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24-64 トオル

 (あぶ)なかった、もしもう川を(わた)ってもうてたら、(もど)るに(もど)れへん。  その向こう(ぎし)はもう黄泉(よみ)で、冥界(めいかい)の神々の支配(しはい)領域(りょういき)や。行ったら(もど)れん、一方通行なんやからなあ。 「竜太郎(りゅうたろう)、何をしてたんやお前は。命がけで()なあかんような未来なんかないやろ」  アキちゃんはすでに説教(せっきょう)口調(くちょう)やった。心配しすぎて、ほっとした瞬間(しゅんかん)に、また腹立(はらだ)ってきたらしい。 「でも(ぼく)、アキ(にい)を助けようと思って……」  (こわ)かったんか、竜太郎(りゅうたろう)はまだアキちゃんに()()こされながら、()(わけ)口調(くちょう)で身を(こわ)ばらせてた。  そして自分が言いかけた話に、自分ではっとしたようで、竜太郎(りゅうたろう)(さが)す目の後、自分を見下ろしている水煙(すいえん)を見上げ、問いただすような(けわ)しい目をした。  それに水煙(すいえん)は、ただやんわり首を横に()った。あかんかったという意味や。  お前は死ぬほど頑張(がんば)ったけど、無駄(むだ)やった。無駄死(むだじ)にするのは(まぬか)れたけど、成果(せいか)は上がらへんかったと、水煙(すいえん)竜太郎(りゅうたろう)に目で教えた。  竜太郎(りゅうたろう)は、ものすご悲壮(ひそう)な顔をした。もう大丈夫(だいじょうぶ)そうやって、アキちゃんが(いだ)いていた(うで)(ほど)き、砂浜(すなはま)(すわ)らせてやっても、助かって(うれ)しいという顔はせえへんかった。 「アキ(にい)(ぼく)、もういっぺん行ってくる。もうちょっとだけ水煙(すいえん)()しといて。あと一日でええねん」  (たの)()口調(くちょう)で言われ、アキちゃんは唖然(あぜん)としていた。  (けわ)しい表情(ひょうじょう)やった。アキちゃんがまだ怒ってることは、俺にはよう分かった。 「あかん。もう返してもらう。お前ももう、予知(よち)をするのはやめとけ。しても意味がない。お前がどんな未来を(うらな)って来ようと、俺はもう覚悟(かくご)を決めたからな。()く時は()く。それがほんまに必要やと思うた時には、(まよ)わずそうする。それは(うらな)いやのうて、その場で決める。ほんまに(りゅう)(あらわ)れて、俺を()(にえ)に求めるのに出会(でお)うた時に決めることにする。俺は、その場の判断(はんだん)で、一番正しいと思うことをする。元々(うらな)いは、信じへんねん」  じっと竜太郎(りゅうたろう)の目を見て、アキちゃんはそう言い聞かせてた。  それは何となく、中一の餓鬼(がき)に言うてる目ではなかった。  ひとりの(げき)が、もうひとりの(げき)に言うてる、大人(おとな)に話すみたいな口調や。  俺はそうする、お前はそれを、分かってくれるかと、アキちゃんは竜太郎(りゅうたろう)に相談してた。  その話をされて、竜太郎(りゅうたろう)(むね)(あえ)がせ、言葉を選んだ。 「アキ(にい)は、(ぼく)の力を否定(ひてい)すんのか。当たったやろう、(ぼく)(うらな)い。全部当たったやろう」  よっぽどショックやったんか、竜太郎(りゅうたろう)はアキちゃんの服の(むね)(つか)んで、身を乗り出し、かき口説(くど)いた。必死の目をして言うてるのが、ちょっとばかし、可哀想(かわいそう)やった。  竜太郎(りゅうたろう)は自分の予知(よち)能力(のうりょく)に、自信を持っていたやろう。  それが自分のアイデンティティやった。アキちゃんが自分の絵を()能力(のうりょく)に、強い自信を(あた)えられているように。  それを大好きなアキ(にい)否定(ひてい)されたら、自分の人格(じんかく)否定(ひてい)されんのと同じこと。中一やったらそう思うかも。  アキちゃんがなんでそんなこと言うんかまでは、すぐには頭が回らへん。  竜太郎(りゅうたろう)(きず)ついた顔をしていた。アキちゃんはそれを見下ろし、苦い顔やった。  (きず)つけたくはないんやろ。ほんまやったら、そんなことは、言いたくはない。せやけど、これには中一の、命がかかっているからな。 「全部当たった。せやけど、それは、偶然(ぐうぜん)なんやで、竜太郎(りゅうたろう)。そんな力あるから、お前は死ぬような目に()うたんや。そんなん()らんねん、普通(ふつう)の中学生やっとけ。俺が死のうが生きようが、お前には関係ない。それは俺の運命(うんめい)で、お前が命がけでどうにかせなあかんと思う必要は全然ないんや」 「なんで? そんなことない。(ぼく)かて一人前(いちにんまえ)(げき)やねん。予知能力(よちのうりょく)がある。未来を選択(せんたく)する力があるんやで。それでアキ(にい)(やく)に立って、なにがあかんの!」  アキちゃんの首根(くびね)っこを()さえたまま、中一、必死で言うてたわ。  それ以外に、自分になにができるのかと、(おも)()めてるような目やった。  アキちゃんはそれから、目を()らしてた。(こた)えてやる気はないんやろ。蔦子(つたこ)さんにも、そう言うてたやん。  竜太郎(りゅうたろう)又従兄弟(またいとこ)恋愛(れんあい)対象ではない。  せやのに竜太郎(りゅうたろう)は、(こい)してる目でアキちゃんを見てる。 「死んでまでやれとは(だれ)(たの)んでへんやろ。なんでそこまでするんや……」  (すが)ってくる子を、()()めてやるわけにはいかん。そんな我慢強(がまんづよ)さで、アキちゃんは砂浜(すなはま)(ひざ)をつき、自分の(ひざ)に手を置いていた。  竜太郎(りゅうたろう)がなんでそこまでするのか、アキちゃんは知らんのやろかと、俺はこのとき不思議(ふしぎ)やった。  せやけど、知らんはずない。そうやろう? だってアキちゃんはとっくの昔に、海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)君の、アキ(にい)(おも)(せつ)ない(むね)の内を告白されていた。  そしてそれを(こば)んでた。(こば)んでおいたし、もう(わす)れたやろうと、思ってたんかな。  残念ながら恋愛(れんあい)というのは、相手が(なび)かんかったぐらいで、(おさ)まるもんやない。どうせ一方的なもんやねん。相手が自分を好きやろうが(きら)いやろうが、そんなことには関係なしで、好きなもんは好き。  もしかしたら相手が(なび)かん片想(かたおも)いのほうが、よりいっそう好きや好きやが(つの)るもんなんかもしれへん。  そうでなけりゃ、()かれた(わけ)でもない中一ふぜいが、アキちゃんのために死のうなんて(おも)()めるわけがない。  それとも初恋(はつこい)っていうのは、それくらい、夢中(むちゅう)なもんなんか。

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