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24-59 トオル
すたすた出ていくアキちゃんを追って、俺も行き、蔦子 さんを連れて、それを追ってきた朧 は、ワンワン早 うせえと声かけてやって、気後 れしている瑞希 ちゃんの面倒 も見た。
朧 様のいるチーム秋津 も、悪くはなかった。なんかまるで、ずうっと前からそうみたいやった。
いつの間にかそこに居 て、邪魔 にもならへん。悪目立 ちもしない。そんな空気感 の奴 で、居 るとなんでか、心強いような気がした。
めちゃめちゃ変で、イカレてもうてる、エロエロ妖怪 やのに、隙間 に居 ると、なんでかほっとする。
「怜司 ……もう戻 ってけえへんのか?」
どんより暗い信太 に、寛太 が心配げに訊 いている小声が、背後 の居間 から聞こえてきていた。それはずいぶん、心細 いような声やった。
「そうや。あいつはもう、消えたんや。もともと幻 みたいな奴 やったやろ。それがほんまに、消えただけやで」
信太 は暗い、優 しい声で、寛太 に教えてやっていた。
あれは悪い夢 やと、小さい子供 に諭 してるような声やった。たぶん自分に、言い聞かせてる声。
朧 様は幻 やった。もう居 ない。もう、あいつ抜 きでやっていくんやからなと、信太 は言うてた。
「兄貴 、俺、怜司 のこと好きやった」
振 り向 いて見ると、寛太 は虎 の膝 にすがって、そう言うてやっていた。優 しい鳥さんなんやなあと、俺は思った。
「そうか。俺もや。あいつはほんまに、ええ奴 やったなあ……」
しみじみ言うてる、虎 の声を、朧 様が聞いていたのかどうか、俺には分からん。
顔を見たら、朧 は曖昧 な、淡 い微笑 やった。
これっぽっちで、はい、さようならかと、俺は目で訊 ねたけども、朧 様はにこにこ笑って、早 う行けという目をした。
さっさと退散 。引 っ張 ったところで、どないなんねん?
自分はもう部外者 で、海道家 とは赤の他人やし、虎 とも赤の他人やねん。
そのほうがいい。そう思わへんか、邪魔者 はおらんほうが、話がシンプル。虎 も忘 れやすいやろう。溺 れる覚悟 が決まるやろう。赤い鳥さん可愛 いわ、こいつが好きでたまらへんて、誰 に気兼 ねもなくそう思えるやろう。
それでええねんと、笑っている目が、そう語ったような。それは俺の、勝手 な空想 で、朧 様は別になんも思っていない、ぼけーっとしてただけかもしれへんのやけど。
でもたぶん、きっと俺の空想 のとおりやろう。しかしそれを、表 に見せへん。ぼやーっとしたままにしておく。はっきりさせへん。それも湊川 怜司 の、甲斐性 らしいで。
そしたら虎 は自分に心地 よいように、その時々で回想 できるやろう。
あいつはもう俺を捨 てた。せやし関係ないわと、新しい鳥と戯 れるもよし。
それとは別の、寂 しい夜に、もしもそう思いたいんやったら、今ももしや、朧 の龍 は、俺を想 って泣いてるか、そやから月が霞 むのかと、勝手な妄想 にも浸 れる。
それは肩 の凝 らへん、気楽 な幻想 や。そう思いたきゃ、思えばええよと、それも許 してやってるらしい。
曖昧 なまま、はっきりさせへんほうがええもんも、世の中にはあるらしいで。
俺にはそういうの、よう分からん。愛は愛やで、突 き詰 めたい。行くところまで行きたい。上 り詰 めたい。そういう欲 のほうが、俺は強い。
ウロコ系 にも、いろいろいてる。よう分からんなりに、こういう奴 もおるから、ええんやろうなあというのは、分かる。
アキちゃんがなんで、こいつに癒 やされたか、それはまだまだ、分かりたくないんやけどな。
廊下 に出て、隣 の部屋 の扉 を、こんこんと蔦子 さんがノックしても、返事はなかった。
それで、その部屋 の合 い鍵 を使って、蔦子 さんは扉 を開けた。
俺や朧 や瑞希 ちゃんには、関係ないけど、アキちゃんと蔦子 さんは、鍵 を開けんと入られへん。今はまだ、とりあえず、そうやで。
扉 を開くと、空耳 やろうか。波打 ち際 の音がするような気がした。
潮 の香 りも。むわっとするほど立ちこめていた。
さわん、さわんと、波は静かに、寄 せては返し、まるで部屋 の中に、浜辺 があるような気配 がしてた。
蔦子 さんがふと、顔をしかめた。何か察 しをつけたような、不吉 な予感を感じてる、そんな表情 やった。
白い裳裾 を翻 し、蔦子 さんは足早 に、隣 とそっくり鏡写 しになっている作りの部屋 に、つかつか入 り込 んでいった。
「竜太郎 」
いなくなった子を、呼 んでるおかんの声やった。
俺はなんとなく胸騒 ぎがして、前を歩いていたアキちゃんを追 い抜 き、蔦子 さんを追いかけた。
そして見た。居間 にはほんまに、海があったで。
海ではないんかもしれへん。これは時流 というやつや。時の流れや。それがほんまの海みたいに、壁 にぽっかり開いた真っ暗な洞穴 の出口に打 ち寄 せる、小さな波打 ち際 を作っていた。
床 にはキラキラ細かい水晶 か、石英 みたいな透明 な砂粒 が、小さい浜 を作っていた。
そこに竜太郎 は丸くなって、眠 り込 んでた。
斎服 というらしい、神社の兄 ちゃんたちが着てるような、白い着物に水色の袴 をはいた格好 で、白足袋 まで履 いている。
これから学校で劇 でもやんのかという、そんな出 で立 ちやったけど、それは小さいながらに覡 として、神事 に臨 むための服装 やった。
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