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24-57 トオル

 理解(りかい)でけへん。理解(りかい)できるか?  俺にはでけへん。寛太(かんた)はどうや。 理解(りかい)でけへんのやったら、今からでも(おそ)くはない。(だれ)(ほか)のに()()えるとか、せめて理解(りかい)でけへんと、(とら)絶叫(ぜっきょう)してやれ。  そんなもんも一切(いっさい)なしで、死のうというのか、この(とら)は。なんて薄情(はくじょう)なやつや。  (とおる)ちゃんちょっと、ミス・チョイスした。これと寛太(かんた)をくっつけたのは、(とら)にとっては幸せやったかもしれへんけども、寛太(かんた)には()まんことをした。  もしもまだ、(ちが)(かじ)を切れるんやったら、切ってくれ。  心変わりをすればええやん。そんなの(だれ)でもやってるで。お前もできるよ。  もっと楽なほうへ。楽な相手のほうへ、気持ちを向ければええんやで。  そして、明後日(あさって)より先の未来にも、へらへら幸せそうに、笑った顔して生きていけ。もしもお前が、実はただの火の鳥で、不死鳥(ふしちょう)やないっていう事になっても。  だってそんな、いきなり神になれるかな。今までただのアホやったのに。  今もたぶん、大して(かしこ)くはないのにさ。  だってアホでなきゃ、平気で(すわ)ってたりせえへんよ。もっと何か、リアクションあるやろ。自分が本気で()れている(やつ)が、明後日(あさって)死ぬわと言うてんのやで。  湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)と、しょんぼり()()うてる場合やない。 「心境(しんきょう)の変化というか、時局(じきょく)の変化やで、蔦子(つたこ)さん。予感やけども、何かいろいろ動き出すような気がするんや。ずっと停滞(ていたい)していたもんが、やっと流れ出す」 「おやまあ、怜司(れいじ)。あんたも予知(よち)をするようになったんか? うちの血を飲んだせいやろか」  冗談(じょうだん)みたいに蔦子(つたこ)さんは言うていたけど、静かに笑っているような目は、どことなく、満足そうやった。  (おぼろ)(りゅう)(きず)()えて、とうとう飛び立つ時が来たと、蔦子(つたこ)さんは思うてたんかもしれへん。 「(いや)やけど、しょうがない。また水煙(すいえん)と同じ(かま)(めし)を食う羽目(はめ)になるとは。これも蔦子(つたこ)さんの言う、時流(じりゅう)というのか。紆余曲折(うよきょくせつ)あったけど、結局また()()しに(もど)ったわ。俺はまた、あの青いのと、アキちゃんを取り合う羽目(はめ)になんのか。因果(いんが)(めぐ)るってやつか。今度はドジ()まんようにしたいもんやで」 「あんじょうおやり。幸せに向かって()ぐだけどす。それが時流(じりゅう)(わた)る時の、基本(きほん)どす」  (あだ)っぽい()みで言う蔦子(つたこ)さんは、うさんくさいような女(うらな)()の顔やった。 「()(わけ)するわけやないけどなあ、(おぼろ)。いろいろ、ひどいことがあったやろ。せやけど、アキちゃんのことに関しては、うちはあれで、実は最善(さいぜん)の未来を選択(せんたく)したんやないかと思うんえ。生きて(もど)ってこられれば、もちろんそれに()したことはなかった。それでも結果、(もど)ってきたんえ。うちはちゃんと、()うたもの。きっと帰ってくると思うてたわって、登与(とよ)ちゃんはけろっとして言うてましたえ。結局そうして、ええようになる未来を、信じて待ってる子が勝つわけやしな、アホみたいやけど、あんたもそうしたらどないどす? どんだけ()ても、結局のところ、未来(さき)は分からしまへんえ。その時が来て、(ふた)を開けてみるまでは、分からしまへん。人事を()くして、天命(てんめい)を待つだけどすえ」  ここで、蔦子(つたこ)おばちゃまの、ことわざ豆知識(まめちしき)。  人事を()くして天命を待つとは、先のことはわからへん、人間は人間がやれるベストを()くして、後は(おも)(なや)まず、天地(あめつち)の良きようにお(まか)せしなはれという意味どすえ。  ケ・セラ・セラやな。結局そこへ、合流したわけ。  The future's not ours to see(ザ・フューチャーズ・ノット・アワーズ・トゥシー). 先のことなど、分からない。  未来は結局、人の()るもんやないから。何が起きるか、そこまで実際(じっさい)、生きてみてからのお楽しみ。  悲観(ひかん)したらあかんな。どんな(こわ)い運命が待っていても、それにはまだ、続きがあるかも。  自分の人生の続編(ぞくへん)や第二部は、もしかすると、ものすごハッピーな話なんかもしれまへんえと、それが結局、稀代(きたい)の予知能力者(のうりょくしゃ)、海道蔦子(つたこ)の人生の結論(けつろん)らしい。  せやし(あきら)めたらあかん。幸せ(さが)して、()(つづ)けなあかん。 「未来を()てる女にそう言われると、含蓄(がんちく)があるわあ」 「そうどすやろ。あんたも精々(せいぜい)、お気張(きば)りやす」  さようならとは言わんけど、蔦子(つたこ)さんの微笑(びしょう)は別れの()みやった。 「なにそれ。送辞(そうじ)?」 「そんなもんどす。アキちゃんには、ウチからも、あんたは息子(むすこ)()()えたわけやないからと言うといてあげます。それとも、()()えたんか?」 「()()えてへん! 必死な(やつ)らが()って(たか)って、へったくそなことしとるから、見てられへんようになっただけや」  何それ(にい)さん、俺らのこと? (ちが)うよね。俺らのこと言うてはるのん? 「大体このボンボンのどこが……」  怜司(れいじ)(にい)さん、なんかアキちゃんのこと、(ののし)ってやろかと思うたんやろか。じろっとソファの向かいにいてるアキちゃんに、(にく)そうな()(かく)しの目を向けた。  なんで()れてんの。なんか微妙(びみょう)なんですけども。  しかしまた、それどころやなかった。  一時おさまってたはずの、アキちゃんの霊水(れいすい)だらだらが、また始まりそうになっていた。  ものすご強い後光(ごこう)(はっ)して、アキちゃんはたらあっと(ひたい)のあたりから()れてきた透明(とうめい)な水のようなものを、ぽたりと(ひざ)に受けて、まずいという顔をした。(おぼろ)様もした。 「先生……()まりなさすぎ。また()れてるで」  湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)(まゆ)をひそめて、めっちゃ(さげす)むように言うてた。

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