481 / 928

24-59 トオル

 すたすた出ていくアキちゃんを追って、俺も行き、蔦子(つたこ)さんを連れて、それを追ってきた朧(おぼろ)は、ワンワン早(はよ)うせえと声かけてやって、気後(きおく)れしている瑞希(みずき)ちゃんの面倒(めんどう)も見た。  朧(おぼろ)様のいるチーム秋津(あきつ)も、悪くはなかった。なんかまるで、ずうっと前からそうみたいやった。  いつの間にかそこに居(い)て、邪魔(じゃま)にもならへん。悪目立(わるめだ)ちもしない。そんな空気感(くうきかん)の奴(やつ)で、居(い)るとなんでか、心強いような気がした。  めちゃめちゃ変で、イカレてもうてる、エロエロ妖怪(ようかい)やのに、隙間(すきま)に居(お)ると、なんでかほっとする。 「怜司(れいじ)……もう戻(もど)ってけえへんのか?」  どんより暗い信太(しんた)に、寛太(かんた)が心配げに訊(き)いている小声が、背後(はいご)の居間(いま)から聞こえてきていた。それはずいぶん、心細(こころぼそ)いような声やった。 「そうや。あいつはもう、消えたんや。もともと幻(まぼろし)みたいな奴(やつ)やったやろ。それがほんまに、消えただけやで」  信太(しんた)は暗い、優(やさ)しい声で、寛太(かんた)に教えてやっていた。  あれは悪い夢(ゆめ)やと、小さい子供(こども)に諭(さと)してるような声やった。たぶん自分に、言い聞かせてる声。  朧(おぼろ)様は幻(まぼろし)やった。もう居(い)ない。もう、あいつ抜(ぬ)きでやっていくんやからなと、信太(しんた)は言うてた。 「兄貴(あにき)、俺、怜司(れいじ)のこと好きやった」  振(ふ)り向(む)いて見ると、寛太(かんた)は虎(とら)の膝(ひざ)にすがって、そう言うてやっていた。優(やさ)しい鳥さんなんやなあと、俺は思った。 「そうか。俺もや。あいつはほんまに、ええ奴(やつ)やったなあ……」  しみじみ言うてる、虎(とら)の声を、朧(おぼろ)様が聞いていたのかどうか、俺には分からん。  顔を見たら、朧(おぼろ)は曖昧(あいまい)な、淡(あわ)い微笑(びしょう)やった。  これっぽっちで、はい、さようならかと、俺は目で訊(たず)ねたけども、朧(おぼろ)様はにこにこ笑って、早(はよ)う行けという目をした。  さっさと退散(たいさん)。引(ひ)っ張(ぱ)ったところで、どないなんねん?  自分はもう部外者(ぶがいしゃ)で、海道家(かいどうけ)とは赤の他人やし、虎(とら)とも赤の他人やねん。  そのほうがいい。そう思わへんか、邪魔者(じゃまもの)はおらんほうが、話がシンプル。虎(とら)も忘(わす)れやすいやろう。溺(おぼ)れる覚悟(かくご)が決まるやろう。赤い鳥さん可愛(かわい)いわ、こいつが好きでたまらへんて、誰(だれ)に気兼(きが)ねもなくそう思えるやろう。  それでええねんと、笑っている目が、そう語ったような。それは俺の、勝手(かって)な空想(くうそう)で、朧(おぼろ)様は別になんも思っていない、ぼけーっとしてただけかもしれへんのやけど。  でもたぶん、きっと俺の空想(くうそう)のとおりやろう。しかしそれを、表(おもて)に見せへん。ぼやーっとしたままにしておく。はっきりさせへん。それも湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)の、甲斐性(かいしょう)らしいで。  そしたら虎(とら)は自分に心地(ここち)よいように、その時々で回想(かいそう)できるやろう。  あいつはもう俺を捨(す)てた。せやし関係ないわと、新しい鳥と戯(たわむ)れるもよし。  それとは別の、寂(さび)しい夜に、もしもそう思いたいんやったら、今ももしや、朧(おぼろ)の龍(りゅう)は、俺を想(おも)って泣いてるか、そやから月が霞(かす)むのかと、勝手な妄想(もうそう)にも浸(ひた)れる。  それは肩(かた)の凝(こ)らへん、気楽(きらく)な幻想(げんそう)や。そう思いたきゃ、思えばええよと、それも許(ゆる)してやってるらしい。  曖昧(あいまい)なまま、はっきりさせへんほうがええもんも、世の中にはあるらしいで。  俺にはそういうの、よう分からん。愛は愛やで、突(つ)き詰(つ)めたい。行くところまで行きたい。上(のぼ)り詰(つ)めたい。そういう欲(よく)のほうが、俺は強い。  ウロコ系(けい)にも、いろいろいてる。よう分からんなりに、こういう奴(やつ)もおるから、ええんやろうなあというのは、分かる。  アキちゃんがなんで、こいつに癒(い)やされたか、それはまだまだ、分かりたくないんやけどな。  廊下(ろうか)に出て、隣(となり)の部屋(へや)の扉(とびら)を、こんこんと蔦子(つたこ)さんがノックしても、返事はなかった。  それで、その部屋(へや)の合(あ)い鍵(かぎ)を使って、蔦子(つたこ)さんは扉(とびら)を開けた。  俺や朧(おぼろ)や瑞希(みずき)ちゃんには、関係ないけど、アキちゃんと蔦子(つたこ)さんは、鍵(かぎ)を開けんと入られへん。今はまだ、とりあえず、そうやで。  扉(とびら)を開くと、空耳(そらみみ)やろうか。波打(なみう)ち際(ぎわ)の音がするような気がした。  潮(しお)の香(かお)りも。むわっとするほど立ちこめていた。  さわん、さわんと、波は静かに、寄(よ)せては返し、まるで部屋(へや)の中に、浜辺(はまべ)があるような気配(けはい)がしてた。  蔦子(つたこ)さんがふと、顔をしかめた。何か察(さっ)しをつけたような、不吉(ふきつ)な予感を感じてる、そんな表情(ひょうじょう)やった。  白い裳裾(もすそ)を翻(ひるがえ)し、蔦子(つたこ)さんは足早(あしばや)に、隣(となり)とそっくり鏡写(かがみうつ)しになっている作りの部屋(へや)に、つかつか入(はい)り込(こ)んでいった。 「竜太郎(りゅうたろう)」  いなくなった子を、呼(よ)んでるおかんの声やった。  俺はなんとなく胸騒(むなさわ)ぎがして、前を歩いていたアキちゃんを追(お)い抜(ぬ)き、蔦子(つたこ)さんを追いかけた。  そして見た。居間(いま)にはほんまに、海があったで。  海ではないんかもしれへん。これは時流(じりゅう)というやつや。時の流れや。それがほんまの海みたいに、壁(かべ)にぽっかり開いた真っ暗な洞穴(どうけつ)の出口に打(う)ち寄(よ)せる、小さな波打(なみう)ち際(ぎわ)を作っていた。  床(ゆか)にはキラキラ細かい水晶(すいしょう)か、石英(せきえい)みたいな透明(とうめい)な砂粒(すなつぶ)が、小さい浜(はま)を作っていた。  そこに竜太郎(りゅうたろう)は丸くなって、眠(ねむ)り込(こ)んでた。  斎服(さいふく)というらしい、神社の兄(にい)ちゃんたちが着てるような、白い着物に水色の袴(はかま)をはいた格好(かっこう)で、白足袋(しろたび)まで履(は)いている。  これから学校で劇(げき)でもやんのかという、そんな出(い)で立(た)ちやったけど、それは小さいながらに覡(げき)として、神事(しんじ)に臨(のぞ)むための服装(ふくそう)やった。

ともだちにシェアしよう!