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24-62 トオル
はっきり言わんかったから、うまく働 かんかったんや。
無理させたらあかんて言うたけど、それが限界 越 えて泳がせることやとは、言うてへんかった。
水煙 にはそれは、無理なことやなかったんや。愛 しいジュニアのために、死んでくれと。竜太郎 もアキちゃんを愛してんのやったら、それは充分 可能 やろと、こいつは思うてた。
人やないねん。太刀 なんやから。人と同じような心は持ってへん。
水煙 には、やむをえないことやったんや。アキちゃんと竜太郎 を比 べて、どっちが大事か考えて、アキちゃんを選び、竜太郎 は切 り捨 てた。そういうことやで。
竜太郎 が憎 かった訳 やない。アキちゃんのこと、愛してだけ。アキちゃんだけを、愛してただけやねん。
「アキちゃん、事故 や。そうなんやろ、水煙 。そうやって言え。お前にかてミスはある。ドジってもうただけやろ?」
俺はなんとかフォローしてやる糸口 はないもんかと、必死で手探 りしていたよ。横から嘴 つっこんで、うるさく言うてきた俺を、水煙 はぼんやりしたように力無く、ゆっくり首を巡 らして見た。
「ドジってなど、いない。行くかと訊 いたら、竜太郎 が行くというんで、連れていってやっただけや。何かもっと、視 えるような、気がしたんや。見落としている未来の欠片 がある。竜太郎 はそれを拾 おうとしていた。もしかしたら、それを見つけることで、未来 が変わるかもしれへんのやから」
ぼんやり言うてる水煙 の話は、今ひとつ、よう分からん。
どうもほんまに、ボケッとしてもうてるようやった。水煙 はいつもやったら、どんなトンデモな話でも、一応 それなり、アホでも分かるように噛 みくだいてから話してくれてる気がするんやけど、この時はほんまに、訳 わからん独 り言 みたいやった。
「でも間に合わへんかった。戻 る途中 やったしな。息が続かんかったんやろう。そうなるやろうという気はしたんや。でも俺は、止めへんかった。うっかりした訳 やない。そういうのも、ドジやというんか?」
お前けっこう、融通 利 かん奴 やったんやな。
適 当言うときゃええねん。うっかりしてましたスミマセン、悪気 は無かった、見逃 して。これは事故 です言うとけば、アキちゃんかて、ひょっとしたら許 すかも。
水煙 様を詰 りたい訳 ではないやろ。今ちょっと、ぶっ飛んでもうてるだけで。ふと冷静 になれば思い出す。
いつもやったら水煙 は、アキちゃんにとって、有 り難 い有 り難 い神さんで、詰 るどころか、崇 めるような視線 やった。自分より上にいるモンやという態度 やった。
それが今では何でか、そうではない。大人 に楯突 く、駄々 っ子 の気分か。
それともアキちゃん、ほんまに水煙 様より、偉 くなってもうてたんかな。
神様より偉 い、人間様で、どっちがどっちを生んでやったんか、わかってるんやろうなという態度 。
人間はときどき、それを思い出す。神があんまり横暴 でいると、こんな神なんか要 らねえと、どんな有 り難 い神でも棄 てる。
あるいは無難 に作 り替 えようとする。革命 や。宗教改革 。
「ほったらかしといたんか。竜太郎 を。死んでもうてから戻 ってきたんか」
水煙 のほうを見もせんと、アキちゃんは竜太郎 の息をしてない静かな胸 に、額 を擦 り寄 せたまま訊 いた。
暗い声やった。怒 りと憎悪 を呑 んでいる、暗い嵐 の海のように。
「息は継 がせた。口移 しでやけど。蔦子 の時は、それで済 んだんやけど。その子は疲 れていたようや。まだ若 すぎたか。水も冷たかったし、運もなかったんかなあ。連 れ戻 した魂 は、その体に収 めたが、息をしてへん。心 の蔵 も、止まってもうてる。使い果たしてもうたんやろう、力を」
「力って何や」
青い顔を上げて、アキちゃんは小声 で訊 いた。
蔦子 さんは竜太郎 の傍 で頽 れて、顔を覆 ってしくしく泣いていた。まるで、か弱い女の子みたいに。
「霊力 や。生きる力や」
鬼気 迫 るようなアキちゃんと話すには、水煙 はあんまりにも、ぼんやりしてた。冷静そのもの。取 り乱 してない。
ぽかんと抜 けてて、やってもうたわと、軽い後悔 はしてるけど、反省 はしてない。しょうがないんやと思うてるみたい。竜太郎 が死んでも、仕方ない。これもアキちゃんのためやから。
「霊力 って、どんな霊力 でもええんか。俺のでも?」
訊 ねるアキちゃんに水煙 は、つるりと黒いガラス玉みたいな目を細め、ただ頷 いていた。
その時こいつが何を思ってたのか、俺には分からへん。こんな姿 してたら水煙 はまた、心なんかないように見える。なんにも感じてないように。
「蔦子 さん、泣 かんでええよ。絶対 助けるから。俺が絶対 、助けるからな」
何の確証 もなかったくせに、えらい調子 のええ話。アキちゃんは、まるで頼 りがいがあるように、きっぱりそう言うて、蔦子 さんを励 ました。
「アキちゃん、助けてやっておくれやす。ウチの息子 を。後生 やから」
取りすがってきた蔦子 さんに、アキちゃんは、うんうんて頷 いてやっていた。
妙 な男やで、俺のツレは。なんも知らんアホな子のはずやのに、やる時はやる。
これも血筋 の力やろうか。秋津 の当主 で、三都 の巫覡 の王やから?
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