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24-67 トオル

「アキちゃん、一体どないしたんや。(ふた)が開いてしもて、止まらんようになっている。そのままやと、お前は()けてしまうんやで。使わん時には、ちゃんと()めてかからなあかん」  水道使い終わったら、ちゃんと蛇口(じゃぐち)()めておきなさいって、親か、幼稚園(ようちえん)の先生か、そんな口調でやんわり言うて、水煙(すいえん)様は(するど)いかぎ(づめ)(うろこ)(おお)われた手を、アキちゃんの(かた)に置いた。  その次の瞬間(しゅんかん)、アキちゃんはびくっとしてた。水煙(すいえん)の手が、そのまま体の中にめり()んだからやろう。俺も正直、ぎょっとしたけど、でもなぜか、()めなあかんとは思わへんかった。  水煙(すいえん)がアキちゃんを(きず)つけるはずがない。  こいつはほんまにアキちゃんが好きらしい。自分は死んでも助けたい、そう思うてる。  アキちゃんが何しても、結局(けっきょく)(ゆる)す。  アキちゃんが自分を愛してなくても、ずっと愛してる。  (おぼろ)(おぼろ)が暁彦(あきひこ)様を(うら)んでへん、自分を()てた男でも、()てずにずうっと愛してやってたように、水煙(すいえん)もそういう(やつ)やろう。  結局この二人(ふたり)()たモンどうしやねん。俺はそう、思うんやけどなあ。 「()めればええだけやで、こんな感じで……」  ちょっと上を見てる目付きで、水煙(すいえん)はアキちゃんの()から、(むね)か、(はら)のあたりに()()んだ手を、ごそごそしていた。まるで体の中にある水道の蛇口(じゃぐち)か、水門の取っ手か何かを、ぐるぐる回して()めてるみたいな仕草(しぐさ)やったな。  アキちゃん、蛇口(じゃぐち)ついてんのや。知らんかった。いろいろ知ってるつもりやったけど、アキちゃんの体って、まだまだ(なぞ)がある。不思議(ふしぎ)不思議(ふしぎ)や。  不思議(ふしぎ)すぎるわって、アキちゃん自身も、顔()(さお)なってた。  シュールすぎたんやろう。まさか自分の体の中に、蛇口(じゃぐち)ついてたりしてなんて、思わへんもんな。  でも、それを(ほど)ほど()めてもらって、アキちゃんは人心地(ひとごこち)ついたらしかった。  ぜえぜえ言うて(あせ)をかいてた顔が、ほっと楽になったみたいに、いつものアキちゃんと変わらん、平静な様子に(もど)った。  それを(なが)め、水煙(すいえん)はにっこり(わろ)うてた。  こいつが笑うの、(めずら)しいような気がするけども、どうせやったらこんな、(おに)みたいに変えられた、(けが)れた姿(すがた)やのうて、アキちゃんが絵に()いてやっていた、あの美青年の顔で、(わろ)うてやればええのに。  それでもアキちゃん、水煙(すいえん)の黒い深い目をじいっと見つめ、魅入(みい)られたような目をしてた。  見つめれば、神も(おに)も、じっと見つめ返してくる。(にく)んで見れば、(にく)いという目で。愛して見れば、愛してるという目で。  神は人を写す鏡で、いつの世でも、それを(あが)める人間たちの姿(すがた)()てる。好ましい神を、人は愛して、そうではないものを、(おに)悪魔(あくま)()()てる。いつもそうやって、自分にとって都合のええ神さんを選ぶ、(おそ)ろしい、残酷(ざんこく)な生き物や。 「アキちゃん、俺はやっぱり、(みにく)いか。(おに)のような化け物か。それでも、これが俺のほんまの姿(すがた)なんや。どうしようもない。なんでこんなふうに、なってもうたんか。昔、お前の血筋(ちすじ)の始めにいた男には、俺も美しく見えたようやけど、その(ころ)はきっと、こんな姿(すがた)やなかったんやろうなあ」  笑って言うてる水煙(すいえん)は、俺には別に(みにく)くは見えへんかったで。  化け物言うたら、そうかもしれへん。俺かてそうやわ。(みんな)そう。人でも神でも、どうせどこかは化けモンみたいなところをもってる。  俺は普段(ふだん)は、それを(かく)してる(わけ)やけど、水煙(すいえん)様は(かく)してない。いつでも正体(しょうたい)で勝負。  人を誤魔化(ごまか)すための、美しく心地(ここち)よいところだけ見せた、(かり)姿(すがた)というのを、水煙(すいえん)は持ってへんかった。  真面目(まじめ)なやつやねん。ズルは無し。本性(ほんしょう)(さら)して(きら)われるんやったら、つらい事やけども、それでしょうがない。()びたりせえへん。俺には(ほこ)りがあるわって、そういう矜持(きょうじ)(やつ)やから。 「始め俺は、焼け(ただ)れた(てつ)やった。元々は月にいた。月の一部やったんや。でも、そこから(なが)める地球の海が、あんまり綺麗(きれい)で、ついつい見とれて、落ちてきてもうたんや。その時、すっかり、焼けてもうてなあ。それでも海から俺を拾った男には、美しく見えたらしい。あいつも(げき)で、刀鍛冶(かたなかじ)やった。(きた)えれば、お前は美しくなると言うて、俺を(きた)えた。それからずっと、太刀(たち)やったんやけどな。そのことを、ちょっとお前に血迷(ちまよ)うて、(わす)れすぎたか。俺は(てつ)で……ずっと太刀(たち)やった」  訥々(とつとつ)と語りつつ、水煙(すいえん)はアキちゃんの()(もぐ)らせていた(うで)を、ゆっくり()()き、血でも肉でもない、透明(とうめい)霊水(れいすい)()れた手を、じいっと(なが)めた。  そして、その(あま)(かお)りのする粘液(ねんえき)を、水煙(すいえん)は白い(した)を出して、自分の(うで)からぺろりと()めた。  そのままの姿(すがた)で、水煙(すいえん)は、ぼんやり(かす)みだし、長い蛇体(じゃたい)を持っていた体が、見る間に()()られるように、元の(けん)姿(すがた)に変わろうとしてた。  それは、おとんが(つく)()えさせた軍刀(サーベル)ではない、きらきら(かがや)く、古い時代の華麗(かれい)装飾(そうしょく)と文様のある、美しい太刀(たち)やった。 「太刀(たち)やねん、俺は。アキちゃん……(おに)ではない。俺も始めは、神やったんや。お前の血筋(ちすじ)()であり、守り神でもあった。お前たちの支配者(しはいしゃ)であり、下僕(げぼく)でもあった。お前たちが(さか)え、幸せであるよう、いつも助けてきたつもりやった。愛してたんや、秋津(あきつ)の子らを。お前たちは、俺が最初に愛した男の血を引く末裔(まつえい)で、海から生まれた、月の眷属(けんぞく)で……俺の(れい)の子や」  それだけは、教えとかなあかん。そういう気配で(つぶや)いて、水煙(すいえん)沈黙(ちんもく)した。深い深い、海の底に(ねむ)る、(かた)い石のような沈黙(ちんもく)やった。

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