでいくようなもんらしいわ。
そこで息が詰 まって死ぬかもしれへんわけやから、蔦子 さんには水煙 の介添 えが心強かったんやろう。あいつは海ん中でも息は詰 まらんらしい。たぶん、元々からして海のモンなんやしな。
伊勢 の海にボカーンて落ちてきた隕鉄 から作られた太刀 で、秋津 家に伝わる話によれば、伊勢 の刀鍛冶 のところに、人魚 が持ってきたらしい。
刀鍛冶 さんがなんかの虫の知らせを受けて、浜辺 を散歩 しとったら、人魚 がばしゃばしゃ泳いできて、これあげるから持って帰りって、隕鉄 をくれた。それが水煙 様の原材料やったんやって。
そんなマジックアイテムみたいな剣 やったんやで、水煙 は。まさに伝説の宝刀 みたいやないか?
よくもそれを、サーベルのほうが格好 ええから、サーベルにリメイクしようなんて、おとんは思ったよ。とんでもない坊 や。よくもお家 の宝 にそんなこと。伊勢 の刀鍛冶 も怒 るよ、それは。
まあでも、形は関係ない。重要なのは、素材 になっている、宇宙 由来の鉄 や。
それが水煙 の本体で、そこに、しこたま籠 められてる謎 の宇宙 エナジーみたいなのが、あいつの力の源 やねん。
これは莫大 にあるもんらしい。それであいつは補給 がいらへんのやけど、それでも無限 にあるわけやないんやで。
いくら莫大 に貯金 があっても、そこから湯水 のように金使っていったら、いつかは0円になるやろ? それといっしょで、いつか水煙 にも、からっぽになる日は来るわけや。
補給 らしい補給 といえば、ひとつには、鬼 やら神やらを食うことや。しかしそれは、神剣 ・水煙 にとっては、おやつ程度 のもんらしい。食うても食わんでも同じようなモン。
こいつの真の能力 を使うためには、自分自身を維持 している、最初の隕 鉄が持ってた力を使うしかない。身を削 って働くタイプ。使い切ったら、はい、終わり。
せやし水煙 は、剣 としては気軽に働くけども、自分が持っている必殺技 は、滅多 に使わん。自分の命に関 わるからや。
しかし、この力を水煙 が持っていることは、秋津 家ではよう知られた事実やった。家庭内ギャグのネタにさえされているほどや。
何のことか憶 えてないか。
水煙 様の必殺技 は、時間を巻 き戻 す能力 や。
それもただ単純 に逆 回しするだけやないようやけど、細かいテクについては俺は知らん。俺は時空系 やないから。
とにかく水煙 は、すでに起きてもうた出来事 を、無かったことにする力を持っている。
途方 もないことや。
蔦子 さんは、水煙 のその能力 を知っていたので、アキちゃんのおとんが戦死することを予知 したときに、水煙 に泣いて頼 んだらしい。戦争が起きへんかったことには、できんものかと。
戦争そのものがなければ、アキちゃんのおとんは従軍 する必要がない。だから戦死もせえへん。それで何とかならへんのかと。
その時、水煙 はこう答えたらしい。
そうしてやりたいが、そこまでの力はもう俺には残っていない。それに、仮 にそうできたところで、巻 き戻 った時間は、また同じ運命の流れに乗って、同じところへ流れてくるかもしれへん。
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