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24-61 トオル
「そうや。溺 れたんや」
「なんでそんなことになるんや。お前がついておきながら!」
「竜太郎 が、もっと先まで泳ぐというので、止めへんかった」
なぜかと問 われたから、理由を教えたというだけの、ぼんやりとした口調 に聞こえた。
でもアキちゃんは、理由を訊 いてるわけやないと思う。責 めてるんやで、お前を。
「なんで止めへんかったんや!」
「お前が死ぬような未来しかない。もっとよう探 せと言うたら、頑張 ると、その子が言うので」
すうっと竜太郎 を指さして、水煙 は話した。それはまるで、こいつが悪いと言うてるようやった。
水煙 には、そんなつもりはなかったやろう。それは人間の感覚 や。
水煙 はほんまに、どっか鈍 いようなとこがある。
アキちゃんさえ無事なら、こいつはそれでええねん。他 の人間なんて、どうでもいい。役に立つか立たないか、その程度 にしか思えてない。
頭はええみたいやのに、たぶん心が鈍 い。秋津 の直系 でない人間にも、生きてる価値 はあるって、こいつはほんまに分かってんのか。
アキちゃんは、軽くわなわな来てた。何か堪 えるみたいやった。
たぶん怒 りを、堪 えてんのやろ。誰 に怒 ってええかわからへん、やり場のない怒 りみたいなもん。
「それで見つかったんか。俺にとって都合 のええ未来は。竜太郎 の命と引 き替 えに、なんか見つけたか?」
爆発 寸前 みたいな声で、アキちゃんは静かに訊 いた。
水煙 は、ふと顔をしかめた。こいつには、アキちゃんの心の中が克明 に覗 けるらしい。可愛 いジュニアがどんな気持ちでいるか、心配でたまらんと、いつも覗 き見 や。
そんな覗 き屋根性 やから、痛 い目にあうねん。
アキちゃんがこの時、水煙 様に腹 を立ててることも、ちゃんと分かっていたやろ。
「いいや……何も。お前はどうあっても、死ぬようにできてるらしい。海から龍 が現 れて、覡 を生 け贄 に求める。お前はそれに応 える。それが宿命 のようや」
「どないしても俺は死ぬって、そんな話を知るために、お前は竜太郎 を見殺 しにしたんか」
「いいや。お前が死なんでもすむような未来を、見つけたいと思って」
「その結果がこれか!」
まるで水煙 が憎 いみたいやった。アキちゃんはそんな目で、龍神 様を睨 み付 けてた。
アキちゃん、そんな目で、見んといてやってくれ。
水煙 は必死やったんやと思う。アキちゃん好きやで、必死やったんやで。
俺はそんな姿 を、前にも見たことがある。その時は、俺が止めたし、思いとどまれた。でも今回は、誰 もおらんで、こいつも極 まってもうたんや。
お前のためにやったんやで。そんなんされても、嬉 しくないのは分かるけど、でも、お前のためにやったんやで、アキちゃん。
「意味がないやろ! 俺が生きても、代わりに誰 かが死んでもうたら! なんでこいつが……」
まだ中一やのに?
アキちゃんは、済 まんことをしたという、痛恨 の表情 で、竜太郎 のちっさい胸 に、取りすがっていた。
苦しいんやろう。また人が、自分のせいで死んでもうた。アキちゃんにはそれが、自分が死ぬよりつらいらしいで。
水煙 はそれを、知らんかったんやっけ。知らんかもしれへん。俺しか、知らんかったんかもしれへん。
俺は水煙 様に、それを教えてやるべきやったんか。
そんなん、考えたこともなかったわ。だって俺は、アキちゃんのツレで、こいつのことは、一心同体 みたいに知っているつもり。なんでも知ってる。分かり合えてるつもり。
でも水煙 は、ただの太刀 やん。それに俺に教えてもらわれへんでも、アキちゃんの心が読めるんやろ。
わかってるはずやろ、そんなこと。なんで俺がいちいち、教えてやらなあかんねん。そんな必要あると思ってなかったわ。
けどな、知ってた。水煙 が、竜太郎 をぶっ殺してでも、アキちゃんを助けようと思うてたことは。
でもな……忘 れててん。まさかそこまでせえへんやろうと思ってた。
それとも、俺はまだ、ちょっとは思うてたかな。もしかしたら、アキちゃんが助かる方法を、水煙 と竜太郎 が見つけてくるかもしれへん。
そのせいで、中一は死んでまうかもしれへん。
でも、まあ、いいか。アキちゃん助かるんやったら、それも尊 い犠牲 やって。
「なんで連 れて戻 ってやらへんかったんや。無理させたらあかんて、頼 んだやろう。お前は俺の命令は聞けへんのやな。俺の式(しき)やないんや。初めから、違 ったんやろ。お前はおとんの言うことは聞けても、俺のことは、馬鹿 にしてんのや」
アキちゃんが突然 、そんなこと言うんで、俺はぎょっとした。
水煙 も、びっくりしたんか、うっすら開いた唇 が、もの言いたげやった。
「お前はうちの血筋 に取 り憑 いて、鼠 の子でも飼 うように、飼 い慣 らしてきたんやろ。命令なんか、聞く気はないんや。なんでそんなんやねん、お前も神なんやろ。なんで俺に優 しいみたいに、竜太郎 も守ってやられへんかったんや」
アキちゃんちょっと、キレてると思うわ。
いつもそんなこと、ほんまに思うてたんか。心のどこかで、思うてたんやろなあ。
それがすっかりキレてもうて、あることないこと、喋 ってもうてんのやないか。
水煙 がアキちゃんの命令きかへんはずはない。聞いてたで。アキちゃんの言霊 に縛 られていた。そのせいで口きけんようになったり、してたやないか。
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