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24-69 トオル
できると思うてたよ、俺は。だってアキちゃん、鱗 系 得意なんやし。
俺なんか、バリバリ調伏 されまくりやし。ぐでんぐでんやし。でっれんでれんやしな。もう、メッロメロですよ。はい。
それに朧 様もなんだかんだ言うて、アキちゃん可愛 かったんとちゃうの。
いや、そんなことない。よろめいてない。俺は先生とは仕事上の付き合いだけやって、怜司 兄 さん言うてはるけど、絶対 嘘 やと思うけどなあ。
超 怪 しい。妖怪 だけに、怪 しさいっぱいや。
そんな蛇 タラシの素養 はたっぷりやから、アキちゃん、水煙 も調伏 できる。たぶんもう九割方 はできてる。あともう一押 し。
せやけど、その、食い残したあと一割 で、ふたりは袂 を分かってしまうんやないか。おとんと水煙 が、なんとなくギクシャクしたもんを、ずうっと抱 えていたように。
一時、相当 めろめろで、水煙 なりにラブラブ大全開やったんやろうけど、愛想 なしの太刀 はまた、ただの黙 りの道具物 に戻 ってもうてた。明らかに、背 を向けていた。
もう俺は太刀 やし、大人 しくしているし、という態度 で、全速力で逃 げている。
「太刀 やけど、暁彦 様は抱 いてたで。抱 いて寝 るんや、やったことない?」
にこにこしながら、朧 は教えてやっていた。アキちゃんはそれを知ってたはずや。気まずそうやった。
「しいひんよ、そんなん。普通 しいひんやろ」
悔 やむように答えるアキちゃんの声は、ちょっと甘 えたようやった。
「そんなん言わんと、抱 いてやったら、先生? 冥土 の土産 にさ。どうせ死ぬんや、普通 もクソもないで。どうせお前は普通 でない家の子なんや。やり残した事は、全部やっていけ。それで変わる運命も、あるかもしれへん」
全く場も弁 えず、怜司 兄 さんは遠慮 なく煙草 を取り出して、ああ我慢 したわあって、嬉 しそうに火をつけていた。
そして、ふはあと美味 そうに吐 いた白い薄煙 は、たなびく文様 になって絡 み合 い、時の波が打 ち寄 せる洞穴 の奥 へと、吸 い寄 せられていった。
「暁彦 様も、帰ってきた。どないして帰ってきたんか知らんけど、とにかく帰ってきたわけや。海神 の生 け贄 にされても、戻 ってくる方法はあるということや。お前も戻 れるかもしれへん。諦 めんと、若 さ丸出しで突 き進 め」
むっちゃ爽 やかに励 まして、また一息、煙 を吸 うて、朧 様は言わんでええことを言うた。
「へったくそやけど、先生は粘 りだけはあるからな。きっと最後に楽園 がやってくるまで、立派 に頑張 り通せるよ!」
「朧 ……」
がっくり砂 に手をついたまま、アキちゃんはどんより言うた。にこにこ笑って、朧 様はぷかぷか煙草 を吸 うていた。
「ハイハイなんでしょうか、ご主人様」
戯 けた風に言われ、アキちゃんますます、がくっと来てた。
「わざと言うてんのか。わざと言うてんのやろ? どこまでほんまに変なんや、お前。どこからが作ってるとこなんや」
「そんなん俺にも分からへん。自由に生きてるだけやもん」
にっこにこ言うてる怜司 兄 さん、突 き抜 けた笑顔 やった。幸せそうやった。
たぶんアキちゃんが面白 いんやろう。確 かにちょっと面白 い。弱点突 かれてる時のアキちゃんは。
「良かったやないか、先生。水煙 にネジ締 めてもらえて。あんなん現実 に可能 なんやな。俺、正直びっくりしたよ。役に立つわあ、水煙 様。鬼 だけに、鬼道 のプロやな!」
怜司 兄 さん、ほんまに感心してはるみたいですよ。ものすご頷 きながら言うてはりました。
「それに竜太郎 かて無事やったんや。良かったなあ、死なんで。もし死んどったら、親不孝 やったでえ、竜太郎 。蔦子 姐 さん、お前が死んだと思うて、めちゃめちゃ泣いてはったんやで」
中一の顔見ようと思うたんか、怜司 兄さんは銜 え煙草 でひょいとしゃがんで、じっとり落 ち込 み体育座 りしてる竜太郎 の顔を、これでもかというぐらい覗 き込 んだ。
「嘘 や。お母 ちゃんは僕 が死んでも平気やねん。冷たい母親やねん」
すねて言うてるだけの竜太郎 の話に、蔦子 さんはストレートにショックを受けていた。
そんなことおへんえと、真 っ青 な顔になって叫 びそうなおかんの横で、朧 は何が可笑 しいんか、あっはっはと声あげて笑った。
「何言うてんのんや、この中学生が」
そして、どーん、とか言うて突 き飛 ばし、竜太郎 を水ん中に転 かしてた。
ばしゃーんてなってた。びっくりしてたわ、竜太郎 。
不意打ちやったしな。溺 れて、ついさっき黄泉 から生還 した中学生を、また水ん中に転 かす大人がいてるとは、予想もしてへんかったな、竜太郎 。
甘 いわ、怜司 兄 さん常識 では推 し量 れない人やから。龍 なんやから。そしてフリーダムなんやからな。
「びっしょびしょやんか、どないしたんや、竜太郎 」
「怜司 が転 かしたんや!!」
竜太郎 、髪 からだらだら潮水 垂 らしつつ、恨 んだ目して言うていた。
それでも朧 は気にしてへん。
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