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24-56 トオル

 この戦争は、何かちょっとの気の(まよ)いや間違(まちが)いで始まったもんやない。  いろんな流れが(から)()って、起こるべくして起きてもうたもんやから、その奔流(ほんりゅう)()しとどめるのは(だれ)にも無理や。  できるとしたら、その流れが今後どう流れてゆくのか、わずかな舵取(かじと)りをすることぐらいや。  (いくさ)は、もう起きた。その激流(げきりゅう)が、いちばん(がい)のないように流れる道筋(みちすじ)を、お前は見つけられへんのかと、蔦子(つたこ)さんは水煙(すいえん)(さと)されたらしい。  どうもなんかコツがあるようや、あいつの使える、時間()(もど)(わざ)は。万能(ばんのう)ではない。  たとえ神でも、万能(ばんのう)ではないんや。それは実は人間様と変わらへん。  (よう)は、自分の持っている能力(のうりょく)を、いつ、いかにして使うか。それによって、一発逆転(ぎゃくてん)奇跡(きせき)を起こせれば、あいつも立派(りっぱ)に神さんや。  水煙(すいえん)は、(たし)かに、すごい能力(のうりょく)も持っている。秋津(あきつ)家を守り、代々の当主(とうしゅ)とともに戦ったやろう。(おに)をぶっ殺したりして、人間様を(すく)ったかもしれへん。  けどそれは、水煙(すいえん)本質(ほんしつ)やない。  あいつは実は、自分のほんまの力を、まだ発揮(はっき)したことがない神や。神とはまだ、言えへんかもしれへんで。  寛太(かんた)がほんまに不死鳥(ふしちょう)かどうか、その力を発揮(はっき)するまでは、確定(かくてい)せえへんのと同じ。  水煙(すいえん)様はただの(けん)で、神様やないかもしれへん。どんな力を()めてても、()めてるだけやと、ないのと同じ。  力というのは、ちゃんと発揮(はっき)されて、それが人の役に立って初めて、あることになるんや。  アキちゃんかて、目覚めた力を役立てられなきゃ、ただのぼんくらの(ぼん)のまま。  水煙(すいえん)はそんなアキちゃんを、立派(りっぱ)一人前(いちにんまえ)にしてやろうと、必死で頑張(がんば)ってたんかもしれへんけども、でも実は、一人前(いちにんまえ)やなかったんは、てめえのほうやったんやないか。俺はちょっと、そう思う。  もちろんそれは、結果論(けっかろん)やけどな。オチを知ってるからこそ言えること。  この時点(じてん)では、俺はまだ知らんかった。水煙(すいえん)のことは、自分より強い、偉大(いだい)な神やと思うてた。  たぶん俺もアキちゃんと同じで、どっかあいつに(たよ)ってた。  俺はアホでも、水煙(すいえん)様がなんとかしてくれるやろ。面倒(めんどう)くさいところは、あいつにやらせときゃええわ。ほんで俺は、すごいわ(にい)さんて、()めときゃええわ。  あいつは一人(ひとり)で、やっていける(やつ)やって、どこかで信じてたんやろなあ。  でも、ほんまはそうやなかった。あいつにも弱いところはあった。鋼鉄(こうてつ)やのに。金属(きんぞく)疲労(ひろう)でも()まってたんか。それでボキッと、いってもうたんかな。  水煙(すいえん)はこの後、()れてもうた。ほんまにやないで。心のほうが。  俺は気がついてへんかった。いつの間にやら、自分のほうが、水煙(すいえん)様よりずうっと強くなってたということに。  自分が平気で()えられるもんに、向こうは()えられへんのやということに。 「せやけど、(めずら)しおすなあ、(おぼろ)。あんたが昔話なんて。水煙(すいえん)のことも。思い出すのも(いや)なんやと言うてたやないの。いったいどういう心境(しんきょう)の変化やの」  (たし)かに何かの変化があると、確信(かくしん)したような口振(くちっぷ)りで、蔦子(つたこ)さんは(おぼろ)に聞いた。  (おぼろ)(たよ)ってしなだれかかるふうな寛太(かんた)(かた)を、(いたわ)るふうに()()せてやって、にこにこ(あわ)薄笑(うすわら)いの顔で、赤毛の頭に自分の頭をくっつけてやっていた。  そうしてると全然、恋敵(こいがたき)とは見えへん。どっちかいうたら、()たもんどうしのカップルみたいやった。  寛太(かんた)(とら)を選んだけども、ほんまは(だれ)でもよかったんかもしれへん。運命の流れという意味では、別に(ほか)にも相手は()った。  湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)でもよかった。ちょっと変な(やつ)やけど、これで案外、面倒見(めんどうみ)もええんやしな、怜司(れいじ)(にい)さんは。  寛太(かんた)はその(やさ)しい兄さんに、よしよし、俺に()可愛(かわい)いなあって、いつまでたってもヒナ鳥みたいに、可愛(かわい)可愛(かわい)いしてもろて、生きていってもよかった。  それは不死鳥(ふしちょう)のコースやなかったやろけど、寛太(かんた)ひとりだけのことを思えば、まあ、それはそれで、けっこう幸せやったかもしれへんで。  しかし寛太(かんた)(とら)を選んだわけや。それが実働(じつどう)しているコース。  寛太(かんた)は自分の運命の相手として、信太(しんた)をツレに選んだけども、それは同時に、不死鳥(ふしちょう)として()ばたくコースを選んだことにもなる。  なんでか言うたら、信太(しんた)はそれしか(ゆる)さん男やったからや。  気の毒やけど、信太(しんた)はずっと、浮気(うわき)をしていた。寛太(かんた)より、(おぼろ)様より、そして女主(おんなあるじ)人の蔦子(つたこ)さんより、(だれ)より好きな相手がおった。  そいつの名前はな、神戸(こうべ)というねん。  信太(しんた)はかつて失った故郷(こきょう)の代わりに、この(まち)を守りたいらしい。今度こそこの(まち)の、神のひとりになりたいんやって。  俺にはそれも、よう分からん。土地に()いてるやつの気分はな。  俺にとってはアキちゃんが大事。あいつが世界の(すべ)てやし、あいつが愛するから三都(さんと)を愛する、ただそれだけで、アキちゃん()きなら、どうでもええねん。  俺はどこでも生きていける。そんな薄情(はくじょう)な、さすらう神さんやからな。俺には愛が大事、愛が(すべ)てで、恋愛(れんあい)より大事なもんがあるという(やつ)の気持ちは、さっぱりわからん。  信太(しんた)はまさにそういう(やつ)やってん。愛より大事なもんがあったんや。  不幸やで、そんな男に()れてもうたら。俺にはお前より大事なもんがある、土地を守護(しゅご)する仕事のほうが、お前より大事。せやし死ぬけど、それも労災(ろうさい)や。我慢(がまん)してくれ。  そんなこと平気で言うわけやから。

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